☆ぶっちぎれ!残旗っ
生徒会副会長、会長に出会ってから、二週間がたった。私はすでに諦めている。何をって、咲ちゃんの恋愛イベント。出会いイベントは半ば必然的に起きたけど、次はないだろう。だって、すでにみんな関係が違うし。咲ちゃんは副会長のフラグもしっかりへし折ってくれた。
そう、それは一週間前の朝のこと……。
副会長が、一年四組に乗りこんできた。あの時呟いていた通り、一年生の教室をわざわざ全部探してきたらしい。すごいな、副会長。
「ああ、いた」
副会長が指さしたのは、もちろん咲ちゃん。彼女はちょうど、学食のメロンパンをほおばっているところだった。内田さんが、咲ちゃんの制服の袖をそっと引っ張る。
「咲ちゃん、知り合いなの?」
「もぐ……。はっ。ハンカチの人だ!」
咲ちゃんは慌てて鞄をごそごそとしだした。きちんとハンカチを洗って持ってきたのだろう。
「持ってきたのか」
「はい、えっと……」
見つからないのか、眉をよせて鞄を漁る咲ちゃんに近寄り、すいっと副会長はかがんで鞄を覗き込んだ。
ここで皆さん、想像してみてください。鞄っていうものは案外小さなものです。咲ちゃんがもそもそ両手で鞄を探っている中、副会長が覗き込もうとしたら――。
「わぁー、近い……」
内田さん、そうだよね! 近いよね! 見事な代弁をありがとう!
しかし当の本人たちが全然気にしていない。副会長は確か自分の容姿に自覚を持っているから、そういうことを無自覚にするタイプではない、と記憶していたんだけどなあ。いかんせんゲームのイベントではないので分からない。
「今日ないならないで、別にいいが」
「いえ、長くお借りする訳にも……あった!」
咲ちゃんは目をキラキラさせて、綺麗に畳まれたハンカチを取り出した。
「先輩、ありがとうございました」
「……どういたしまして。ところでお前、オレの名前を知らないのか」
あ、やっぱりそこは聞くんだ。咲ちゃんが首を傾げると、内田さんが小声でこっそりと。
「咲ちゃん、生徒会の副会長さんだよ。入学式で挨拶してたの、覚えてない?」
「お、覚えてない……」
咲ちゃんは入学式、寝ていたか学食のことを考えていたかで、もちろん副会長の顔なんて見てないし、話も聞いてないんだよね。あの時、お偉いさんの話は軒並みスルーしていた女子たちも、副会長の挨拶だけはポーっと聞いていた……んだけど、咲ちゃんにそれは当てはまらないのであった。
咲ちゃんが内田さんに答えた声は、無事というか副会長にバッチリ聞かれていた。
「フン……寝ていた、ということか」
「うぐっ」
「別に構わない。寝言を言うならともかく、寝ているだけなら話し手側に迷惑はかけないからな。それにしても、お前は特殊だな」
方眉を上げて、副会長はクツクツと笑った。まるで悪役のようである。
「ち、近い……」
内田さん、私の代弁を再びありがとう。副会長と咲ちゃんの顔は間違ったら、そう、しちゃいそうだ。キスとか。おでこコツンに近い体勢だ。思わず私は悲鳴を上げた。
悲鳴の色? 黄色い悲鳴ですよ奥さん! だって乙女ゲームしてるよこの瞬間!
今幼馴染くんがいなくて良かったなあ。彼がいたら兄バリアーが発生していたと思う。幼馴染くん含め、陸上部の子たちは朝練の途中である。
「こうやってオレがわざと近寄っても何も気にしていない。お前、性別だけ女とか言わないよな」
「む……」
咲ちゃんはちょっとだけ不満げだ。うん、私も副会長の言葉には不満があるよ! 咲ちゃんだって女の子だ。可愛いものだって好きだし、初恋の男の子だっているし。ちょっと優先順位が低いだけで。
「確かに、副会長さん、綺麗な顔してます」
「知ってる」
うわあ、自分でそういう相槌打ちますか副会長! 私も周りもビックリしていると、咲ちゃんは何故かドヤ顔をした。
「でも、綺麗な顔は見慣れているので!」
待って咲ちゃん。
待って待って咲ちゃん?
それって誰のことかな? もしかして幼馴染くんかな?
確かに彼は攻略対象さん、副会長とは系統が違うとはいえ凄いカッコイイよ。もちろんだとも。でも、咲ちゃんは幼馴染くんの顔がもはやデフォになってて、カッコイイカッコよくないの分類から外していると思っていたよ?
それと、まさかそんな返しを咲ちゃんがするとは思わなかったよ? お姉さんビックリだよ。
副会長はしばらくぽかんとしてから、俯いて震え始めた。それを見て怒ってるのかと慌てる咲ちゃんだけど、全然その心配はなかった。
「くっ……なるほど、そうか。だから涼に対しても動じなかったんだな……っはは」
副会長、大爆笑。というか、「涼」ってまさか。
「りょう……?」
「千年涼。生徒会会長の名前くらいは覚えておけ。この間随分と機嫌が良いから何故かと思ったが、季節シリーズを譲ってくれた一年の話が出てな。やたら小さい二つ結びの女なんてそうそう被らないだろう」
……ううん? 私、嫌な予感がしてきたぞ。
タイミングが良いのか、悪いのか、幼馴染くんが朝練から戻ってきた。
「はぁ、終わった……って、咲? ……副会長に何をしたんだ?」
うん、咲ちゃんが何かした前提なのね幼馴染くん。これは最初からいても兄バリアーなど発生しなかっただろうか。
チラ、と幼馴染くんを見た副会長は、得心した、といった様子で頷いた。
「道理で……。その上、涼と話が合うんだもんな。なるほどな」
……うううん? 嫌な予感が増加してきたぞ。私はこの先をあんまり聞きたくないかな!
「良い方向の変人だ。オレに対して動じないのは非常に良い。さらに涼とも波長が合う」
使えるな。と言い残し、副会長は教室を去っていった。
……の、
…………ノォォオオオオ!
今、聞き間違いじゃなかったね! 耳を塞いだって聞こえてきたもんね! 咲ちゃんに対して変人って言ったね!?
しかも捨て台詞が何やら不穏だったのは気のせいでは、ない、ですよね。使えるって言った時の副会長の顔は、攻略対象さんがするような顔ではありませんでした。
副会長を攻略するには、見た目にキュンキュンしてはいられない。何故なら彼自身がそういう女子を精神的に遠ざけてるから。とはいえですね、変人判定されて、恋愛に持ち込めないと思うんですよね。うん。
なんというか、折られるべくして折られてしまったフラグな気がする。攻略対象の先輩たちって、放送さん、会長、副会長ってみんな接点あるんだよねえ。つまりフラグへの地震は伝わっていって、他のフラグもバキバキに折られてしまうのである。
内田さんは「お、終わった……なんか、すごいことが起きてた……」と呟き、幼馴染くんは「咲、本当に何をしたんだ」と訝しみ、当の咲ちゃんは「へ、変人だとぉ……!?」とショックを受けていた。なお、風野くんはまだ登校してきていない。
私はガックリと床に手を……つこうとしてすり抜けた。くそうこのスケスケボディめ。太らないのと浮けること以外いいことがないぞ。
もうイベント起きる気がしないよ! 早いよまだ一週間くらいしか経ってないのに!
そんなことを叫んでも許されるでしょう。うわぁん、フラグぶっちぎりすぎだよお!
そのまま何も起こらない! 仕方ないっちゃないけどね。生徒会は今、運動会の準備で忙しいだろうし。放送部も運動会で仕事があったような。え、幼馴染くん? 何か起きることはないよ。あ、でもね。
「おはよう、江上さん、……き、菊地くん」
「おはよう、黄染さん」
どうやら、梢さんにはっぱをかけられたらしくて、いつも緊張した顔で挨拶をする。黄染さん、かわええわー。幼馴染くんがにこりと笑いかけると、黄染さんはさらに顔を赤らめ、恥ずかしがって顔をうつむけた。
咲ちゃんは、口にほおばっていたクッキーを全て飲み込むと、やっと返事をした。
「おはようっ! 黄染さん」
ぴしっと手を上げながら。何してるんだ、咲ちゃん? 幼馴染くんが軽く彼女の頭をはたいた。
「咲、そんなにクッキー食うなっつったろ」
「いいの、私の胃袋は宇宙だから。しょーくん、お父さんみたいだよ。ハゲるよ?」
「お前を矯正するやつがいないからだよ……! 周りからも兄と呼ばれてさあ! 俺は出来の悪い妹を持った覚えはない!」
「で、出来悪いわけじゃないもん……」
「そしてハゲないから。俺の親父はまだ髪の毛あるし」
「いや、ストレスで」
「そのストレスの原因は何だろうな……?」
黄染さんが、心底楽しそうにくすくすと笑っている。ああ、笑顔も可愛らしい。彼女は、そのまま話に混ざっていった。しばらくして、私の心のオアシス、内田さんも登校してくる。今日も、内田さんから後光が見えます。美しゅう……!
内田さんが、にこにこしながら新しい話題を持ってきた。
「今日のLHRで、運動会の種目最終決定だって」
そうか、今週末の土曜に運動会があるんだった。早いなあ。これまで希望は幾度となく集めてきたけど、人数がうまく合わなくて、今日でぎりぎり決めるんだったな。幼馴染くんと咲ちゃんは、「何でも全力をつくす」って書いて出してたっけ。四組の運動会実行委員は、きっと困っただろうなあ。
誰だっけ、実行委員。確か、木塚東くんと福田真樹くんかな? 福田くんは適当に仕事やってそうだな。それを木塚くんがあわててサポートするんだろう。木塚くんは学級委員もしていて、なかなか多忙な人物である。ちなみに、メガネをかけている。
「俺は、どうなるかなあ」
「私も、何でもいいって出しちゃったし」
そんなことをぼやく、運動神経のいい二人はおいといて。内田さんと黄染さんはどうするのかな? と様子を窺っていると、今度は梢さんがやってきた。梢さんは、悪だくみが成功したような顔だ。
「沙良、木塚くんにお願いしといたから」
「え……。何を?」
「もちろん、菊地くんと沙良を一緒に二人三脚に入れることよ」
「ホント!?」
身を乗り出して目をきらきらさせているのは、内田さん。黄染さんは目を白黒させている。
「あ、内田さん。沙良は菊地くんとお近づきになりたいワケ。これから何かあったら手伝ってくれない?」
「もちろん! いいね、黄染さんと菊地くんなら、お似合いだよっ」
うきうきとした口調で告げる、内田さん。内田さんもそう思うか。だよね! 黄染さんは自分にもう少し自信を持っていいと思う。しっかし、本当に二人三脚になったら、黄染さん走れないんじゃない? 大丈夫?
……ところで、風野くんが最近出てこないのだが、これは仕方なかったりする。だって彼、ずっと寝てるんだもの。今までの会話でのBGMは、ほとんど彼の寝息だ。
うわ、やってしまいましたよ、梢さん。木塚くんの口から、幼馴染くんと黄染さんのペアが発表された。ちなみに、二人三脚のもう一ペアは、青井さんと赤澤くんだ。なんで二人三脚は男女ペアなのだろう。そう不思議に思ったけど、そういえばここ、乙女ゲーの世界だったね! 黄染さんポジは、もともと主人公用であった。このまま、ときめいたイベントを黄染さんが起こしてくれないものか。だって楽しいじゃない、恋愛イベント。
咲ちゃんはパン食い競争だった。どうやら、いつもの食べっぷりが評価されたらしい。内田さんは綱引きの一人、ちなみに梢さんは長距離走だ。
ちょっと意外だったのは、卓球にあのゲーム四人組がいること。なんでも、垣根君が元卓球部だそうな。他の四人も、運動が苦手なわけではないらしい。いや、別に、ゲーム好きだから運動苦手だろうなんて思っちゃいないよ? 現に、赤野さんもバスケに入ってるし。
あ、風野くんもバスケだ。当の本人は、確認もせずに寝ている。一体、どうしたのやら。寝過ぎじゃあないかな?彼。運動会を盛り上げてくれそうな子なのに。
「やったね、沙良」
「え、うう、私、どうしたらいいの……」
「さあ。まさか私も、木塚くんがこの要望を通してくれるとは思わなかったから」
「ええええ!」
どんどんと赤くなる顔を、必死に服の袖で隠そうとする黄染さん。何この子、可愛すぎる! そんな愛らしい黄染さんに対し、幼馴染くんは、
「よろしく、黄染さん」
とにっこり。ああ、その笑顔は反則だ。黄染さんはさらに縮こまってしまった。ああもう、これから運動会まで、先が思いやられるよ……! 咲ちゃんは当日どうなるか想像がつくので、今回はこの二人を観察してみるとしよう。うひひ。
……っと、まずい。咲ちゃんの笑い方が移った……。
「わっ……」
「っと。大丈夫か?」
「だだ大丈夫ですごめんなさいいいい……」
そんな初々しい(?)二人と、
「ぜえったいに、放さないでね?」
「当たり前だよ。翠に怪我なんてさせないからね」
「大輝くん……」
「翠……」
ああもう、カットカット! とにかくべたべたな二人。どうしよう、逃げ場がない。そんな風に、私ともう一人――木塚くんは汗をだらだらと流していた。私はともかく、木塚くんは可哀想に。彼らの練習が終わるのを、待たなければいけないのだ。
もちろん、初々しいとは幼馴染くんと黄染さんのことであって、ラブラブなのは青井さんと赤澤くん。……え、ラブラブなんて死語? 知るか。それがぴったりな様子だし。木塚くんもそう思っているに違いないよ!
この学校は公立校なのに、なしてこんな競技があるのさ? どのクラスにもカップルがふた組あると思ったら大間違いだ! 黄染さんが顔を赤くしつつも楽しそうだから、許す!
ずっと待って、日が暮れて。木塚くんはようやっと解放された。お疲れ。
「だんだん、慣れてきたかな。沙良さんはどう?」
「……ええと、前よりは緊張しなくなったかな。将也くん、合わせるの上手だね」
「はは……」
しかーし。木塚くんの努力により、幼馴染くんと黄染さんの距離は縮まった! 名前呼びだもの、かなりの成長である。黄染さんも敬語とれたし。
……幼馴染くんの最後の乾いた笑いは、きっと昔のことを思い出しているんだろうな。咲ちゃんに苦労したこととか、咲ちゃんの暴走に付きあったりとか。
「それじゃ、また明日」
「うん、またね」
幼馴染くんが帰路につき、姿が見えなくなったころ。黄染さんはその場でしゃがみこんでしまった。
「あうう……。かっこよすぎるよう……」
お疲れ様でした、黄染さん。よくあそこまで話せたなあ。