第八話 別れの真相
(過去軸・日向視点)
人は、本当の理由を言わないまま別れることができる。
日向はそのことを、二十八歳になった今なら知っている。
別れを告げるとき、本当の理由を全部言う人間はほとんどいない。
言葉にできないから言わない場合もあるし、言葉にできても言わない場合もある。
傷つけたくないから、あるいは傷つきたくないから、あるいは本当の理由を口にした瞬間にそれが現実の重さを持ち始めるのが怖いから。
理由はいくつもあって、どれも嘘ではない。
日向が奏に告げた別れの理由は「遠距離は、たぶん無理だと思う」だった。
それは本当のことだった。
距離が生まれることへの不安は、確かにあった。
週末ごとに会えなくなること、電話だけになること、互いの日常が見えなくなること。
それらへの不安は、嘘ではなかった。
しかしそれが全部ではなかった。
全部ではない、ということを、日向は十年間、ほとんど誰にも言わなかった。
言う機会がなかったというより、言える相手がいなかった。
あるいは、言ってしまうと、自分の中で何かが確定してしまう気がして、言わないままにしてきた。
しかし今なら、少しだけ言葉に近づける気がする。
十八歳の秋、日向の中に恐怖があった。
恐怖、という言葉は強すぎるかもしれない。
しかし不安、という言葉では軽すぎる。
それは、もっと根の深いところにある感情だった。
うまく言えないが、こういうことだった。
奏がいつか自分を置いていく、という予感。
予感の根拠は、はっきりしていなかった。
奏は日向を大切にしていた。
それは行動を見ればわかった。
待ち合わせに遅れたことがほとんどなかった。
日向の話を覚えていた。
日向の状態を、言葉がなくても読んでいた。
そういう人だった。
だから「置いていかれる」という予感は、論理的には根拠がなかった。
それでも予感は消えなかった。
むしろ、奏が日向を大切にすればするほど、その予感は育った。
大切にされる、ということは、大切にされなくなったときの落差を育てることでもあった。
失うことへの恐怖は、持つことへの喜びと同じ速度で大きくなった。
日向はそのことを、当時の言葉では説明できなかったが、感覚としてはわかっていた。
奏が「そのとき考える」と言い続けたことは、その恐怖に形を与えた。
今は考えない、ということは、今は私たちのことを未来に置いていない、ということかもしれない。
そういう解釈が、日向の中に生まれた。
奏の言う「そのとき考える」は、先送りではなく、奏なりの誠実さだったのかもしれない。
しかし日向にはそう受け取れなかった。
受け取れないまま、秋が深まった。
別れを決めたのは、十二月の初旬だった。
決めた、というより、決めてしまった、という感覚に近かった。
あの夜、一人で部屋にいて、東京の大学のパンフレットを見ていた。
四月からの生活を想像しながら、奏のことを考えた。
奏は地元にいる。
あるいは美術系の学校に行くかもしれない。
どちらにせよ、自分とは別の場所にいる。
そのとき日向は、二つの未来を同時に想像した。
一つは、遠距離のまま続けて、やがて自然消滅する未来。
電話が減って、会う回数が減って、互いの生活が互いに見えなくなって、気づいたら終わっている。
そういう終わり方。
もう一つは、自分から先に終わらせる未来。
傷が浅いうちに、自分の意志で終わらせる。
少なくとも、流されて終わるよりは、選んで終わる方が、まだ自分のものだという感じがする。
日向は後者を選んだ。
今から思えば、それは「防衛」だった。
傷つくことへの、先手の防衛。
相手が離れる前に、自分が離れる。
捨てられる前に、捨てる。
そういう構造だった。
しかし十八歳の日向には、それが防衛だという認識がなかった。
ただ、そうすることが正しい気がした。
自分を守ることと、正しいことが、あのときの日向の中では同じ場所にあった。
別れを告げた日のことを、日向は細部まで覚えている。
放課後の教室だった。
他の生徒が帰った後、日向は奏に「話がある」と言った。
奏は鞄を持ったまま、椅子に座って日向を見た。
日向は「遠距離は、たぶん無理だと思う」と言った。
言いながら、本当のことを言っていない、という感覚があった。
しかし本当のことを言う言葉が、日向の中になかった。
「あなたがいつか私を置いていく気がして怖い」という言葉は、あまりにも正直すぎた。
正直すぎる言葉は、時として相手を傷つけるより先に、自分を傷つける。
日向はその言葉を、飲み込んだ。
奏は少し間を置いて、「わかった」と言った。
それだけだった。
引き止めなかった。
理由を聞かなかった。
「遠距離でもやってみよう」とも言わなかった。
ただ「わかった」と言って、日向を見ていた。
その「わかった」が、日向には何年も引っかかった。
引き止めてほしかった、とは思わなかった。
思わなかったと思う。
しかし奏が何も言わなかったことで、やはり奏は深くは考えていなかったのだ、という解釈が日向の中に生まれた。
「わかった」はあっさりしすぎていた。
もしも奏が本当に日向を必要としていたなら、もう少し何かを言うはずだった。
そういう解釈だった。
その解釈が正しかったかどうかを、日向は今も知らない。
知る機会が、十年間なかった。
しかし今夜、隅田川沿いで奏が言った言葉が、日向の中でその解釈を揺らしていた。
一緒に東京へ行くことを、考えていた。
その言葉が、帰りの電車の中で何度も戻ってきた。
考えていた、と奏は言った。
言えなかっただけで、考えていた。
それが本当なら、日向の十年間の解釈は、少し違う形をしていたことになる。
奏はあっさり「わかった」と言ったのではなく、言えなかっただけだったかもしれない。
二人はお互いに、言えなかっただけだったかもしれない。
その認識は、日向にとって救いではなかった。
救いであると同時に、別の重さを持っていた。
もしあのとき、どちらかが言えていたなら。
その問いが、十年後に初めて、問いとしての形を持った。
言えなかったから別れた。
言えていたなら、別れなかったかもしれない。
その「かもしれない」が、現在の日向に、じわじわと影響し始めていた。
影響している、ということに、日向は気づいていた。
気づいた上で、その影響の意味を、まだ受け取らないようにしていた。
部屋に帰って、コートを脱いで、日向はしばらくソファに座っていた。
誠司からLINEが来ていた。
「今日どうだった? 疲れてない?」。
日向は「疲れてない、大丈夫」と返した。
嘘ではなかった。
疲れてはいなかった。
しかし大丈夫かどうかは、少し自信がなかった。
大丈夫、という言葉が今夜は少し重かった。
本棚の端に目がいった。
四つ折りにした紙が、いつもの場所に挟んであった。
日向は立ち上がって、本棚の前に行った。
紙を取り出した。
十年間、開かなかった。
開いて確認する必要がないと思っていた。
中に何が描いてあるかは、知っていたから。
今夜は、開いた。
小さな海の絵だった。
掌に乗るくらいの海。
奏がスケッチブックから切り取って、何も言わずに渡してきた、どこでもない海。
十年の時間を経ても、線は薄れていなかった。
水平線が微妙に傾いていて、波の輪郭が少し歪んでいた。
しかし見ていると、どこか遠い場所から潮の匂いが届いてくるような気がした。
十八歳のとき初めてこの絵を見たときと、同じ感じがした。
日向は絵をしばらく見ていた。
それから、また四つ折りにして、本棚の元の場所に戻した。
捨てなかった。
これからも捨てないだろう、と思った。
捨てない理由を、今夜は少しだけ言葉に近づけられる気がしたが、近づけた言葉が何を意味するかを考えると、まだそこには行けなかった。
誠司に「おやすみ」とLINEを送った。
すぐに「おやすみ、また明日」と返ってきた。
日向はスマートフォンを伏せて、部屋の明かりを落とした。
暗い部屋の中で、どこでもない海のことを考えた。
あの海がどこにあるのかを、奏はきっと今も知らない。
日向も知らない。
しかしどこかに、あの海はある。
そう思うことが、今夜の日向には、必要だった。




