ぶっとべ!クラスメートっ
「うへへへへ」
「咲ちゃん……もう少し自重して?」
乙女にあるまじき笑い声を上げるのは、咲ちゃん。そんな彼女を、半ば呆れて見ているのが内田さん。うん、内田さん、今日もステキな天使です。
「だってだって……。毎日、学食に行けるんだよ? 桜庭高校っていったら、学食でしょ。美味しいって評判なんだよ」
「初めて聞いたわ、それ……」
「まあまあ。美子ちゃんも行かない?」
「行く行く~」
咲ちゃんの本性?を知ってからも、普通に接してくれる内田さん、マジ天使。ほわああ、と満ち足りた気分で二人を見届けた私は、同じく彼女たちを見ていた男子二人を振りかえる。そこには、呆れ顔とだらしない顔があった。
「いやあ、眼福眼福」
「変な咲を見ていて、よくそんなこと言えんな……」
「何言ってんだ。今のは、笑いながらお昼を食べようと、可愛らしい女子二人が駆けていくシーンだぜ?」
まあ、たしかに二人とも可愛かったけどね。笑顔も素晴らしい。けど、風野くんが見ているのは気に食わないぞ、このやろう。ぺしぺしと叩くそぶりをするけど、やっぱりスカってなる。実体があれば……!
「俺も学食行こっかなあ」
「幹久、お前金がないんじゃなかったか? しばらく家からの弁当で我慢するんだよな」
「現実は時として、見ない方がいいこともある……。つーわけで、しょーや、おごって!」
「はあ……。後で返せよ」
やおら立ち上がった幼馴染くんは、元気はつらつの風野くんをしぶしぶ追いかけていった。これは、また四人のお昼になるのかな。
あの学校案内の日から一週間がたった。見ての通り、咲ちゃんと内田さんは名前で呼び合う仲だし、幼馴染くんと風野くんは気の置けない間柄となっている。仲良きことは素晴らしきかな、なんてね。今日も、咲ちゃんたちを誘いそびれたクラスの子たちががっくり肩を落としている。いやあ、リアクションが派手だ、このクラス。
「一体、いつになったら話せるんだろう……」
「私たち、席遠いからねえ」
「一週間以内に全部のクラスメートと話す目標が……」
「エミリー、どんな目標立ててんのよ」
「だってモニっち!」
「モニっち言うな」
クラスの心を代弁しているのは、席が一番後ろの方の、茂庭明日香さんと柚恵実さんだ。……しかし、途中からおかしくなったね。柚さんはなかなか面白い子みたい。
せっかくだから、一年四組の子たちを観察してみようかな。最近、学食ではのんびりとした会話しかなされないし、話に混じれない私としては、少し居づらいのだ。
そういうわけで、今日はクラスメートの観察~。ぱちぱちぱち、拍手。しかし、三十六人もいるので、全員を観察するわけにもいかない。まず四人は、咲ちゃん、菊地くん、風野くん、内田さん。菊地くんで分かる?幼馴染くんだよ。
茂庭さんと柚さんは、一番最後、三十五番と三十六番だ。中学校の時から一緒らしくて、よくさっきみたいな掛け合いをしてる。二人とも声が大きいから、目立ってるね。
そうそう、目立つと言えば、この二人。
「はい、あーん」
「……美味いなあ、翠の作るお弁当は」
「えへっ。褒め上手なんだから大輝くんは……」
出席番号一番、青井翠!そしてその彼氏、出席番号二番の赤澤大輝である!もう、毎日糖分過多だよ、あそこ。青井さんは赤澤くんのために、毎日せっせとお弁当を作っているらしい。とにかく、二人だけの世界が構築されており、すでに「あの二人には近寄るな」という規律があったり。
咲ちゃんたちが学食にずっと出向いているのも、あの二人がそばにいるからだ。出席番号が近かったのが致命的。あの二人のお砂糖の世界から逃げ出すには、学食しかない、というわけなのだ。まあ、咲ちゃんはただ学食行きたいだけだろうけど。咲ちゃんは、ご飯のためなら、青井さんと赤澤くんの仲も簡単に引き裂いてしまいそうだ。
「翠……」
「大輝くん……」
うん、この二人は放っておこう。触らぬ神にたたりなし!
「モニっち、私は今日も頑張るよ」
「何を? ……って、ああ」
柚さんが、何かを決意した顔で、茂庭さんの前の席に近づく。そこには、身長が幼馴染くんくらいはありそうな、背の大きな少年がいる。
「メズっ。こんちは!」
柚さんが、怖そうな三十四番に話しかけた!……にしても、「メズ」って愛称までつけて平気なの?
三十四番さん、「メズ」あらため女頭目月彦くん。目が、目が細いよぅ。睨んでいるようにも見える。彼は柚さんのあいさつにも反応しない。しかし柚さんはめげなかった。
「女頭目くん! こんちは!」
「……? ああ、柚さん。こんにちは……?」
「調子はどうだい?」
「まあまあ……。昨日は勝った」
「メズって呼んでもいい?」
「反応しなかったらごめん……」
そのまま彼は寝てしまった、ってええ? 寝ちゃうの? そう疑問に思った私はさておき、柚さんは誇らしげな顔だ。
「ふははは! 今度は三回も答えてくれたぞ!」
「地道ね……」
茂庭さんが呆れ顔だ。このやり取りからするに、今まで毎日話しかけてきたのかな? それでこれとは、報われない努力である。柚さんは本当に、すごいんだか無駄なんだか。ふよりふよりと移動して、私は今度は廊下側へ向かった。ちょっと、胸をどきどきさせながら。
「しょーい! そっちそっち!」
「勇太、斧振り回すなよ!」
「千鶴~、どのくらい進んだ?」
「チェックポイントまで。進は?」
「俺はそのちょっと先くらいかな」
出席番号五、六、十一、十二番の、石川勇太くん、井上翔伊くん、垣坂進くん、垣根千鶴くんだ。彼らはいっつもゲームをしている。私はゲームが大好きなので、彼らがゲームしているところを見ると幸せに……じゅるり。っとと、まあ自分でできない分、他の人がしているところを見れるのは貴重なのだ。うん。
にしても、垣根くんはもう少し髪を切った方がいいと思うな。さらさらヘアーで羨ましい……あ、今はどうでもいいか。
私みたいに、四人の様子を見ている女子が二人。
「そこは、お札でしょ! あーあ……」
「美玖ちゃん、苦しい……」
出席番号三、四番の赤野美玖さんと阿部春香さん。阿部さん、赤野さんにのしかかられてつらそう。二人はゲームを見ているというより、前の方から逃げているのだ。なんてったって、青井さんと赤澤くんが目の前だからね。しっかし、赤野さんもゲーム好きかあ。私と仲良くなれそうだね!
あれ? 幼馴染くん戻ってきた? と一瞬でも考えた自分が恥ずかしい。幼馴染くんの席に座っていたのは、梢雪綺さん。幼馴染くんの一つ後ろに座っている、黄染沙良さんと楽しそうに話している。この二人は幼馴染なんだって。ずっと仲がいいらしくて、そういうの、ステキだなって思う。
「沙良、気になってるんでしょ? 一緒に食べませんかって言えばいいのに」
「ゆ、雪綺っ!? 無理だよう、菊地くん、いっつも江上さんといるじゃない……」
「あれはないなあ」
「えっ!? 仲良さそうだったし……」
「菊地くんはお兄ちゃんみたいだったよ? 恋愛じゃあないって。沙良も可愛いんだから、猛アタックしないと」
「あううう……」
……おおう? ステキなお話をしてるじゃあありませんか。ちょっと私も混ぜてくれ。菊地くんは沙良さんみたいな、女の子してる子が好きだと思うよ。咲ちゃんが真逆街道まっしぐらだしね。ぜひとも教えてあげたいのだが、私の声は届かないし、梢さんがうまく誘導することを祈ろう。
それにしてもこのクラス、昼休みはガラガラだ。青井さんと赤澤くんの発する糖分ビームが、耐えきれないんだろうね。咲ちゃんの後ろの大口くんとかは、授業が終わった途端に後ろのドアから飛び出していったものなあ。もちろん前のドアは、通ればばっちり糖分を浴びちゃうこと間違いなし。みんな後ろのドアを使う。このことに、青井さんと赤澤くんは気付いているのだろうか。
「じゃあ行こうか」
「ん」
なんて言って、青井さんと赤澤くんは教室を出ていった。もちろん、手をしっかりと握って。恥ずかしくて見てられないね。まあ、ゲームの「咲」も後半からそうなるけどさ。咲ちゃんは、彼氏なんてできるのでしょうか、おねーさんは不安です。