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蛇姫と座敷わらし

作者: 天井舞夜

 座敷わらしがいる。都会の雑踏を歩いている。五歳の少女がお世辞にも地味とは言えない煌びやかな着物を着ているというのに誰の目にも止まらない。

 住み着いた家に裕福と幸運を運ぶ座敷わらし。

 その座敷わらしは先程──それこそほんの一時間前まである家に住み着いていた。しかし、その家の家主はもういない。誰もいない。家に誰もいないなら一体誰を幸せにすればいいのか。だから座敷わらしは家を出て新たに住む家を探している。

 座敷わらしは切符を買う事もなく電車に揺られる。電車賃は払ってないけど誰にも見えないし、人間ではないし、そもそも見た目は小さな少女の座敷わらしだからご愛嬌だろう。

 さてさて、それではこの座敷わらしの目的地はどこだろうか?

 窓に見える景色は少なくとも田舎とは言い難い。しかし、都会とも言い難い。木々は少ない。けれども空に向かって伸びる高いビルはない。そこは木々が少なく高いビルはないが家が多い所謂郊外である。

 しかし、座敷わらしは家の密林を眺めるだけで降りようという気配はない。

 移り変わる景色にはやがて家に混じり山が映り込む。田舎である。

 座敷わらしは家が極端に少なくない駅で降りる。

 なぜ座敷わらしがこんなところに来たか?

 そもそもこの座敷わらし、都会派である。次に住む家は田舎にしようと考えたのも都会の喧騒から離れたかったというこれまた都会派な理由だ。

「空気がうまいな~。だけど寂しいところね」

 これでも座敷わらしが降りた駅は田舎にしてはそこそこ発展している場所である。しかし、やはり都会派からすると大した事ないらしい。

 月とスッポンね、と座敷わらしは思う。もちろん月は都会でスッポンは田舎。

「とりあえず観光と行きますかね」

 観光と言っても何も観光名所巡りという訳ではない。例えるなら、小学生男子が引っ越して来て近所を探検しようというような童心な感覚。もっとも、年齢はともかくとして座敷わらしは身も童子なら心も童心であるが……。

 駅から離れれば、都会でも同じだが家や低い建造物が多くなる。しかし、田舎では木々も多くなる。

 やがて、座敷わらしはコンクリートでできた橋の上で手すりに身を乗り出して下の川を見る。

「キャー! 川! というか河原深いわね……」

 座敷わらしは川を見てハイテンションではしゃいでいる。もちろん人間には、座敷わらしが危ない事をしてても見えないし、幼子特有の甲高い声で大騒ぎしていても聞こえない。

 座敷わらしが人目も気にせずはしゃいでいると突然、体がふわりと浮かび上がる。

「危ないですよ。子供がそんな事していては。気持ちはわかりますけどね」

 落ち着いた女性の声とともに座敷わらしは地に足を着けさせられる。

 座敷わらしは振り向いた。

 その肌と髪は余りに白く一点のケガレもない。ルビーのように綺麗な瞳を蛇のように一筋の黒が分けている。柔らかい印象の女性だ。

「妖怪だよね?」

「あなたもですよね?」

「質問に質問で返さないでよ」

「あなたも、と言ったのですから私は妖怪だと答えてますよ。正確には妖怪上がりの神ですけど」

「あなた神様だったのね」

「はい。一応この町の土地神をやっている蛇神です。氏子達は私の事を蛇姫様と呼んでますけどね」

「ふ~ん。私は座敷わらしよ。さっきまで住んでた家では座敷わらしちゃんと呼ばれていたわ」

「幸運を運ぶ座敷わらしですか。私と似ていますね♪」

 この蛇姫と呼ばれる蛇神は白蛇。白蛇は縁起が良いと言われたり、幸運を運び病気を退けるとも言われている。実際、蛇姫も幸運と厄病避けの神である。

「座敷わらしさんは住む家を決めたんですか?」

「いや、今現在住む家探しながら観光中なの」

「頑張ってくださいね。ここの氏子は良い方ばかりですから」

「そうね。ホームレスにならないように頑張るわ」

 座敷わらしも住む家がなければ野宿だ。

 座敷わらしと蛇姫は橋の上で別れて真逆の道を行く。




 座敷わらしはピンチだった。ストレートに状況を表現するなら住む家が見つからない。民家はたくさんあるのだが、幸運と厄病避けの蛇姫が土地神のためか生活水準はともかく、すべての家の人間は幸運だった。さすがに老衰は避けられないにしても厄病はしっかりと避けている。

 座敷わらしは思う。

 蛇姫、この広い町のほとんどの氏子を幸せにするなんて思った以上にすごい神だったのね。

 町の氏子の半分に影響を与えれば日本の無名の神としては優秀な方だろう。天照大神などの有名な神はそれこそ全国クラスで影響を与えるけれども……。

 座敷わらしは人気のない公園にやって来る。そしてベンチに座る。別に特別寒くはない。しかし、完全に野宿だった。

「また会いましたね」

「あ……。蛇姫……」

 蛇姫が変わらず穏やかな笑みを浮かべる。反面、座敷わらしは表情が優れない。

「その様子だと見つかってないようですね」

「ええ。優秀な蛇姫さまのおかげでね」

「誉めても何も出ませんよ?」

 蛇姫は口元を隠して優雅に笑う。優雅に。

「それでは私の家に来ますか? 相手は人間ではないけれど大丈夫なのでしょう? あなたなら歓迎です」

「それではお願いします」

 座敷わらしは敬語になり深々と頭を下げる。別に住む家の者が絶対に人間である必要もない。座敷わらしが人間の家に住むのは人間で言うところのマナーみたいなものだ。

 兎にも角にも座敷わらしは今日住む家を見つけた。

 座敷わらしは蛇姫について行く。蛇姫の住む家はどこにでもありそうな民家だった。座敷わらしは部屋でくつろいでいる。

「思ったより普通の家ね。てっきり神社の社の中かと思ったわ」

「私の社は小さいんですよ」

「あれ? そうなの。てっきりあの大きい神社だと思ってた」

「あの神社は六〇年前に神様が出て行ってしまったようです。私がこの町に来たのは二〇年前なんです」

 神のいない町というのは悲惨な事になる。詳しくは語らないが、この町の神のいない四〇年間は不景気不運疫病あらゆるものが襲ったに違いない。例え悪神でも町に神は必要なのである。

「大変だったでしょ? 神がいなくなってバランスの崩れたこの町を立て直すのは」

「いえ、大したことありません。それで頼みがあります」

「あ、やっぱり住むのただじゃないのね」

「すみません。こちらも切羽詰まっていて」

 どうやらただ事ではないらしい。座敷わらしは蛇姫の話を聞く事にした。

 それは不幸な少女の話だった。幸運で幸福で裕福な少女の話。世界と自分を否定する少女の話。少女の不幸自慢な話。そんな少女の話。

「聞いた限り幸福な女の子の話ね」

「幸と不幸を司る妖怪であるあなたならわかりますよね?」

「わかるよ。生まれながらにしてすべてを不幸と感じる心が歪な女の子の話でしょ? 妖怪より怪物で神より神懸かった心の話……」

「そうですね。神よりの弱いのに強い心の女の子の話です……」

「そんな女の子に私達だけで対抗できるの?」

 実際、日照りに雨を降らしたり、人をお金持ちにしたりするのとはワケが違う。こういう直接心に関する問題は……。果てしなく強欲や単に幸福を知らないとかではない。単に果てしなく不幸が心から湧いてくるのだ。

「難儀よね。人の幸福はものさしで測れないように、人の不幸もものさしで測れないんだもの」

「そうですね」

「それじゃ早速その女の子を見に行こうか?」

「はい」

 座敷わらしと蛇姫は不幸な少女の元に向かった。

 少女の住む家で少女は見つかった。たくさんのぬいぐるみに囲まれた少女は絶望を味わっているかのように虚空を眺めている。

「これは重症ね」

「はい。私の幸運だけでは対処できないんです。不幸というのは周りの人間に悪影響を与えますから早めに何とかしたいんです」

「ごめん。想像以上だった。正直あれを幸福にする自信ない」

 座敷わらしにとって少女の不幸の量は予想外で想像以上だった。

「不幸を周りの人間に撒き散らしてないだけましね。あの不幸は人間に対処できないわ」

「はい。実際、青い鳥さんにも頼んだんですけど、あれは無理、と言ってましたね」

「座敷わらしで妖怪の私が言うのも難だけどあれ本当に人間?」

「白蛇で神の私が言うので間違いありません」

 座敷わらしは思う。

 あんな不幸を体現したような少女が町にいてこの蛇姫は町の幸福を保つなんてすごい。

 並の神ならば町どころか自分の身さえ不幸に呑まれているだろう。

「それでどうですか?」

「どうと言われても……。座敷わらしの幸運を与えるという能力はそれぞれの人間の価値観に基づいてその個人の幸福に近づけるというのだからね。あの女の子に望む幸福があればある程度幸福にできるけど、あの女の子はそもそもその価値観自体が崩壊してる」

 幸福が見えない。座敷わらしにとってそれは致命的だった。

 座敷わらしの住む家は栄えると言われているが、それはあくまで幸福という枠組みの一面に過ぎない。例えば家族円満を望む家が円満になるのも座敷わらしのおかげである事もある。理想の幸福に近づける、座敷わらしが他の幸福の妖怪として一線を画す理由はそこにある。

「不幸中の幸い、不幸自体が彼女の幸福じゃないのが救いね。どっちにしても一朝一夕で解決する問題じゃないわ」

「そうですか……」

 とりあえずという事で座敷わらしと蛇姫はその少女を後にして、蛇姫の家に帰る。




 翌日、座敷わらしは考える。

 どうすればあの少女に幸福を与えられるか? 手っ取り早いのは少女自身の価値観を根本から変える事だが座敷わらしにも蛇姫にもそんな事はできない。

「あ! これはもしかしてそういう事なの?」

 座敷わらしの天啓だった。

「蛇姫。わかったわ。あの女の子をの不幸を対処する方法が」

「本当ですか!」

「うん。たぶん彼女は不幸を溜め込む体質なのね」

「意味はわかるけど真意がわかりません」

 座敷わらしが言いたい事は単純だ。少女は町にいる人間すべての不幸を奪っているのだ。だからこの町には不幸な少女を除いて不幸な人間がいないのだ。

「なるほど……。それでどうするんですか?」

「彼女はあまりにもすべてが不幸に感じて幸福がマヒしてる状態なの。蛇姫は厄除けできるよね?」

「できますけど……。効きませんよ」

「効いてるわよ。幸福の感覚が麻痺してるから効果が薄かったのよ。彼女が幸福を感じるようになれば厄除けも効果絶大」

「その幸福をどうするのですか?」

「私を誰だと思ってるの? プリティーでキュートな幸せのエキスパート座敷わらしよ。あなたは美しくてケガレがない厄除けのエキスパート白蛇の蛇姫でしょ?」

「わかりました。やってみせますよ」

 座敷わらしと蛇姫は再び不幸な少女の元へ向かった。




 不幸な少女は相変わらず絶望を宿した目をしていた。

「で? どうするんですか?」

「見てて」

 座敷わらしは少女に近づいた。もちろんただの人間の少女に座敷わらしが見えない。

 そして座敷わらしは少女に手を添える。座敷わらしが普段使わない能力、幸福と不幸の量を調節する能力。氏子に少女の不幸を分散して、氏子から少量の幸福を少女に集める。価値観も何も関係ない、問答無用で少女を幸福にする。

「この町の氏子達、あなた達の不幸を返すわ」

 少女は突然の幸福感に戸惑っている様子。

 蛇姫は少女に近づいて、どこからか白蛇を取り出し少女の体に巻き付ける。この白蛇は人間には見えないただの厄除けの守護霊。

「私の一部です」

「蛇を体に巻き付けた少女、なんともいえない図ね」

「仕方ありません。私は土地神……一人の氏子に付きっきりなわけにもいきませんしね。座敷わらしさんはこの家に住むのですか?」

「いや、この家は女の子が不幸を奪ってたから不幸だったけどこの家自体は裕福だしね」

「そうですね。それでは私の家に住みます?」

「そうしようかしら。気に入ったし。たまには神の家に住むのもいいでしょ。私もこの町を守るの手伝ってあげる」

 一難去って座敷わらしは蛇姫とともにこの町に住む事になったとさ。

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