第六話「真実」
この日が来るってくらい、わかってたんだ。
あれから一ヶ月半。私たち二人は幸せな日々を送っていた。ホワイトデーには彼にデートに連れて行って貰った。
だけど、時間は刻々と迫ってくる。
あのときの父の言葉がよみがえった。
「――もし、転校したくないっていうなら、三月までここに残ってもいいぞ」
そう、もう三月も終わりだ。今日は終業式だった。
いつものように二人で帰ると無いはずの車が二台、止まっていた。
私と浩太は顔を見合わせた。
「今日が、最後みたい……」
「……そうみたいだな」
玄関を開ける。鍵はかかっていなかった。
「ただいま」
「あら、おかえり」
久しぶりだった。こうやって迎えてくれる母の姿は。懐かしい気分だった。
「あら、初めまして。水沢浩太くん。この子の母です。二ヶ月近く、いろいろありがとね」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
「……ていうか、本当に白衣なのね」
「はい、白衣です」
私たちはそのままリビングにつれて行かれた。
リビングに入ると父親が前と全く同じように寝転がってテレビを見ていた。私は少しあきれたが、私たちの姿を見てすぐにテレビを消してソファーに座った。
「久しぶりだな、元気にしてたか?」
「まあね。いろいろあったけど」
私は意味を込めて浩太に視線を送った。
「……まさかな」
「……その、まさかだよ」
「……父さん悲しいよ」
そんくらいにしときなさいとお母さんに言われ、父親は元の真剣な顔に戻した。二ヶ月の間にだいぶ髪がうすくなったかな。
「それで、月美とえーと、水沢くんは交際をしてるのか」
「はい、月見さんとお付き合いさせていただいています」
「そうか……」
はぁ。と深いため息をついた父親はお母さんに何か合図を送った。お母さんは軽くうなずいた。
「二人には悪いが、そろそろ引っ越さなければいけない。この家の家賃もあるからな。それに、元々三月までとの約束だったんだ」
「お父さん……だめなの?」
「あぁ。すまない」
私は彼の顔を見た。彼はいつになく寂しそうな顔だった。
「少し、時間をちょうだい」
「あぁ」
私は浩太を連れて家を出た。
そして、近所の公園に行く。
私はだいぶ暖かくなってつぼみがふくらみかけた桜の木下にあるベンチに腰をかけた。
「だいぶ暖かくなったな」
彼から話を切り出してきた。
「そうだね」
「……」
私は彼の肩に頭を乗せた。彼の手が私の頭を優しく撫でた。
「ごめんね。本当に」
「あぁ」
「私、もっと浩太といたかった。だけど、もうどうしようもない! ずっとずっと好きだった人と離れたくなんてない! ……どうしても」
「俺も同じだ。月美のことを愛している」
「浩太……」
私はもう何も言えなかった。
「やっほーヨーグルト! お二人さーん!」
「お姉ちゃん?!」
急に茂みから人影が飛び出してきた。私はぱっと彼の肩から離れた。
「いいかんがえがあるよ」
「……何?」
お姉ちゃんはうつむいて「駆け落ち」と、つぶやいた。
「……だって、私お金ないし」
「お金なら、彼があるはず」
私は浩太の方を見る。
「……」
「あなたの父親が残していった大金がね」
「嘘……?」
私は驚いた。彼に父親がいることは知っていたが、何故父親が大金を残してどこかへ行くのだろう。私は彼の目をじっと見つめた。
「あぁ、そうだ。金ならある。父親は俺を捨てて逃げた。女を作ってな。三年前に死んだ母親は事故死となっているが、明らかにあれは父親がやった。浮気がばれてカッとなったんだろう。崖から転落したことになっている。そしてつい二ヶ月前ほどに金だけ残して出て行った。俺は嫌気がさしてあの家をすぐに売り払ったんだ」
「浩太……?」
「俺は奴に復讐したかったさ! だけどそんなことしたら、人生棒に振っちまう。俺は化学者になりたかったんだ」
「もういいよ、浩太」
私は彼をそっと抱きしめた。彼はぎゅっと私を抱きしめて泣いた。
「一緒に行こう。月美」
「うん、いいよ」
「ひゃー、熱いねぇ! お二人さん」
……そういえば、姉はどこからそんな情報を手に入れたんだろう。明らかに最初から何か知っていた。そんな感じがする。
「それじゃ、私はここらで」
「待って! お姉ちゃん」
私は去っていこうとする姉を呼び止めた。
姉は振り返らなかった。
「何か……隠してる?」
姉はそのまま話し始める。
「……ごめんね。浩太くん。全部私が悪いのよ」
「何がだ?」
浩太が私から身体を離して姉の方に向かって言う。姉は夕焼けに照らされて今にも消えそうな感じだった。
「あなたの父親を奪ったのは私」
「……」
その言葉はとても冗談とは思えなかった。
「そんな……! そんな! 嘘でしょ!? お姉ちゃん!」
「……本当なのよ。ほら、前にしたでしょ? 大学での事件の話。あのとき助けてくれたのがその大学の教授だったの」
「まさか……」
「ふ、それが俺の父親、水沢純一ってことか」
水沢に名字がかわるっていつか言っていたような……。
「もういいさ。もう何もかもおわっちまったんだ。俺は姉さんを恨む気はない。あんたも悪いけど、俺の父親も父親だからな」
「……ごめんなさい。私は月美と純一の息子がそういう関係だってわかってから罪滅ぼしのつもりで応援しようとしてきた。だけど、あまり協力できなかったね。あはは……」
姉は力なく笑う。
「お幸せにね、二人とも」
そして姉は公園から姿を消した。
私たちはいったん家に帰ることにした。
重い空気を背負って。
私たちはこれから明るい未来へ歩き出せるのか……不安だった。




