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ぶっちぎれ!人生っ  作者: 子子夏
一年生!春っ
8/23

ぶっちぎれ!中間考査、後編っ

 風野かざのくんの言葉を聞いて、内田うちださんは困ってしまったようだ。まあ、彼女ができたら……と言ったって、それは本人に好きな人ができなきゃ無理だものね。風野くんなら、振られる心配はほとんどないだろうけど。

「それは困ったね。……何か手伝えないかなあ」

 ずっと、うんうんうなって考える内田さん。風野くんが慌てて手をぶんぶんと振って、

「あ、いいよ別に! 聞いてくれただけで気が晴れたというか……」

「うーん……そうだ、家にいると、たくさん人が来て、大変なんだよね?」

 内田さんの言葉に、風野くんは戸惑とまどったようにして頷いた。そして内田さんは、驚きの発言をしたのである。

「しばらく、私の家で泊まる? せめてテスト終わるまで」

 風野くんは、それを聞いたら口をぽかんと開けて固まってしまった。いいのか、内田さん!? 一応、彼も年頃の男の子なんですけど。

 と思ったら、どうやら内田さんの家、旅館を営んでいるらしい。部屋はいっぱいあるのだとか。風野くんは内田さんの言葉に甘えることにしたようだ。宿泊代は絶対返すね、と言った風野くんは、のちに自分の財布を確認して、ため息をついていた。……お金、ないのか。

 私は、ちょっと気になってしまったので、いつもとは違ってさくちゃんではなく内田さんの帰り道を追う。風野くんももちろん一緒だ。

「……本当にいいのかなあ」

「宿泊費を後で出してくれるのなら、全然大丈夫。……別に、友達なんだから、お代もいいのに」

「いやいやいや、それは悪いから!」

 すごい勢いで首を振る風野くんの顔は、ちょっと赤い。ふふ、君も内田さんのエンジェルスマイル(私命名)にやられてしまったかね?

 同じ家に泊まるとはいえ、内田さんの「家」は旅館を含めるととても広い。何か間違いが起こることはないだろう。……なんかあったら、私が風野くんを叩きのめすぞ。でも私の腕は、彼の体をすり抜けた。……ぐすん。


 次の日に登校した風野くんの顔は、晴れやかだった。

「おっはよー」

「……幹久みきひさ? 昨日までのクマはどこいったんだよ」

 風野くんを見てすぐに、幼馴染くんは嬉しそう。まあ、あいさつからして始めのころの活発さであふれているからなあ。二人は楽しそうに賑やかに、テストの話をし始めた。……そこでの話題はやっぱりテストなのね。

「おおっ!? みっきーが元気だ!」

「咲ちゃん、それって俺のことなの!? みっきーってどういうことよ!?」

ゆずちゃんが付けたニックネームだよ。いいよね、可愛くて」

 咲ちゃんは、柚さんと一緒に登校してきた。途中で会ったのかな? 最近、咲ちゃんは幼馴染くんと一緒に来ない。幼馴染くんは、予定通り陸上部に入ったそうで、朝が早い。咲ちゃんが布団からもぞもぞ抜け出したころに、彼は学校へ向けて自転車を走らせるのだ。

「柚サン!? 俺に、『ミキっち』とか『みっきー』とか、一体いくつあだ名付けんのさ!?」

「いやー、宇宙の様に?」

「どんだけだよ!?」

 そんな様子を見ていた羽生はにゅうくんは、

「……くだんね」

と呟き、机に突っ伏して寝始めた。女頭目めずめくんがすでに寝てしまっているので、日本美人が並んで昼寝、である。

 風野くんがやる気満々、といった調子で授業を受けるのを見て、

「……夢?」

と自分の頬をつねる倫理の先生や、

「もしかして幻覚か、幻覚なのか」

と風野くんの前で手をひらひらさせる生物の先生や、

「……大丈夫か風野」

と心底心配そうに、彼の額に手をあてる亜田えいだ先生。どんだけ風野くんは先生たちに信用されてないのだろうか。

 彼はゲームでは、授業を真面目に受けているけど成績が上がらない、そんな人であった。基本なんでも頑張ろうとするんだよね。今回の許嫁騒動も、人の話をまっすぐ正面から受け止めていたから疲れたんじゃないかな?

 風野くんは、今日の授業でさんざんいびり倒された。「じゃあ、珍しく起きてるし風野」って感じで、よく当てられていたよ。しかし先生方、彼が起きていないのを知っていたのなら起こしてほしかったよ! そして咲ちゃんがすっかり寝息を立てて寝ていますが、無視していいの!?


「物理ぃ……やっぱり分かんないよう……」

「運動方程式は、流石にもう大丈夫だよな?」

「しょーくんは、質量と加速度をかけるとなる」

「なんで俺がならなきゃいけない」

 どうやら、咲ちゃんの頭の中で、「質量×加速度=菊地きくち将也しょうや」となっているようだ。そんな公式で、何を解くんだ?

 風野くんは、やっぱり苦戦しているけど、だんだんミスがなくなってきた。

「すごいねみっきー、どうしたらそんなに伸びるんだい?」

「みっきーってめい……」

 咲ちゃんの台詞に力が抜けた風野くんは、内田さんの言葉に飛び起きた。

「放課後も特訓してるから。頑張ってるよね、幹久くん」

「あ、美子みこちゃん、それは……」

「どゆこと、美子ちゃん?」

 慌てて話を止めようとする風野くんと、不思議そうに尋ねる咲ちゃん。内田さんは二人を見比べて、首をちょいと傾げ、

「今、幹久くんは私の家に泊まってるから」

 直後、教室内が蜂の巣騒ぎになった。とまでは言いすぎかな、しかし風野くんはいろんな人に首を絞められて死にそうだった。どんまい。

「え、でもなんでみっきーが美子ちゃんの家に泊まるの? 旅館なのは分かったけどさ」

 ようやく落ち着いてきたので、咲ちゃんが内田さんに尋ねる。内田さんは、風野くんの方をちょっと見て、「いい?」とでも聞くかのようにした。彼はまだ、自分の首を押さえて深呼吸。首絞めって、つらいんだよね……。風野くんの気持ちはよく分かる。

「げほっ……。咲ちゃん、としょーやにも一緒に聞いてもらおうかな……。しょーや!」

 黄染きぞめさんと話していた幼馴染くんが、ひょっこりと顔を出した。

「何?」

「ちょっと話したいんだけど、いい?」

 幼馴染くんはすぐに了承した。

 それにしても、幼馴染くんは黄染さんと何を話していたのだろう。こずえさんがにやにやしているから……何か進展あったのか? 気になるなあ。

 私が黄染さんの方をうかがっている間に、風野くんは二人に説明し終わったようだ。咲ちゃんと幼馴染くんは、多少驚いていたけどその程度。咲ちゃんは大会社とか興味なし、幼馴染くんは「驚く」ってあんまりないんだよね。大抵のことに慣れちゃってるから。……咲ちゃんのせいで。

 そして、話を聞いた二人がお願いしたのは、ちょっと意外なことだった。


「ほーい、フィナンシェだよ!」

 咲ちゃんが持ってきたのは、いつぞやに語ったフィナンシェである。その香ばしい香りを嗅ぎつけ、幼馴染くんの顔はだらしなく緩んだ。どれだけフィナンシェが好きなんだか。

 ここは内田さんのお母さんがやっているという、旅館。内田さんの家でもあるけど。咲ちゃんたち四人はみんな、内田さんの個人部屋に集まっていた。幼馴染くんと風野くんは、女子の部屋ということで少し遠慮していたのだが、全く気にしない咲ちゃんと内田さんによってぐいぐい部屋に押しいれられた。咲ちゃん、君が気にしないのは、駄目だと思うよ?

 内田さんが、咲ちゃんににっこりとほほ笑みかけて、

「咲ちゃん、ありがとう。ホントにアーモンドのいい香りがするね」

「そうなんだよ。それにしても、美子ちゃんママに感謝だね! ここ、すごくいい材料ばっかりそろってるんだもん」

 咲ちゃんは、よほどキッチンの内容に感動したのだろうか、目がキラキラ輝いていた。

 幼馴染くんはさっそくフィナンシェに手を伸ばして、口いっぱいに頬張ほおばっている。その、幸せそうな顔といったら、もう。風野くんが呆れた顔で、

「しょーや、その顔は学校でしない方がいいと思うよ」

「なんで?」

 分かっていない幼馴染くんを見て、風野くんは呆れ顔をやめない。風野くんが言いたい事は、よく分かる。今の幼馴染くんの顔を見たら、大抵の女子が惚れちゃうだろうな。彼の笑顔は一級品なのだ。

「んー、美味しい。ごちそうさまでした、咲ちゃん」

 内田さんが言うと、咲ちゃんが、

「ようし、もっといろいろ作ってくるぜ!」

と、またどこかへ駆けだそうとした。幼馴染くんが、慌てて彼女の服の袖を掴む。

「咲、お前、物理勉強しに来たんだろ!」

 そう、咲ちゃんと幼馴染くんの二人は、ただ遊びに来たんではなくて、勉強会に参加しに来たのである。もうテスト直前なんだよね、咲ちゃん覚えているだろうか。

「ちっ……そういえばそうだったね」

「咲ちゃん、今の舌打ちは何!?」

 舌打ちをしている時の咲ちゃんは、すっごく怖い顔をする。風野くんが恐れおののいて、後ろに飛びずさった。

 ……そのまま、勉強会はなかなか始まらなかった。大丈夫か、この四人。


 あっという間に中間考査がやってきた。みんな、今までの復習をしたり、問題を解き続けていたり、静かで緊張した感じだ。

 いやあ、この雰囲気、久しぶりだなあ。何年振りだろう、前世の死んだ年の六十年以上前だから……もういいか。前世のことなんて、あんまり覚えてないんだよね。孫とたわむれていたことくらいしか。そういえば、乙女ゲーム「花咲く日常」ってのも、孫から勧められたんだっけ。

 今思えば、ミーハーなおばあちゃんだったな。純文学もラノベも、演歌もボカロも、ボードゲームからテレビゲームまで。なんでも面白かった。

 今や精神逆行みたいなものが起きて、精神年齢十六歳。ちょうど、咲ちゃんたちと同じである。だから、私をババアとか言ってはいけないよ? 見た目からして高校生だけどさ。

 さて、この世界は乙女ゲーム「花咲く日常」の舞台だったはずだけど……。


「しょーくん……私は物理をマスターしたっ」

 すでに、ゲームと違うよね! ゲームの「咲」はテスト余裕だったもんね!

「それは良かったな」

 ほっとする幼馴染君だが、

「うん! これで赤点は取らないよ、ぎりぎり」

「ぎりぎりかよ」

 咲ちゃんの続きの言葉を聞いて脱力した。私も、脱力して宙から落下。ふよーん、と落ちて、すり抜け酔いを起こしてしまった。……苦しい。

 当のテスト中であるが、咲ちゃんは数学以外、ずっとうなりっぱなし。物理は頭を抱え込み、ときおり机に頭を叩きつけていた。咲ちゃん、そうしたって忘れていくだけだから! 周りの人たちが不審そうに見ているよ!

 とはいえ、どのテストでも一貫して、幼馴染くんは咲ちゃんに目もくれず、ひたすら問題に取り組んでいた。慣れているって、すごいことなんだね。私は幼馴染くんを尊敬するよ。


「終わったああああ……ああ」

 最後の倫理のテスト、鐘が鳴った瞬間に、先生の指示を待つことなく拳を突き上げる咲ちゃん。彼女は鬼の形相の先生を見て、叫びを喉に押し込めた。

「それでは集めます。……私語は、厳禁よ」

 ただテストを回収するだけなのに、みんな震えていた。怖いよ、先生! 結婚できないよ! たしかこの先生は、担当教科数学、独身二十代(後半)だったはず。

 その先生がキッとこちらを向いてきた。え、待って、そっちには空気と教室の天井しかないでしょ! なんで私の方睨みつけてるの!? 独身二十代(三十歳近し)の女のカン、恐るべし。

 四組のみんなは、先生が去った後ようやく喜びを分かち合い始めた。まだ返されてきてないけど、終わったことに喜びを感じるんだよね。風野くんはほっとしてる。手ごたえがあったのかな?

「ありがとうね、美子ちゃん」

「どういたしまして、幹久くん」

 はにかむような彼の笑顔に、内田さんも笑顔で返す。内田さん、すごい人である。彼の今の笑顔を、平然と受け流せるんだから。やはり内田さんは、みんなのヒーロー、みんなの天使だね。

 はてさて、この後風野くんはどうするのやら。

「あのさ……もうちょっと、旅館に泊めさせてもらってもいい?」

「いいよ。雪乃ゆきのちゃんって子に、いつか普通に会ってみたいなあ」

「……許嫁の事がなければ、いい子だよ」

 風野くんは、ちょっと青い顔。雪乃氏の口撃こうげき、そんなにつらいのか。

 ふふふ、それにしても、風野くんが内田さんに惚れてしまうのも時間の問題であろう! 内田さんはどうすることやら。

「打ち上げしようぜえええい!」

「まだ、結果分かってないからな!?」

 咲ちゃんと幼馴染くんは相も変わらず、愉快なやり取りだ。咲ちゃんの打ち上げコールを必死に止めていたのは、大口おおくちくんだった。……咲ちゃん、たくさん食べていたもんね。大口くんのお母さんが、台所の陰で泣いていたのを、私はこの目に焼き付けたよ。咲ちゃんは、食べ放題に連れていくべきではなかった……。

 木塚きのつかくんが、教室の騒ぎが収まるのを見計らって、次の日の連絡をした。学級委員、お疲れ様です。

 ふう。テスト期間、さっぱり攻略対象さんが登場しなかったけど……。幼馴染くんは出てきたけれどもね、彼は同じクラスなわけで。

 会長とか副会長とか、放送さんとか。顔もでなけりゃ噂もでない! テストだから仕方ないとはいえ、あんまりじゃあないか。この世界のどこに乙女ゲームの要素があるというんだ……! 咲ちゃぁん……!

 四組のみんながほんわかとしている中、私はうぎぎぎ、と歯を食いしばっていたのだった。

 でも、風野くんと内田さんが可愛かったので、良しとしよう。

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