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ぶっちぎれ!人生っ  作者: 子子夏
一年生!春っ
9/23

ぶっちぎれ!出来事っ

 中間考査が終わって一安心。だけど、運動部の人は大変みたい。六月の初めに、大きな大会があるからね。女頭目めずめくんと羽生はにゅうくんはもちろん、せっかく元気を取り戻した風野かざのくんも机でノックダウンだ。

「……平気か、幹久みきひさ?」

 幼馴染くんの心配そうな声にも、

「へーいきぃ……」

 やっぱりぐだりとしながら、答える。風野くん、君の「平気」はさっぱり信用ならないんだって。

「ふーんだ……風野、昨日の部活ダメダメだったくせに……」

「うっさーい……赤野あかのだって足動いてなかったじゃん……」

 赤野さんと風野くんは、先輩からの必死の勧誘に負けて、バスケ部に入ってしまった。風野くん、「サッカーがぁ……」って嘆いていたけど、まあそういうこともあるよね。人に流されほだされ、心に決めていた部活に入れないってことが、さ。

 ちなみに、女頭目くんは剣道部、羽生くんは弓道部だ。彼ららしい部活だなあ。稽古着、似合いそうだもの。

「しょーやは、なんでそんなに普通にしてられるのさあ……陸部も大変なんでしょ?」

「筋トレだけだしなあ」

「その筋トレで死にそうになってる私はどうすればいいのっ……!?」

 幼馴染くんの言葉を聞いて、どよーんとする阿部さん。阿部さん、あんまりしゃべらない子なんだけど、話すとすごく早口だ。幼馴染くんが慌ててフォローする。

「あ、筋トレは厳しいけどさ……風呂入ってストレッチすれば、次の日は平気だから……」

「ストレッチもしてるのに私はどうすればっ……うわぁん!」

 ああ、阿部さんが泣いて教室を飛び出して行った。幼馴染くん、普通あの練習では、次の日はどうやっても筋肉痛でプルプルだと思うんだ。フォローになってないよ!

 陸部の練習といったら、もう鬼畜だ。腹筋、腕立て、背筋その他の筋トレを、三十回ずつ五セットで、休みなし。もちろん、それだけじゃない。空気イスもあるのだ。

「まあ、陸部もだろうけど、バスケ部も空気イスやるよ? 超キツイ」

 風野くんが机に突っ伏して言った。風野くん、座るのに快適な「ユートイス」の社長の息子なのに、イスに苦しめられているのか……どんまい。

 うーん、今日の教室が沈んでいるのは、普段うるさい人達が部活で死んでるせいなんだろうなあ。静かだから、いつもは何かしら話しながらゲームしてる井上くんたちも、黙りこんでるし。おお、この微妙な雰囲気、誰かどうにかして!

 そうだ、さくちゃん!

 私が廊下に出ると、階段を上りきった咲ちゃんが、とぼとぼと歩いて来るところだった。……え、咲ちゃんなら教室に明るさを取り戻してくれると思ったのに。彼女が暗いとは、何かあったのか!?

 咲ちゃんは内田うちださんと一緒だった。

「まあまあ咲ちゃん……気にしないで? ね?」

「うう……どうしよう、あの壺、高そうだったよぅ……」

「あれは壺じゃなくて花瓶ね?」

 咲ちゃんがどんよりとしていても、しっかり訂正する内田さん、マジ天使……じゃなくて。

 壺? 花瓶? そう聞くと思い出せるものが。なんだっけ。

「それに、副会長に怒られるし……」

閖里ゆりさと先輩が怒ってたのは、咲ちゃんが先輩の名前を知らなかったせいだけど……」

 おりょ?

「だって、あれって、副会長が大事にしてたお花でしょ!? うわああん、人の大切な物、台無しにしちゃった……」

 半泣きの咲ちゃんを慰める内田さん、白衣の天使……じゃなくて。

 花瓶を割っちゃったのか、咲ちゃん。そんで、その中には副会長の大事な花があったと。

 その花はユリだろうな、それで、飾られていたのは生徒会室だろう。あそこは資料の山で、魔窟まくつとも呼ばれる汚い部屋だ。そこにユリを入れた花瓶を置いとく副会長が悪いよ、うん。いずれ誰かに割られちゃっただろうし。

 え、なんで私がそこまで分かるかって? ユリだなんて咲ちゃんたち言ってないって?

 まあ、ユリだと分かるのは、副会長の「花」がユリだから、というのもあるけどね。……これ、実は、イベントなんですよ。花瓶を割っちゃって、そのときの対応で副会長か会長の好感度が上がります。

 あんまり気にせず、淡々と対応したら会長のが。すっごく気にして、ひたすら謝りまくると副会長のが。副会長、今思えばとても単純である。ちなみに女の子の涙に弱い。

 まあ、副会長はどうでもいいとして。私は今、ショックを受けて、あまりのショックに淡々と状況把握なんぞをしてしまっている。

「放課後にまた謝りに行こう? ね?」

「うん……」

 咲ちゃんと内田さんの声が遠ざかる。けれど、私は追いかける気力がまだなかった。


 ……イベント見逃した!

 このイベントは、副会長の「閖里出雲(いずも)」が、「咲」を会室に呼び出すところから始まるのだ。だから、副会長が咲ちゃんを呼ぶ理由がなければ成立しない……はずだったのに! フラグを見事にばっきりとへし折ってくれた、イベントぶっちぎらーの咲ちゃんは、もうイベントを起こさないものだとばかり……。

 でも、別の用事で会室行くことはあるよね。そのときにイベントに近い物が起こったって、不思議じゃあない。しかも副会長の「使えるな」という不穏な言葉を忘れていた私が悪いんだね。

 私はこれまでの緩んだ考えをぶっちぎった! また、私は咲ちゃん観察に戻ります! 風野くんと内田さんを見ている間に、他のイベントも起こっていたのかもと思うと、悔しいぞ。

 もしかすると、咲ちゃんが幼馴染くんにお姫様抱っこされるイベントも、起きていたのかも。あの(スチル)はすごく素敵だったのに。実際あったなら見てみたかった……。

 いや、でもなあ。咲ちゃんか。お姫様抱っこされたら暴れそう。


「ごめんね、美子みこちゃん……付き合ってもらって」

「んーん、いいよ。今日は仕事ないし」

 放課後、である。内田さんは旅館の手伝いが急に入ったりするとのことで、部活は入っていない。書道愛好会に入ろうか迷ってると言ってたけど……。うーん、内田さんは袴も似合うな、たぶん。

 咲ちゃんはやはり、調理部に入った。お菓子はもちろん、地域の郷土料理も作ったりしているそうな。調理部は基本的に緩いので、用事があるときは休めるのだ。例えば、会室に謝りに行くときとか。

 咲ちゃんが躊躇ちゅうちょしてなかなか戸を叩かないので、内田さんが代わりに。

「失礼します」

「……入れ」

 今の声は会長だな。命令形とは、これいかに。会長って基本こうだけど、彼自身は上から目線って訳じゃなくて、ただしゃべりたくないんだよね。

 「入ってどうぞ」と言うのは大変、その分命令形だと三文字で済む。とんでもないものぐさの代わりに学校行事で代表挨拶をするのは、もっぱら副会長の仕事である。

 部屋に入ると、やはり副会長の姿はなかった。たぶん、花瓶とか、花を買い直しに行ったんだろう。

「えっと、千年ちとせ会長?」

「……何?」

「閖里副会長は、いませんか?」

「……買い物」

 内田さんは困ったようにして、後ろの咲ちゃんを振り返った。咲ちゃん、内田さんの背中にひっついてる。小動物、だなあ……。

「どうする咲ちゃん?」

「……ここで、待つ。土下座しなきゃ気がすまない……!」

 咲ちゃん、土下座はされた方が困るよ? 会長が咲ちゃんの声を聞いて、やっと彼女の存在に気付いたみたい。

「……江上えがみ?」

「はい? ……あ、同士先輩」

 会長は咲ちゃんの名前覚えていてくれたけど……やっぱり咲ちゃん、人の名前を覚えようとしないよね。なんであだ名で覚えるんだろう。放送さんのことも、「五十公野いずみの」って覚えずに、「なにがし」にしていたものね。内田さんが、軽く咲ちゃんの頭を小突く。

「会長は、千年涼先輩って言うの。咲ちゃん、覚えてない?」

 内田さんの呆れ顔。でも咲ちゃんは、これからも人の名前を頭に入れようとはしないだろう。だって、風野くんが「幹久」だってことも、忘れかけてるし。

 会長が咲ちゃんに、ぽつりと教えた。

「……高総体こうそうたい応援セールで、明日からステーキ半額だ」

「マジすか」

「……一日限定十食」

 ああ、咲ちゃんが燃えている。でも確か、高総体でセールするのはステーキだけじゃない、「さくらんぼゼリー」もだ。会長、ライバルを減らそうって魂胆だな。

 副会長が戻ってきた。手には大輪の花――ユリだ。花瓶は買ってきたんだろうか。

「……なんで江上がいるんだ? そんで……内田、だったか」

 副会長が目をぱちくりとして言った。副会長、名前覚えるの早いな。

「謝りに来ました。私は咲ちゃんの付き添いです」

「本当にごめんなさい……!」

 咲ちゃんの顔は、早くも涙でゆがんでいる。副会長はおろおろしていた。うん、たとえ変人認定していても、女の子の涙は彼にダメージを与えるらしい。

「……ああ、いや。別にいいと言ったろう」

「大事な物でしたよね……」

「まあ、そうだが」

 彼は咲ちゃんの言葉を聞いて、口をもごもごさせた。

 と、そのとき、会室の戸がガラッと開いた。

「やっほーう、出雲ちゃーん。あ、涼もいるじゃん、珍しい」

「……酷い」

 会長が地味にダメージを喰らった台詞を吐いたのは……。

「また『委員会格上げ』の交渉か? そんなものに付き合ってる暇はないんだが、五十公野いずみの

 放送さんだった。なんか、ちゃらいぞ放送さん。「出雲ちゃん」ってなんだ? 副会長にちゃん付けは似合わないと思うんだけどなあ。

「えー、遊びに来ちゃ駄目なのか?」

「今はさくら祭の準備で忙しい、その上今は客が来ているんだ、邪魔するな」

「出雲ちゃんが冷たい……あれ、咲ちゃん?」

 放送さんも咲ちゃんに気付いたようだ。

「なんで泣いてんの? はっはー、まさか出雲ちゃん……。 咲ちゃん泣かせたの?」

 にやにやと笑う放送さんは、副会長をいじる気満々だ。副会長は慌てて言った。

「違う! いや、違くもないが……勝手に泣いているだけだ!」

「ほほう、出雲ちゃん。泣いてる女の子に随分な言い草じゃないかい?」

 放送さんはくるりと咲ちゃんの方へ向き直ると、あれやこれやの手を使って咲ちゃんの涙を引っ込めさせた。……さすが、放送部部長さん。飴玉の力は使ってたけど。

「……すまんな、江上」

「……花瓶割った私が悪いんです……」

 副会長と咲ちゃんが謝り合戦を始めてしまったので、周りで慌てて止めた。二人の口を閉ざしたのが、会長だって事に驚きだけど。

「……仕事」

 この一言で、副会長ははっとし、咲ちゃんは仕事の邪魔になっている、と慌てて会室から退散した。放送さんは副会長に捕まっていた。「……遊びに(・・・)来てくれたんだよな?」って脅されてたけど、たぶん仕事を手伝わされるんだろう。放送さん、どんまい。

「うう……土下座出来なかった」

 そこかよ! と突っ込んだ私は、悪くない。現に内田さんが苦笑している。


 イベントは……起きる! それが分かったのが収穫だ。見れないと諦めていたけれど、もしかしたら、もしかすると、ひょんな事から素敵なイベントに……なる、かなあ? あまり期待しないでおこう、だって咲ちゃんだし。

☆おまけ

~朝の出来事~

 茶色がかった髪を、二つに結えている少女。身長わずか百四十五センチメートルの小柄な少女は、登校の道で友達の姿を見つけた。

「美子ちゃーん!」

「あ、おはよう、咲ちゃん」

 内田美子、少女――江上咲のクラスメートだ。とても穏やかで、それでいて芯の通った女の子。クラスで一番の友達になっている。

 美子に登校中に出会うのは初めてなので、咲はウキウキしながら駆け寄った。

「どうしたの? 美子ちゃんにしては遅いね」

「家で作ってた物があってね。これを生徒会室に届けなきゃいけないんだ。そうだ、咲ちゃん、一緒に行ってくれない?」

 美子の申し出に、咲は一も二もなく頷いた。


 そうしてやってきた会室には、メガネをかけた一人の男子生徒。咲は、どこかで会ったことあるなあ、と思いつつ、名前を思い出せないので黙りこむ。

 美子と男子生徒は、桜祭――桜庭高校の文化祭について話しているようだ。咲は暇を持て余し、そこらにある資料をぱらぱらと捲ったりしていた。

 すると、視界に綺麗な花がよぎる。ふっと顔を上げると、そこにはオレンジ色がかったユリの花が飾ってあった。近づいて見てみる。

「おい」

 不意に声をかけられて、咲はびくりとした。あの男子生徒が声をかけてきたらしい。慌てて振り返ろうとした時、咲の手が花瓶に当たった。

「あ……」

 手で受け止める間もなく、花瓶は呆気なく床に落ちてしまった。甲高いガラスの音が響く。

「俺のユリが……」

「ご、ごめんなさい」

 しゃがみこみ、花を拾い上げる咲。男子生徒は慌てて止めた。

「よせ、怪我するぞ」

「で、でも……」

 咲の顔を正面から見た男子生徒は目を丸くした。

「江上か?」

 そう言われたので、なんとか言葉を返そうにも、名前は知らず、花瓶も割ってしまい。どうすれば良いのか分からない。

「某先輩、すみません」

 名前のことと、花瓶のことと。合わせて謝った。

「……この馬鹿が!」

 怒鳴られた咲の目から溢れる涙。やはり許してもらえないか。大切な花だったろうから……。

 咲は、「ごめんなさい」と謝ることしかできず、居たたまれなくなって会室を飛びだした。

「あ、待って咲ちゃん! すみません閖里先輩、桜祭の話はまた」

 美子も、友達の後を必死に追った。残された男子生徒――閖里は、複雑そうな顔。

「まさか江上、俺の名を覚えていないだと……? やはり変人なんだな」

~おしまい~


他のおまけはぶっちぎれ!メモっに載せました。下のリンクから飛んで、読んでやってください。

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