ぶっちぎれ!出来事っ
中間考査が終わって一安心。だけど、運動部の人は大変みたい。六月の初めに、大きな大会があるからね。女頭目くんと羽生くんはもちろん、せっかく元気を取り戻した風野くんも机でノックダウンだ。
「……平気か、幹久?」
幼馴染くんの心配そうな声にも、
「へーいきぃ……」
やっぱりぐだりとしながら、答える。風野くん、君の「平気」はさっぱり信用ならないんだって。
「ふーんだ……風野、昨日の部活ダメダメだったくせに……」
「うっさーい……赤野だって足動いてなかったじゃん……」
赤野さんと風野くんは、先輩からの必死の勧誘に負けて、バスケ部に入ってしまった。風野くん、「サッカーがぁ……」って嘆いていたけど、まあそういうこともあるよね。人に流されほだされ、心に決めていた部活に入れないってことが、さ。
ちなみに、女頭目くんは剣道部、羽生くんは弓道部だ。彼ららしい部活だなあ。稽古着、似合いそうだもの。
「しょーやは、なんでそんなに普通にしてられるのさあ……陸部も大変なんでしょ?」
「筋トレだけだしなあ」
「その筋トレで死にそうになってる私はどうすればいいのっ……!?」
幼馴染くんの言葉を聞いて、どよーんとする阿部さん。阿部さん、あんまりしゃべらない子なんだけど、話すとすごく早口だ。幼馴染くんが慌ててフォローする。
「あ、筋トレは厳しいけどさ……風呂入ってストレッチすれば、次の日は平気だから……」
「ストレッチもしてるのに私はどうすればっ……うわぁん!」
ああ、阿部さんが泣いて教室を飛び出して行った。幼馴染くん、普通あの練習では、次の日はどうやっても筋肉痛でプルプルだと思うんだ。フォローになってないよ!
陸部の練習といったら、もう鬼畜だ。腹筋、腕立て、背筋その他の筋トレを、三十回ずつ五セットで、休みなし。もちろん、それだけじゃない。空気イスもあるのだ。
「まあ、陸部もだろうけど、バスケ部も空気イスやるよ? 超キツイ」
風野くんが机に突っ伏して言った。風野くん、座るのに快適な「ユートイス」の社長の息子なのに、イスに苦しめられているのか……どんまい。
うーん、今日の教室が沈んでいるのは、普段うるさい人達が部活で死んでるせいなんだろうなあ。静かだから、いつもは何かしら話しながらゲームしてる井上くんたちも、黙りこんでるし。おお、この微妙な雰囲気、誰かどうにかして!
そうだ、咲ちゃん!
私が廊下に出ると、階段を上りきった咲ちゃんが、とぼとぼと歩いて来るところだった。……え、咲ちゃんなら教室に明るさを取り戻してくれると思ったのに。彼女が暗いとは、何かあったのか!?
咲ちゃんは内田さんと一緒だった。
「まあまあ咲ちゃん……気にしないで? ね?」
「うう……どうしよう、あの壺、高そうだったよぅ……」
「あれは壺じゃなくて花瓶ね?」
咲ちゃんがどんよりとしていても、しっかり訂正する内田さん、マジ天使……じゃなくて。
壺? 花瓶? そう聞くと思い出せるものが。なんだっけ。
「それに、副会長に怒られるし……」
「閖里先輩が怒ってたのは、咲ちゃんが先輩の名前を知らなかったせいだけど……」
おりょ?
「だって、あれって、副会長が大事にしてたお花でしょ!? うわああん、人の大切な物、台無しにしちゃった……」
半泣きの咲ちゃんを慰める内田さん、白衣の天使……じゃなくて。
花瓶を割っちゃったのか、咲ちゃん。そんで、その中には副会長の大事な花があったと。
その花はユリだろうな、それで、飾られていたのは生徒会室だろう。あそこは資料の山で、魔窟とも呼ばれる汚い部屋だ。そこにユリを入れた花瓶を置いとく副会長が悪いよ、うん。いずれ誰かに割られちゃっただろうし。
え、なんで私がそこまで分かるかって? ユリだなんて咲ちゃんたち言ってないって?
まあ、ユリだと分かるのは、副会長の「花」がユリだから、というのもあるけどね。……これ、実は、イベントなんですよ。花瓶を割っちゃって、そのときの対応で副会長か会長の好感度が上がります。
あんまり気にせず、淡々と対応したら会長のが。すっごく気にして、ひたすら謝りまくると副会長のが。副会長、今思えばとても単純である。ちなみに女の子の涙に弱い。
まあ、副会長はどうでもいいとして。私は今、ショックを受けて、あまりのショックに淡々と状況把握なんぞをしてしまっている。
「放課後にまた謝りに行こう? ね?」
「うん……」
咲ちゃんと内田さんの声が遠ざかる。けれど、私は追いかける気力がまだなかった。
……イベント見逃した!
このイベントは、副会長の「閖里出雲」が、「咲」を会室に呼び出すところから始まるのだ。だから、副会長が咲ちゃんを呼ぶ理由がなければ成立しない……はずだったのに! フラグを見事にばっきりとへし折ってくれた、イベントぶっちぎらーの咲ちゃんは、もうイベントを起こさないものだとばかり……。
でも、別の用事で会室行くことはあるよね。そのときにイベントに近い物が起こったって、不思議じゃあない。しかも副会長の「使えるな」という不穏な言葉を忘れていた私が悪いんだね。
私はこれまでの緩んだ考えをぶっちぎった! また、私は咲ちゃん観察に戻ります! 風野くんと内田さんを見ている間に、他のイベントも起こっていたのかもと思うと、悔しいぞ。
もしかすると、咲ちゃんが幼馴染くんにお姫様抱っこされるイベントも、起きていたのかも。あの絵はすごく素敵だったのに。実際あったなら見てみたかった……。
いや、でもなあ。咲ちゃんか。お姫様抱っこされたら暴れそう。
「ごめんね、美子ちゃん……付き合ってもらって」
「んーん、いいよ。今日は仕事ないし」
放課後、である。内田さんは旅館の手伝いが急に入ったりするとのことで、部活は入っていない。書道愛好会に入ろうか迷ってると言ってたけど……。うーん、内田さんは袴も似合うな、たぶん。
咲ちゃんはやはり、調理部に入った。お菓子はもちろん、地域の郷土料理も作ったりしているそうな。調理部は基本的に緩いので、用事があるときは休めるのだ。例えば、会室に謝りに行くときとか。
咲ちゃんが躊躇してなかなか戸を叩かないので、内田さんが代わりに。
「失礼します」
「……入れ」
今の声は会長だな。命令形とは、これいかに。会長って基本こうだけど、彼自身は上から目線って訳じゃなくて、ただしゃべりたくないんだよね。
「入ってどうぞ」と言うのは大変、その分命令形だと三文字で済む。とんでもないものぐさの代わりに学校行事で代表挨拶をするのは、もっぱら副会長の仕事である。
部屋に入ると、やはり副会長の姿はなかった。たぶん、花瓶とか、花を買い直しに行ったんだろう。
「えっと、千年会長?」
「……何?」
「閖里副会長は、いませんか?」
「……買い物」
内田さんは困ったようにして、後ろの咲ちゃんを振り返った。咲ちゃん、内田さんの背中にひっついてる。小動物、だなあ……。
「どうする咲ちゃん?」
「……ここで、待つ。土下座しなきゃ気がすまない……!」
咲ちゃん、土下座はされた方が困るよ? 会長が咲ちゃんの声を聞いて、やっと彼女の存在に気付いたみたい。
「……江上?」
「はい? ……あ、同士先輩」
会長は咲ちゃんの名前覚えていてくれたけど……やっぱり咲ちゃん、人の名前を覚えようとしないよね。なんであだ名で覚えるんだろう。放送さんのことも、「五十公野」って覚えずに、「某」にしていたものね。内田さんが、軽く咲ちゃんの頭を小突く。
「会長は、千年涼先輩って言うの。咲ちゃん、覚えてない?」
内田さんの呆れ顔。でも咲ちゃんは、これからも人の名前を頭に入れようとはしないだろう。だって、風野くんが「幹久」だってことも、忘れかけてるし。
会長が咲ちゃんに、ぽつりと教えた。
「……高総体応援セールで、明日からステーキ半額だ」
「マジすか」
「……一日限定十食」
ああ、咲ちゃんが燃えている。でも確か、高総体でセールするのはステーキだけじゃない、「さくらんぼゼリー」もだ。会長、ライバルを減らそうって魂胆だな。
副会長が戻ってきた。手には大輪の花――ユリだ。花瓶は買ってきたんだろうか。
「……なんで江上がいるんだ? そんで……内田、だったか」
副会長が目をぱちくりとして言った。副会長、名前覚えるの早いな。
「謝りに来ました。私は咲ちゃんの付き添いです」
「本当にごめんなさい……!」
咲ちゃんの顔は、早くも涙でゆがんでいる。副会長はおろおろしていた。うん、たとえ変人認定していても、女の子の涙は彼にダメージを与えるらしい。
「……ああ、いや。別にいいと言ったろう」
「大事な物でしたよね……」
「まあ、そうだが」
彼は咲ちゃんの言葉を聞いて、口をもごもごさせた。
と、そのとき、会室の戸がガラッと開いた。
「やっほーう、出雲ちゃーん。あ、涼もいるじゃん、珍しい」
「……酷い」
会長が地味にダメージを喰らった台詞を吐いたのは……。
「また『委員会格上げ』の交渉か? そんなものに付き合ってる暇はないんだが、五十公野」
放送さんだった。なんか、ちゃらいぞ放送さん。「出雲ちゃん」ってなんだ? 副会長にちゃん付けは似合わないと思うんだけどなあ。
「えー、遊びに来ちゃ駄目なのか?」
「今は桜祭の準備で忙しい、その上今は客が来ているんだ、邪魔するな」
「出雲ちゃんが冷たい……あれ、咲ちゃん?」
放送さんも咲ちゃんに気付いたようだ。
「なんで泣いてんの? はっはー、まさか出雲ちゃん……。 咲ちゃん泣かせたの?」
にやにやと笑う放送さんは、副会長をいじる気満々だ。副会長は慌てて言った。
「違う! いや、違くもないが……勝手に泣いているだけだ!」
「ほほう、出雲ちゃん。泣いてる女の子に随分な言い草じゃないかい?」
放送さんはくるりと咲ちゃんの方へ向き直ると、あれやこれやの手を使って咲ちゃんの涙を引っ込めさせた。……さすが、放送部部長さん。飴玉の力は使ってたけど。
「……すまんな、江上」
「……花瓶割った私が悪いんです……」
副会長と咲ちゃんが謝り合戦を始めてしまったので、周りで慌てて止めた。二人の口を閉ざしたのが、会長だって事に驚きだけど。
「……仕事」
この一言で、副会長ははっとし、咲ちゃんは仕事の邪魔になっている、と慌てて会室から退散した。放送さんは副会長に捕まっていた。「……遊びに来てくれたんだよな?」って脅されてたけど、たぶん仕事を手伝わされるんだろう。放送さん、どんまい。
「うう……土下座出来なかった」
そこかよ! と突っ込んだ私は、悪くない。現に内田さんが苦笑している。
イベントは……起きる! それが分かったのが収穫だ。見れないと諦めていたけれど、もしかしたら、もしかすると、ひょんな事から素敵なイベントに……なる、かなあ? あまり期待しないでおこう、だって咲ちゃんだし。
☆おまけ
~朝の出来事~
茶色がかった髪を、二つに結えている少女。身長わずか百四十五センチメートルの小柄な少女は、登校の道で友達の姿を見つけた。
「美子ちゃーん!」
「あ、おはよう、咲ちゃん」
内田美子、少女――江上咲のクラスメートだ。とても穏やかで、それでいて芯の通った女の子。クラスで一番の友達になっている。
美子に登校中に出会うのは初めてなので、咲はウキウキしながら駆け寄った。
「どうしたの? 美子ちゃんにしては遅いね」
「家で作ってた物があってね。これを生徒会室に届けなきゃいけないんだ。そうだ、咲ちゃん、一緒に行ってくれない?」
美子の申し出に、咲は一も二もなく頷いた。
そうしてやってきた会室には、メガネをかけた一人の男子生徒。咲は、どこかで会ったことあるなあ、と思いつつ、名前を思い出せないので黙りこむ。
美子と男子生徒は、桜祭――桜庭高校の文化祭について話しているようだ。咲は暇を持て余し、そこらにある資料をぱらぱらと捲ったりしていた。
すると、視界に綺麗な花がよぎる。ふっと顔を上げると、そこにはオレンジ色がかったユリの花が飾ってあった。近づいて見てみる。
「おい」
不意に声をかけられて、咲はびくりとした。あの男子生徒が声をかけてきたらしい。慌てて振り返ろうとした時、咲の手が花瓶に当たった。
「あ……」
手で受け止める間もなく、花瓶は呆気なく床に落ちてしまった。甲高いガラスの音が響く。
「俺のユリが……」
「ご、ごめんなさい」
しゃがみこみ、花を拾い上げる咲。男子生徒は慌てて止めた。
「よせ、怪我するぞ」
「で、でも……」
咲の顔を正面から見た男子生徒は目を丸くした。
「江上か?」
そう言われたので、なんとか言葉を返そうにも、名前は知らず、花瓶も割ってしまい。どうすれば良いのか分からない。
「某先輩、すみません」
名前のことと、花瓶のことと。合わせて謝った。
「……この馬鹿が!」
怒鳴られた咲の目から溢れる涙。やはり許してもらえないか。大切な花だったろうから……。
咲は、「ごめんなさい」と謝ることしかできず、居たたまれなくなって会室を飛びだした。
「あ、待って咲ちゃん! すみません閖里先輩、桜祭の話はまた」
美子も、友達の後を必死に追った。残された男子生徒――閖里は、複雑そうな顔。
「まさか江上、俺の名を覚えていないだと……? やはり変人なんだな」
~おしまい~
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