逆説裁判(7)
10分程度過ぎてから。
右奥の扉が開き、紫色のローブをまとった白骨死体が歩いて法廷に入って来た。
「え?」
死体が歩いていることに、少々驚き、僅かに間をおいてから、ああそうか。ここは日本ではなく異世界なんだなぁ。と、作治は思い出した。
そして作治の後方で盛大な拍手が沸き起こる。
「不死公様!不死公様!」
「我らの偉大なる王!」
「人間共に正義の鉄槌を!!」
「殺しても死なないような男!」
「よっ!臨終大統領っ!憎いねコノッ!」
後方のモンスター軍団がほぼ全員総立ちでスタンディングオベーション状態となっている。
賛辞なのか罵倒なのかよくわからない声で紫のローブを着た白骨死体を出迎えている。
「あー。皆の物。静粛に。静粛に」
白骨死体はローブの裾からまったく日焼けしていない(皮膚がないので日焼けしようがないが)手を出して、傍聴席にいる者達を制した。
「本日、我は当法廷に裁判長として来ておる。皆の者はそのことを十分に理解したうえで行動、発言して頂く。なお裁判の進行に多大な支障をきたす場合、あらゆる手段を用いて当法廷からの退廷を命じる。必要ならば死体にした後、アンデッドモンスターとして蘇らせ、己の脚で退室させた後、後日蘇生魔法をかける。以上、何か質問のある者は?」
作治が手をあげた。
「被告人。なにかな?」
「あの、あなたは何者なんですか?」
「不死公、貴公ら人間からは単純に魔王と呼ばれておる。なぜ不死公という名前かといえば見ての通り、我が不死の魔物だからだ。そして我の魔力が一番有効に使える仕事をしている。ただそれだけの話だ」
不死公が右手をかざすと、作治が立つ床を中心に五芒星の魔法陣がぼんやりと光る。
「それは我が編み出した嘘を見破る魔術だ。質問をされた者が真実を語れば青く、嘘をつけば赤く光る」
「嘘を見破る魔術?なんでそんなものを?」
「我は今でこそ魔王などと呼ばれておるが、その昔。そう、本当に大昔、古代魔法文明と呼ばれるものがまだ地上にあったころは人間だった。だが、無実の罪を着せられ、深い海の底に封じられた。数千年の後、コンクリートブロックの中に塗り固められた我を魚とりの網で引き上げてくれたのはこの場にいる魔物達の祖先だった。彼らは人間たちから神敵とされ、駆り立てられ、恐怖に怯える毎日を過ごしていた。故に我は思った。折角深い海の底から地上で再び日の光を浴びて過ごすことが出来るようになったのだから彼らのため、オークが綺麗な嫁を娶れるような、ミノタウロスが腹一杯飯を食えるようなそんな国を造りたいと」
そして傍聴席から再び拍手喝采である。
「それで、だ。今の我は魔王ではない」
「言ってることとやってることが矛盾してませんか?」
「今、魔王領と人類諸国連合は戦争しておらん。50年前事実上の勝ち戦の時に我が少々魔法を使ったのが最後か。あれ以来王らしいことはしておらぬ。面倒くさいのでな。政治は他の者に任せておる。それよりこうして裁判長をしていた方が魔王領の民の為になるのだ」
「なんで裁判長なの?王様でいいじゃないか」
「・・・貴公ら人間の国にはこういう概念はないかもしれないが、我の統治する、いや。我が、皆にこのように統治すればよい国になると享受しておいたのだ。ここ魔王領は三権分立という原則があってな。司法・立法・行政といって、裁判を行う者。法律を造る者。それを守らせる者。その三つを別々にすることにしてあるのだよ」
「なんでそんなことを?あなた魔王なんでしょ?全部自分でやればいいじゃないですか?」
「それでは独裁ではないか。我は弾圧とか圧政とかそういったものが大嫌いなのだ」
一呼吸おいて、不死公はなおも続ける。
「貴公は人間の国から来た魔法学科の生徒のようだな。これはあくまで我の個人的意見、であって、一般論とは違うかもしれぬが、貴公ら人間の国の魔法学科というは教育方針が問題だ。技術を偏重するあまりそれを扱う人間の倫理観があまりにもないがしろにされすぎている。ほんの少しばかり魔術を齧った程度の14、17くらいの魔法学科の生徒が『自分は百年に一人の天才だ。いや神に選ばれし存在なのだ』。そう勘違いして街中で覚えたて魔術を行使する。これが非常に困る。先日もこのような事件があった。マジックミサイルを覚えた程度の青年が『我こそが新時代の魔王』を名乗り、空を飛ぶドラゴンを撃ち落とした」
「それがなにか問題になるんですか?」
「彼は『戦場に二度目はない。回避できない方が悪いんだ』などと言っておったのだが。彼が撃ち落としたのは実はドラゴンではなく人間たちの国で研究中だった熱気球だったらしい。しかも間の悪いことに高名な医者が乗っておったそうだ」
「なんで医者が熱気球に?」
「気球に乗れば山奥の無医村に自分が治療に行けるから、と生前言っていたらしい。人間としては見上げた男だ。実におしい人物をなくしたな」
「・・・それは、なんというか。お気の毒に」
「問題はその後だ。掴まったその魔法学科の生徒は『自分は魔王なんかじゃない。魔王の魂が乗り移って勝手にやらせたんだ。そうだ悪いのは全部湖の向こうにいる魔王なんだ!俺は悪くねぇーーーっ!!!』などとまるで7歳の子供でも言わないような言い訳を始めてな。この残挟極まりないテロルのせいで50年近く続いた平穏な日々が破られ、人間の国と魔王領との間で戦争が再燃するところだったのだぞ?」
不死公は少し疲れた様子で裁判長席に着席した。
「故に我は我が国で魔術を使った犯罪などさせぬ。法律で定められている『街中でファイヤーボールを投げてはいけません』。この一言を理解させる。その為だけに、我は公正な裁判を行い、罪人に罰をあたねばならぬのだ。これは敵国の兵士を魔術で一万殺すとか、軍艦や砦を粉々に吹き飛ばすより遥かに大事な事なのだ。それをなんだ?貴様ら人間は、特に魔法学科の生徒という奴は!一年も魔術も学んでいないくせに『このチート級の魔術で世界の命運を握っちゃうぜ~』だと?我が魔王領に暮らす民の平穏を守る為にヒラヌマ城砦を造るのにどれだけの歳月をかけたとおもっておる。1000年だ!そのうち850年近くは地元住人との粘り強い立ち退き交渉だった。如何な御国の政策とはいえ、部族伝来の土地を、先祖の眠る墓を渡すわけにはいかんと。そういう者達を我自ら説得して回ったのだぞ?!!それに引き換えお前達魔法学科の生徒共はなんだ?!魔術書を数ページ読んだだけで会得した気分になった爆発魔法をしょっちゅう試し撃ちで街中で爆発させおって!!一度アスファルトの路面が傷つくだけでどれだけの者達が迷惑するのか、お前達は魔力を持たない者達の立場になって考えたことが一度でもあるのか?!!いやない!絶対にないっ!!よいか!道路の補修工事というのは新規敷設よりも遥かに大変のだ!建材となる蒸留廃油が安いから工賃も安いだろうと思うのは大きな間違いなのだ!実際に施工する業者に対する給与の支払、骨材を運送する業者への支払、道路交通法によって片側一車線の相互通行になる故交通誘導員も用意せねばならぬし、自転車一台が通行可能な歩行者専用歩道も確保せねばならぬ!あ、これもちゃんと法律で決まっておるからな!さらに夜間は近隣住民の騒音被害が発生するため当然ながら工事が不可だ!これらによって工事現場には交通渋滞が自然発生する。食品を積んだ馬車も、郵便も、自家用車も動かせぬ!以上の経済的損失を貴公ら魔法学科の生徒は補てんしてくれるのか?!してくれぬのであろうがっ!!」
「そうですわ。そしてその代償としてその人間には死を与えねばなりません」
その声は作治の聞いたことのある女性の物だった。




