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ぶっちぎれ!人生っ  作者: 子子夏
一年生!春っ
6/23

ぶっちぎれ!運動会っ

 時はあっという間に過ぎ、運動会当日。一年四組の士気は充分高い!

「頑張るぞ~……ぐう」

「寝るなよ幹久みきひさ

 ……士気、高い? 風野かざのくんは今日も調子が今一つ。こんなんでバスケ、できるの? ちょっとした不安を抱えつつも、運動会は無情にも始まってしまう。あなや。


 桜庭おうわ高校の運動会は、少し特殊である。なぜか球技が二つだけ入るのだ。今年はバスケと卓球。去年は羽つきとバドミントンだったかな? 今年はまだましな選出だなあ、去年の羽つきは、負けると顔に筆で落書きされていた。……今の副会長、閖里ゆりさと出雲いずもが。あれは笑えたね、どこかの青狸みたいにひげが……。

 そして見ての通り、選ばれし球技は体育館でしなくてはいけなかったりする。羽つきはまだいいけど、風が吹くと飛んでっちゃうからね。他はいわずもがな、ストリートバスケはしません。

 さらに問題なのが、体育館の立地。体育館は旧校舎側の敷地内にあるので、車道を渡って移動しなければならない。いちいち移動するのが面倒なため、始めに球技を終わらせるのだ。

 風野くんが、一番ぼんやりする時間帯に、である。

「…………ぐう」

「幹久。寝るなって」

 ときどき幼馴染くんが肩を揺さぶって起こすのだが、彼の眠気はしぶとい。いやはや、何か理由はあるんだろうけど……。その理由が、分からない。ゲームだと、風野くんがこうなることはなかった。運動会じゃあ一番うるさくてやかましくて、先生から注意を受けていたほどだったはずなのに。

「もー。男女混合チームなんだから、しっかりしてよね。こっちにまで迷惑だっつの」

 ばしっ! と強く肩を叩かれて、風野くんはやっと覚醒した。

「はっ。ごめん赤野あかのちゃん」

 風野くんは、それまでの棒立ちはどこへやら、てきぱきと動き始めた。幼馴染くんがちょっと寂しそう。風野くん、幼馴染くんも起こしてくれてたんだよ?

 バスケは、風野くんと赤野さんの活躍により、圧勝した。二、三年をさしおいての一位である。もうこの二人、バスケ部入ればいいのに。実際、二人はバスケ部による熱烈な勧誘を受けることになるのだった。

 卓球? 小学生のころからやってるっていう子が何人もいて、あまり勝ち上れなかった。というか、この学校は体育科もあったのだった。一組から八組までは普通科、九組の生徒は体育科である。

 九組に卓球をずっとやっている子が三人もいて、やたらと強かった。それに対して、垣根かきね君は一セット取ったのだから、すごいと思うよ?

「ようし……行くぞう……」

 そう一言、ぎらぎらと目を光らせるのはさくちゃん。ぶっちゃけコワいよ、それ。まるで飢えた獣のようである。四組のみんなは、すでに咲ちゃんに突っ込んだりしない。諦めちゃってるんだよね、「小動物じゃなくて狼だろ」って言わないであげて!

 球技が終われば、次は運動場に移動して走る競技になる。そのトップバッターが咲ちゃん、つまりパン食い競争なのだ。咲ちゃんは気合十分だけど、

「今日は学食の季節シリーズのパンが並ぶという噂……! 絶対手に入れてみせる!」

 気合の入れ方が違うよね。パンに夢中になって、走るの遅れたりしないだろうか。

 咲ちゃんについて行って、ふよふよと宙に浮く。地上にいると、すり抜け酔いがまた起きそうだ。上からパン食い競争の出場者を見てみると……。

「あ、某先輩」

「……同士か」

 やっぱり、会長――千年ちとせりょうもいました。お互いに名前知らないのかよ。そんな突っ込みをしてくれる者は、この場には誰もいなく。

「某先輩とは同盟を結びましたが……。今日は、私が勝ちます」

「……俺がとる。苺パンを」

 バチっと飛ぶ火花に、他の出場者は悲鳴を上げた。咲ちゃんも会長も、かなり真剣な顔だけど、話していることがなんだかむなしい。咲ちゃん、いつ同盟なんて結んだんだ?

 各クラスの出場者が、位置に付く。何の因果か、会長と咲ちゃんは隣同士である。そこからのどす黒い空気で、他の子たちは身を縮ませている。……なんか、ごめんね。二人に代わって謝罪します。

「ようい…………スタート!」

 「ス」が言われた瞬間に飛び出す会長と咲ちゃん。あっという間に、他の人を突き放した。速い、もう二人とも陸上部入っちゃいなよ。

 二人の差はほとんどない。このままいくと、パンがあるところには同時だな……と思っていると。

 咲ちゃんがこけた。会長が一気に走り去る。咲ちゃんは起き上がったかと思うと……。なんと砂を投げつけた。砂が当たった会長は、よろけた! 咲ちゃんはその間に跳んで追いつく! 二人はそのまま、同時にパンが並ぶところへ走りこんだ!

 ……だからこれなんの漫画だよ! 普通、人がよろける威力の砂なんて、投げられないからね!?

 どうも、苺パンは二つだけあったらしく、目ざとく見つけた二人はそれぞれパンに飛びつき、ゴールへと向かった。二人とも、獲物を見つけて飛びかかる狼の様であった。結果、同着。

「某先輩、やりますね……」

「そっちも。……? 名前は?」

 やっと、名前が分かってないことに気付いたみたい。

江上えがみ咲です」

「……千年涼」

 お互いに名乗って、彼らは自分のクラスへと戻った。走っている最中の変人度はともかく、一位を取れたので、クラスで歓迎されたようだ。めでたしめでたし……。そうそう、咲ちゃんは陸部の先輩に勧誘されていた。咲ちゃん、何に入るかな? 一年生の入部が決められるのは、五月に入ってすぐ。あともう少しだ。

 お次は長距離走なのだが、ちょっとした問題が起きた。

「痛た……」

雪綺ゆき!? 大丈夫!?」

「平気だから、沙良は二人三脚のこと考えてなさい」

 こずえさんがお腹を痛くしてしまったのだ。平気、とは言うものの、その顔はすごくつらそうだ。とてもじゃないが長距離走は走れないだろう。木塚きのつかくんが慌てて、代走者を募る。

「誰か女子で、梢さんの代わりに走れる人は? ……次が二人三脚だから、その人以外で」

 黄染きぞめさんは「私が出る」と言いかけたけど、二人三脚のメンバーだから無理だ。他の子もなかなか手を上げない。内田さんは、「出てあげたいけど、私じゃ足を引っ張るだけだし……」と躊躇している。そんな中、咲ちゃんがさらりと言った。

「私出るよ」

 ああ、咲ちゃん、君はこういうところで気配りが良かったりする。だからステキなんだ。彼女の手は強く握りこまれている。咲ちゃんは、あまり長距離走が得意ではない。マラソン大会に出た時は、疲れて倒れてしまったくらいだ。内田さんは、咲ちゃんの手に気付いて、

「赤野さんとかは?」

「うーん、出たげたいのは山々だけど、確か球技と走技って掛け持ち不可でしょ? 木塚くん」

「そうだね……代わりで出るのもダメだったはず」

「そんな……」

 幼馴染くんが心配そうに咲ちゃんを見る。

「咲、いけるのか? 五千メートルだぞ」

「まあまあ、なんとかなるっしょ」

 からり、と笑う咲ちゃん。みんなは心配そうに咲ちゃんを見送った。

 長距離走は、なぜか一人五千メートル走る上に、三人のバトンリレーでもあったりする。三人で合計十五キロを走るのだ。かなり時間も苦労もかかる競技である。つらいので、代走者を立てないまま当日になってしまったりもする。それが四組だったのだ。

 梢さんを待っていたらしき、茂庭もにわさんとゆずさん。柚さんが咲ちゃんに、不思議そうに声をかけた。

「……あれ? 咲っち? コズちゃんは?」

「梢さん、腹痛だって。私代わりに出るから、よろしくっ」

 びしっとピースサインをする咲ちゃんを見て、茂庭さんは眉をひそめた。

「江上さん、短距離向けよね? 長距離、走れるの?」

 私も不安だ。遅いかどうかじゃあなくて、途中で倒れないか。五千メートルというふざけた距離を、この小さな体は走破できるのか。咲ちゃんの中にも不安はあるはずなのに、咲ちゃんは笑ってみんなに言うのだ。

「いける! 大丈夫だって、ちょっとは信じてよ」


 四組のみんなが、かたずを呑んで見守る長距離走。さっそく一番手は、咲ちゃん。あの後選手準備場に移動したらしい。というのも、私は見ていないから分からない。ちょうど咲ちゃん、茂庭さん、柚さんが選手準備場に向かい始めたとき、すり抜け酔いを起こしてしまったのだ。不覚、気を緩まして地上に降りていたのがいけなかった。

 咲ちゃんの顔はやる気満々のようだった。さっきまで、手が少し震えていたというのに、その様子もさっぱりない。どういうことだ?

「位置について」

 一番走者が右手を握りこみ、走る先を見据えた。

「ようい」

 四組のクラスメートたちは手を握りこんで祈る。私も、両手を合わせて祈った。咲ちゃん、走りきれますように。

 ピストルが鋭く鳴り、選手たちが走り出す! 咲ちゃんは、走るペースを遅めにしていた。うん、無理はしない方がいいよ。今先頭について行ったって、終わりごろに失速してしまうだろうから。先頭集団は、ほとんど体育科の生徒である。

 二千五百メートル。やっと半分。咲ちゃんは少しつらそうだ。

 梢さんが保健室から戻ってきた。

「今、江上さんだっけ……?」

「うん」

「そう……。悪かったわ、本当に」

 梢さんも、不安げに咲ちゃんを見つめる。歯を食いしばっているのは、お腹の痛みからか、それとも走れないもどかしさからか。

「あ……」

 誰がもらした声なのか、分からないけれど。四組の人たちは、みんな息を呑んだ。つい、声が出てしまう。咲ちゃんが走る速度を速めたのだ。残り五百メートルで。幼馴染くんが小さく舌打ちをした。

「咲、こりてねえな……。前のマラソンでも、それのせいで倒れたっていうのに」

 咲ちゃんは、疲れているときでも短距離を走る速度まで達することができる。学食の取り合いでも、その力をよく使っていたね。でもこれ、持続力はない。マラソンのときは、ラストスパートをかけたのが早すぎて、途中で疲れて倒れてしまったのだから。そのときも、千メートル手前でスピードアップして……。

 咲ちゃんは転んだ。しばらく立ちあがらない。まだ、あと百メートル。

「え、あれ、平気じゃないよ! 休ませようよ!」

と叫ぶ黄染さんを、内田さんがそっと押しとどめた。

「まだ走りきってないわ。それに、諦めてもいない」

 内田さんの声に答えるように、咲ちゃんはまた立ちあがって走り出した。すごく顔がつらそうだ。もうやめていいんだよって、言いたくなる。咲ちゃんは、先頭集団に追いついた。転んだのに、長距離は苦手なのに、そこまで頑張る咲ちゃん。あと、十メートル! 茂庭さんが手を振って、咲ちゃんを呼んでいる。

 髪を二つに結んだ、小さな少女は、先頭集団にかじりついたまま、茂庭さんにバトンを渡したのだった。

 ふらふらとこちらに戻ってこようとした咲ちゃんは、一人の男子生徒に呼びとめられた。何か渡されて、咲ちゃんは嬉しそうに笑ってる。……あれって、五十公野いずみの三月みつき? なんで? そんな私の疑問は、咲ちゃんの言葉で霧散した。

「いやった、走りきったからご褒美だってさ、いええい!」

 飛び跳ねて喜ぶ咲ちゃんの手には、ソーセージパンがある。あれを、放送さんからもらったのか。しかし、ご褒美とはなんぞや。


 これは、あとで茂庭さんと柚さんが話していたことである。咲ちゃんが選手準備場で柔軟をしていたときに、放送さんがやってきたという。彼は、同じクラスの、長距離走の選手である副会長を激励しにきたらしい。そこで「おもちゃ」の咲ちゃんを発見。あの声が大きい子だな、と分かり、放送さんは咲ちゃんに近づいた。見ると、彼女はちょっと震えているではないか。

「おーい、小動物ちゃん?」

 名前が分からないので、そう尋ねた。当の少女は、「動物じゃないです」と答えながら、放送さんに向きなおった。

「じゃあ、名前何なのさ?」

「江上咲です、某先輩」

「だから、某じゃあないって。い、ず、み、の。五十公野三月」

「分かりました五十公野先輩、また忘れますが」

「咲ちゃんって鶏なの? 三歩歩いたら忘れちゃう感じ? もー」

 放送さんは頬を膨らませたけど、すぐに真顔になって、

「長距離走、できんの?」

 放送さんにもばれていたらしい。咲ちゃん、分かりやすいんだよなあ。答えない咲ちゃんに、放送さんはにこりと笑いかけた。……その笑顔で、周りの女子が何人か鼻を押さえていたようだが、まあそれはそれとして。

「じゃあねー、走り切れたらこの飴あげる。順位が半分以上でバトンつなげたら、この総菜パンもあげよう」

 放送さんの言葉で、咲ちゃんは生き生きしてきたようだ。

「本当ですね? 約束ですよ?」

 うきうきとした調子で、選手準備場を出て行ったとか。咲ちゃんの後を追いかけ、放送さんの脇を通った茂庭さんは、放送さんが「あの子、お菓子で誘拐されるんじゃないかな」とぼそりと呟いたのを聞いた。


 ……何してんの咲ちゃあああん!? それは、いろいろとシチュエーションが違うけど! 様子も違うけど! イベントだよおおおお!? しかし、イベントのせいで、甘々になるどころか四組のテンションもがた落ちである。

 だって、途中まで青春ぽかったじゃん? クラスのために走りきった咲ちゃん、感激して走りよるクラスメート、みたいなのを期待していたのに、咲ちゃんは帰ってきたら総菜パンをもぐもぐ。

「……将也くん、次は二人三脚だよ……」

「……そうだね……」

 幼馴染くんがまたもや地面に丸をかき始めたけど、こちらは黄染さんに任せよう。……黄染さんも、少し疲れているけど。

 木塚くんが恐る恐る、咲ちゃんに。

「江上さん……。長距離走お疲れ様」

 みんな、口々にねぎらいの言葉をかける。咲ちゃんが食べ物で最後頑張ったとしても、代走を引き受け、走り切ってくれたのだから。みんなから言葉をもらった咲ちゃんは、しばらくぼうっとしてから、

「あい、お疲れ様~……。ふう」

 へにゃりと笑うと、咲ちゃんはふいに崩れ落ちた。四組のクラスメートたちは慌てて咲ちゃんを起こし、クラスのスペースに移動する。

「ごめん、寝ます」

 そのまま、すとんと寝てしまった。咲ちゃん、無理やり平気そうにふるまってたんだね。きっと、食べ物のためだけじゃなく、一番はクラスのためだったんだ。一瞬でも「食べ物しか頭にない残念」とか思ってごめんね! 木塚くんも、クラスを振りかえって言った。

「……ゆっくり、寝させてあげようか」

 うんうん、と頷くクラスメートたちの顔は、穏やかだった。本当は、運動会中寝たりどこかへいなくなるのは駄目なんだけど、今はいいとしようか。ね。へにゃりと笑った咲ちゃんを見て、鼻を押さえていた男子が数人いたけど、まあそれもいいとしよう。だって、可愛かったし。


 さあ! やってまいりました、二人三脚。男女ペアしかないので、妙にカップルばかりですね! 青井さんと赤澤くんも、いつも通り。走る前は糖分過多なので、観戦する生徒のほとんどは顔をそむけている。もちろん、一年四組も、顔を俯けて、一心不乱に遅い昼ご飯を食べていた。普段から青井さんと赤澤くんがいちゃいちゃしてるの見てるからね……。

「位置について」

 まずは各クラス一ペアが走る。四組は青井さんたちだ。

「よーい……スタート」

 一斉に走り出す……んだけど、こう、アハハハ、ウフフと笑い声が聞こえてくるような……。走るというより、スキップしているような……。この二人三脚、真面目にやるやつなどいないのである。ああ、青井さんが転びそうになったのを、赤澤くんが優しく抱きとめているね……。もう、カット。見たくない。

 二組目は黄染さんと幼馴染君だ。周りがひどい状態の中、二人はしっかりと足並みをそろえる練習をしていた。ちょっと黄染さんは固いかな。緊張してるんだろうな。

 結果は言うまでもなく、黄染さん、幼馴染くんペアの優勝だった。幼馴染くんが笑ってピースサインをしている。黄染さんに、「やったな」とか言ったのかな? 黄染さん、顔真っ赤。二人は、運動会実行委員のカメラに向かって笑顔だった。すてきな写真になったろうなあ。


 綱引き、玉入れなどは、長距離走の間にやっていたらしい。内田さんの雄姿を見たかった……! 咲ちゃんも観戦できずに残念がっていたけど、内田さんいわく、「羽生くんがたくさん入れてくれた」らしい。

 羽生くんとは、四組の日本美人(男子だけど)、羽生はにゅう優葉ゆずはくんのことである。女頭目めずめくんの隣の席にいて、二人はそろって「話しかけづらい男子」トップツーだが、たぶん悪い人ではない。女頭目くんも、ぼんやりしている男の子ってだけだし。目とか、ちょっとこわいけどね。

「じゃあみんな、聞いてください。四組はこのままいくと、たぶんかなり上位狙えます」

 木塚くんが、手元にある運動会のメモを見て言った。それを聞いて柚さんが、

「はいはーい。全学年で?」

「うん。一学年だと、トップかそうでないかって感じかな。九組が強いから、そこはよく分からない。とにかく、三年生まで含めた順位も、いいとこだと思うよ」

「すっげー」

 どこで凄かったのか、という話が盛り上がる。

 運動神経がいいのは、幼馴染くん、咲ちゃん、風野くん。赤野さんも強かった。長距離も、茂庭さんと柚さんが堅実に走ったので、なかなかの成績。

 羽生くんも玉入れがすごかったらしい。女頭目くんは……何に出たっけ? 柚さんが「運動得意だよメズっちは!」と言っていたのでカウントする。

「まあ、毎日練習頑張った四組、最強!ってことで!」

 柚さんがにこやかに手を突き出した。

「円陣組もうよ! 最後の、みんなで走る競技だし!」

 柚さんの音頭で円陣を組んだ四組は、すごく輝いていた。ステキなクラスだな。ああ、最近、ステキってばっか言ってるなあ。そのくらいステキだから仕方ない。

 一番最後の競技は、全員リレーである。二十七人が一斉に走るので、かなり混沌としたリレーとなる。

 四組の一番、二番、三番走者は、桜庭さくらば結人ゆいとくん、佐崎ささき拓郎たくろうくん、沙籐さとうまことくん。

「よろしく頼むわよ、()トリオ!」

「サトリオってなんだよ!」

「任せンしゃい」

「僕、転んだらごめんね……」

 名字が「さ」から始まるからサトリオらしい。サトリオと、四番走者の多伎たき渦巻うずまくんは、いつも一緒にいる仲良し組だ。

 オタク系の仲良し四人は石川くんたちだけど、桜庭くんたちはこう……青春してるな、って感じの仲良し組。部活も四人でテニス部と決めているらしい。この四人の息の合いようはぴったりで、バトンの受け渡しが完璧なのだ。期待もできるというもの。

 みんながざわざわと準備を始める。三年生の力の入り方はすごくって、近くにいると気圧されてしまいそうだ。桜庭くんはカッチコチに固まっているけど、大丈夫だろうか。

「……結人くん、がんばれー」

 そんなとき、どこかからか細い声が。一年一組の方からかな? そこには体もか細い女の子がいた。あれ、桜庭くん、もしかして……。そう思ったそば、桜庭くんは俄然やる気になったようだ。いや、いいけどさ、他のクラスの子を応援していいのかい、彼女ちゃん。

「……桜庭のやつ、あれで平気かしら。力抜けすぎ」

 呆れた口調で、梢さんが言った。たしかに、桜庭くんはへにょっとしている。口元がだらしないぞ! スターターの合図を聞いて、流石に彼の顔も引き締まる。

 ピストルが、鳴る。

 サトリオと多伎くんのバトン繋ぎは、滑らかだった。本当にバトン渡してる? と思うほどに。バトンで順位を上げるなんて、初めて見たなあ。

 順位が上がったり下がったりしつつ、安定した走りだった四組は、しかしあるとき一気に、他のクラスから引き離された。尾田おだ陽子ようこさん、ちょっとぽっちゃりめの女の子である、彼女が必死に走っているのは伝わってくるが、それでも差は開き続ける。

「ごめん、春香はるかちゃん……!」

「だーいじょうぶ」

 次に阿部さん。阿部さんは一人追い抜いたものの、それ以上他との差は縮められなかった。でも、四組で悲観的な空気はまったくないけどね。

「いっけー、咲ちゃん」

「任せろい!」

 なぜなら、我らが「獣の走り」咲ちゃんがいるからだ! 彼女はバトンを受け取ったとたんにすさまじいアクセルをかけ、ごぼう抜きをしかける。

「シュークリームのために、私は頑張るううう!」

 ……クラスのため、だよね? しかしその叫びは、前を走る男子を怯えさせたようだ。咲ちゃんの方を振り返ってくる。後ろを振り向いて走るのは、良くないよ、名もなき男子くん。咲ちゃんに一気に抜かれるよ?

 咲ちゃんは、尾田さんで開いた差を、全てつめ戻した。

 その後は、とくに順位は上がりも下がりもしない。一年四組、バトン繋ぎが上手だよね。サトリオに負けず劣らずの出来である。

 風野くんも、流石にぼうっとしていたりはしない。彼は一番最後から二番目。最後の最後、早い人が集まっているのだから。風野くんは、羽生くんからバトンを受け取ると、咲ちゃんのようなスピードアップをした。すごい、またごぼう抜きみたいだ。ドンドン抜いて、風野くんが次にバトンを渡すときには、順位は六位。四組はひたすら応援し続けた。最後はあいつだからいける!と。

「頼むぜしょーや!」

「りょーかい」

 幼馴染くんの足が地を蹴った。


「総合順位の発表を始めます」

 運動会の閉会式。一番盛り上がるのはもちろん、順位発表の時だ。今から、それぞれのクラスの結果が知らされる。一年四組は、どうなっただろうか。みんな、期待している。だって、全員リレーで二位だったからね。幼馴染くんは四人抜きをしたのだ、やっぱりすごいね。

「十位から発表します。第十位……」

 亜田えいだ先生が、次々に示していくクラス。一年四組が発表されないまま、四位までいってしまった。基本的に、トップスリーは九組になっちゃうんだよなあ。でも、トップテンくらいには入っているはずなのに。

「第三位、一年九組。第二位、二年九組。第一位、三年九組」

 喜びの声が上がる中、四組は呆然としていた。あんなに頑張ったのに、入っていない? そんなバカな!

 先生たちがいるところが、騒がしくなっている。そのまま一人の女の先生が、まだステージ上に立っている亜田先生に一枚の紙を渡した。亜田先生が、それを見て口の端をきゅっと上げてる。珍しく笑ってるけど、どうしたんだろう。

「すみません、発表のやり直しを行います」

 亜田先生の言葉に、みんな大騒ぎ。やり直しってことは、順位が上がるかもしれない、そして逆に下がってしまうかもしれない、そういうことだ。十位外のクラスはそりゃあ期待するし、すでに入っているところは……。でも、九組はそれを……冷めた目で見てるのかな? ああ、自分たちは三位以内のままだと思ってるんだな。一年四組はもちろん、期待する側である。

「第十位、二年二組。第九位……」

 ざわ、とみんな、隣の人と囁き合ってる。二年二組って、九位だったよね? じゃあ、ランク外からの上位入賞があるんだ。そんな風に。木塚くんとか咲ちゃんたちは、話すこともなく、両手を合わせて亜田先生を見つめてる。

「第五位、一年八組」

 九組の人が、「ランク外から四位か。すごいな」って言ってるけど、まだ決まってないもんね! そう、九組を押しのける可能性だってあるのだ!

「第四位」

 亜田先生の言葉に、たくさんの人が願ってる。どうか自分のクラスが、って。しかし、先生が告げたクラスは……。

「一年、九組」

「嘘だろ!?」

 そう叫んだのは、一年九組の子かな。二年と三年の九組の子も、驚いたようだ。亜田先生はその様子を見て、他の人たちに見えないよう、紙で口元を覆いながら、にやり、と笑っている。してやったり、みたいな。

「第三位」

 先生はすっと息を吸い込み、次の言葉をやたらとゆっくり告げる。

「一年!」

 おおっ!?と悲鳴が上がる。自分のクラスよ、と思っている子もいる一方、大体の人があるクラスを見ていた。……全員リレー第二位のクラスを。

「……四組ぃ!」

 空気が止まった。でもそれも、ほんの少しの間で。咲ちゃんたちが一気に喜びを爆発させる。

「いやっほぉぉう!」

 と一吠え、飛び上がっているのは柚さん。彼女をたしなめつつ、顔がゆるまずにはいられない茂庭さん。木塚くんも、小さく「よしっ」って言って、拳を握ってる。

「……やったね!」

 ああ、ステキな笑顔だ、内田さんと黄染さん。二人は顔を合わせて笑ってる。と、後ろの方で咲ちゃんが喜んで幼馴染くんに飛びついてる……。幼馴染くんもほっとした顔だけど……。黄染さんに見られなくて、良かったなあ。

「以上、順位変更はありません。また、やり直しについてですが、一年四組は全員リレーの点数を入れていなかったため、それを足した結果このようになりました」

 入れ忘れって……。まあ、よくあることらしいけど。体育の先生はちょっと抜けているところがあるからね。

 ああでも、良かった! 私自身は四組じゃあなくても、ずっとそばにいるから、身内感があるんだよね。一緒になって飛び跳ねたいと思います。……うう、ふよふよとしかできない。

 表彰式が始まった。最初、幼馴染くんが行こうってなってたんだけど。陰の功労者ということで木塚くんがトロフィーを受け取ることになった。まあ、各種目の表彰もするから、幼馴染くんは出なきゃいけないけどね。三位までが入賞らしい。

 四組は、初めにやったバスケ、そして玉入れと二人三脚、全員リレーの結果が良かった。

「パン食い競争第一位、二年二組千年涼。同じく一位、一年四組江上咲」

 ……そうだった、パン食い競争もだね。同着ってのは前代未聞らしい。まあ、パン食い競争でこんなデッドヒートがあるとは、誰も思っちゃいなかっただろうな。

 バスケは赤野さんが、玉入れは羽生くんが。それぞれ大活躍したからね。羽生くんは面倒くさがったのだけど、みんなが無理やり押しだした。二人三脚はペアで受け取る伝統があるらしく、幼馴染くんは黄染さんと一緒に賞状をもらってたね。ああ黄染さん可愛い。

 全員リレーは誰が受け取ろう。と視線をめぐらす四組が捕えたのは、

「ミキっち、イエスレッツ!」

「……はっ! え、ミキっちって俺のこと? 待って待って、咲ちゃんとかしょーやとか、いるでしょ!」

「江上さんも菊地くんも、もうステージに立ってるわよ」

 柚さんと茂庭さんが、風野くんをぐいぐいと押してステージに上げる。

「いってらっしゃい」

「よろしく、風野くん」

 笑顔で見送る、内田さんと木塚くん。ああ内田さん、天使。

「ちょっと待ったああ! 他いないの! 女頭目くぅん!」

 風野くんが涙目でエールを呼ぶも、

「……面倒くさい」

 女頭目くんはざっくりとその叫びを斬った。どんまい、風野くん。せいぜい頑張るといい、うん。というか、風野くんはこういうのに出るの、好きじゃあなかったっけ?

 表彰式も無事に終わり、教室に戻ると、亜田先生が満面の笑みでみんなを迎えた。

「よくやったぞ! もう先生、おごっちゃう!」

「マジですか先生っ!」

「神ですねっ」

 おごりと聞いて喜ぶサトリオと多伎くん。でも直後に、

「いやあ先生、月末ですぜ? 平気でんがな」

「いやあの、おごってもらうのは、悪いというか、その、すみません」

 佐崎くんが大人な配慮。沙籐くんは、もう君、謝りたいだけではないかね? 彼らの言葉を聞いて、亜田先生は、

「大丈夫っ。なんと言っても、先生たちと賭け……ごほん、まあ平気だ! 一年九組に勝ってくれたんだ、祝おうじゃあないか!」

 せんせー、賭けごとは駄目ですよ? みんなはそのまま、打ち上げに乗りだす……としようとしたけど、今日は遅いし、また明日にしようということになった。明日は日曜日。明後日は今日の振り替え休日だから、打ち上げの後もゆっくり休めるでしょう、うん。咲ちゃんが、「食べつくすっ」って言ってたけど、先生の財布が痛むので、止めましょうね。

 そんな、にぎやかな雰囲気で運動会は終わったのだった。

 幽霊さん、質問ですよ!

[え? ゲームで咲のクラスは三位だったのかって? うーん、ゲームでそこまで言及されてないけど、この人達ならゲームでもいい順位だったんじゃないかな!]

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