第十一話
──間に合った。
それが、死地へとたどり着いたユウトの最初の感想だった。
ここまで、全力で駆けてきたため体力も魔力も残ってはいない。
一撃を防いだ剣は手の中であっけなく砕け散る。
だが、それでもユウトは毅然と立っていた。
と、
「早く! 逃げて!」
リーシャの慌てた声が聴覚に触れる。
「私は大丈夫だから! あいつはやばすぎる。今までの魔物とは格が違う!」
確かにリーシャが言うとおり、目の前に立つ濃紺色の魔物からは得も知れぬ圧力が放たれ、重くのしかかる。
だけど、
ここで逃げるわけにはいかない。
「何が大丈夫なんだよ!」
ユウトは叫ぶ。
「本当に大丈夫なら、そんな顔はしないんだよ! 泣いたりなんかしないんだよ!」
ユウトの視界に、涙で濡れたリーシャの顔が映る。
「もし、誰かが犠牲になって助かったとしても誰も嬉しくない! そんなのは、間違っているんだ!」
大衆のために誰かが傷つくなどあってはならない。
犠牲になってはいけない。
一部の人間は喜ぶだろう。
英雄と呼ぶだろう。
だけど、
この二つの世界に正義の味方など英雄はいないとユウト自身がよく知っている。
だからこそ、
「そんなことは、オレは認めない! そんな考え方は、オレが──」
最後の言葉をユウトは言い放った。
「──終わらせてやる」
瞬間。
ユウトの身体が白光に包まれた。
それは、闘技場でリーシャと対峙した時とは異なっていた。
ただ、光を纏うだけどでなく、一つものとしてユウトを包み込む。
鎧。
それが、もっとも相応しい言葉だ。
『白』の鎧は瞬時にユウトの身体に馴染んだ。
元から知っていたかのように、
あるいは、身体の一部のように。
重さは一切感じない。
まるで薄い衣のようだ。
が、その鎧は絶対的な領域を持ち、完全なる防御を発揮しているようにも感じる。
何も握られていなかった手には、新たに出現した両刃剣がおさめられている。
透き通るような刀身が、きらりと光り、その切れ味をまざまざと見せつける。
完全なる姿の≪夢の法則≫がそこにあった。
「グルウウウッ」
魔物が目の前で威嚇する。
心なしか、ユウトにおびえているようにも感じる。
──いける!
確かな確信を持ち、ユウトは内心で叫ぶと一歩踏み込み、
「セァァァァ──ッ!」
裂ぱくの気合とともに一閃する。
両刃剣が濃紺の肉体を断ち切り、鮮血が飛び出る。
魔物も黙ってはなかった。
一言吠えると、剛腕と同時に巨大な曲刀を振るい、ユウトに一太刀浴びせんとする。
ユウトの斬撃を魔物がパリイし、魔物の斬撃をユウトがパリイする。
一進一退の攻防を繰り広げながら、ユウトはさらに身体の動作を加速する。
──もっと、速く!
願い、思うほどユウトの肉体は加速していき目の前の斬撃が残像に見え始める。
だが、いくら速く動かしても両者に決定的な一撃が入らない。
イメージし、物理法則をはるかに超えた動きを再現しようにも一寸の隙すら現れない。
──このままじゃ……
身体の限界がゆっくりではあるが近づいてくるのがわかる。
焦る気持ちがユウトの中で膨れ上がり、そしてそれは隙として現れた。
いくら身体を速く動かせたとしても、それは思考まで速くなるわけではない。
それらを補っているのは、剣道で積み重ねてきた、そしてこの『鎧』に蓄積された膨大な経験に基づく先読み能力のおかげだ。
しかし、今回はそれが裏目に出た。
曲刀の軌道からユウトは瞬時に先読みし、両刃剣を合わせる──が、すぐさまそれは間違っていることを思い知った。
ユウトの先読みの結果を裏切って、やや遅れて曲刀が振るわれる。
フェイントとも呼べないようなもの。
が、この場合は大きな効果が出た。
身体に剣が触れ、
「ウグッ!」
腹を曲刀が切り裂き、真っ赤な血が流れ出る。
視界が真紅に染まり、火花が散る。
続けて、視界の隅で大きくテイクバックされた曲刀が映った。
──しまった!
と、叫ぶがもう遅い。
痛みに支配された身体はいうことを聞かず、硬直する。
と、
「そんなこと……させない!」
凛とした声が聴覚に触れ、次いで金属のこすれあう音が届く。
リーシャが曲刀を弾いたのだ。
大きく肩で息をしながら、リーシャが叫ぶ。
「行きなさい!そこまでいうなら、見せなさい! あなたの覚悟を!」
その叫びに、
ユウトは内心で苦笑した。
本当に人使いが荒い。
だけど、
だからこそ、
その気持ちに応えたい。
ユウトは痛みに歯をくいしばり、
地を蹴り上げる。
高速で動きながら、
思い描くのは、
過去でもなく、
現在でもなく、
──ひとつの未来。
──霧神一刀流 三の型 ,≪神威≫
刹那。
刀身が白光に包まれ、
一瞬で間合いを詰める。
「ウオオオオオオオ──ッ!」
絶叫し、まさにイメージ通りに剣を振るう。
脳内に電気パルスが走り、身体を酷使する。
そこからは時間流から外れたようにも思えた。
魔物が剣が振るうのを、
予測した未来に従って、避ける。
身体を捻りながら、
魔物の懐まで飛び込むと、
光速で剣を振り下ろした。
通常の時間流に戻ると、一寸遅れて魔物が肉塊と化し、
爆散する。
──倒したのか
そう内心で呟いた直後。
酷使した身体が悲鳴を上げ、
危険を感じた脳が強制的に意識をシャットダウンする。
意識を失ったユウトはそのまま荒野の上に倒れこんだ。
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