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第六話 東京で生きること

(過去軸・日向視点)


  東京は、思っていたより孤独だった。

  しかし日向はその孤独を、悪いものだとは思わなかった。

  十八歳の春、神奈川の実家を出て東京の大学に入ったとき、日向が最初に感じたのは解放感だった。

  知っている人間が誰もいない場所に、自分だけがいる。

  その事実が、当時の日向にはむしろ心地よかった。

  誰かの娘でも、クラス委員でも、誰かの元交際相手でもなく、ただ「橘日向」としてゼロから始められる。そういう感覚があった。

 

 大学では文学部に進んだ。

  本が好きだったからでも、言葉が得意だったからでもなかった。

  うまく言えないが、言葉というものが怖かった、という方が正確かもしれない。

  自分の感情を言葉にするのが苦手だという自覚が、ずっとあった。

  言葉にした瞬間に、感情が嘘になる気がした。

  言葉は感情よりいつも少し不正確で、その不正確さが積み重なると、いつの間にか自分でも自分のことがわからなくなる。

  そういう感覚が、十代のころからあった。

  だから言葉を、もっと近くで見てみようと思った。

  怖いものを遠ざけるより、そばに置いてみる方が、日向のやり方だった。


  四年間で、本をたくさん読んだ。

  言葉についてたくさん考えた。

  しかし自分の感情を言葉にすることへの苦手意識は、卒業するときも変わっていなかった。

  ただ、変わったことが一つあった。

  他人の言葉の中から、その人自身が気づいていない感情を見つける、ということが少しずつできるようになっていた。

  それが編集者という仕事への道につながった。

  自分の感情は言葉にできない。

  しかし他人の感情なら、言葉にする手伝いができるかもしれない。

  そういう、少し歪んだ動機だったが、日向はそれを誰にも話したことがなかった。


  出版社に入って五年が経った。

  仕事には充実感があった。

  担当した本が書店に並ぶたびに、小さな達成感があった。

  著者との関係が深まるたびに、言葉というものへの解像度が上がっていく感じがあった。

  先輩の編集者に怒鳴られた日も、著者との関係がうまくいかなかった日も、仕事そのものを嫌いになったことは一度もなかった。

  それだけは、はっきりしていた。

  仕事以外の場所では、日向は慎重だった。

  大学のころから、深く踏み込まない、という回路が自分の中にできていることを感じていた。

  友人とはよく笑い、よく話したが、本当に困ったときに電話できる相手が誰もいない、ということが、二十代の半ばに突然わかった。

  飲み会の帰り道に、ふとそのことに気づいて、酔いが一瞬で醒めた夜があった。

  周囲には人がいた。

  しかし日向が本当のことを話せる人間が、東京には一人もいなかった。

  それを奏のせいにするつもりはなかった。

  しかし思い返すと、日向が誰かに対して「本当のこと」を話せたのは、あのころが最後だった気もした。

  正確には、奏に話していたのは「本当のこと」ではなかったかもしれない。

  言葉にできないまま終わったことの方が多かった。

  それでも奏のそばにいると、言葉にならなくてもいい、という感覚があった。

  言葉にしなくても伝わっている、という感覚が。

  その感覚を、東京に来てから日向はどこでも見つけられなかった。


  誠司と出会ったのは、二十七歳の秋だった。

  共通の友人の集まりで隣になった。

  穏やかな人だった。

  会話が上手で、場の空気を読むのが自然にできる人だった。

  日向が話しているとき、誠司はいつも適切な相槌を打ち、適切なタイミングで言葉を返してきた。

  圧迫感がなかった。

  急かされる感じがなかった。

  この人となら、穏やかに生きていけると思った。

  恋に落ちた、という感覚ではなかった。

  選んだ、という感覚だった。

  日向はそのことを、自分でも薄々わかっていた。

  しかし「恋に落ちる」ことと「選ぶ」ことのどちらが正しいか、という問いに、日向は答えを持っていなかった。

  大人になるということは、感情だけで動かなくなることかもしれない。

  衝動より判断を優先することかもしれない。

  そう思えば、誠司を「選んだ」ことは間違いではないはずだった。


  付き合い始めて一年が経つころ、日向は誠司との関係を「安定している」と思っていた。

  安定、という言葉が、いつの間にか日向の中でこの関係を表す言葉になっていた。

  喧嘩が少なかった。

  誠司は日向の機嫌が悪いときに距離を取り方を知っていて、日向が元気なときに話しかけるタイミングを知っていた。

  それは優しさだった。

  日向はそれをありがたいと思っていた。

  しかし、ある夜、日向は奇妙なことに気づいた。

  誠司と食事をしながら、その日あった仕事の話をしていた。

  著者との打ち合わせで意見が食い違って、うまくいかなかったという話だった。

  誠司は聞きながら「それは相手が悪いよ、日向は間違ってない」と言った。

  日向の側に立って、日向を肯定してくれた。

  それは優しさだった。

  しかし日向はその夜、帰り道に一人で歩きながら、なぜか少し遠い気がした。

  何が遠いのかが、うまくわからなかった。

  誠司は間違ったことを言っていない。

  日向を傷つけようとしていない。

  それでも、何かが届いていない感じがあった。

  肯定されているのに、受け取れていない感じが。

  日向はその感覚を、誠司には話さなかった。

  話せなかった、というより、どう話せばいいかわからなかった。

「あなたの優しさが遠く感じる」という言葉は、言い方を間違えると誠司を傷つける。

  傷つけたくなかった。

 だから黙っていた。

  黙って、笑って、「そうだよね」と言った。

  それで夜が終わった。


  日向がその「遠さ」の正体を、少しだけ言葉に近づけたのは、誠司との関係ではなく、全く別の場所だった。

  大学時代に読んだ本の一節を、あるとき突然思い出した。

「言葉にされた感情は、言葉にされていない感情より、かならず少し小さくなる」という一文だった。

  著者の名前は覚えていないが、その一文だけが、何年も経った今も日向の中に残っていた。

  誠司は言葉にしてくれる人だった。

  日向の感情を、日向より先に言葉にしてくれることさえあった。

  それは能力だった。

  しかし日向は言葉にされると、かえって遠く感じることがあった。

  言葉にされてしまうと、その感情はもう日向だけのものではなくなる気がした。

  形が決まってしまうと、形の外側にあるものが見えなくなる気がした。

  それを「欠落」と呼ぶのかどうか、日向にはわからなかった。

  誠司との関係に何かが足りない、とはっきり言えるほど、日向は自分の感情に自信を持っていなかった。

  足りないのかもしれないし、足りているのかもしれない。

  ただ、「幸福か」と誰かに問われたとき、日向は即座に「幸福だ」と言えなかった。

  言えないことが、答えなのかもしれなかった。

  しかしその答えを、日向はまだ受け取る準備ができていなかった。


  部屋の本棚の端に、一枚の紙が挟んであった。

  A4の紙を四つ折りにしたもので、日向がそこに何が入っているかを知ったのは、引っ越しのたびに本棚を整理するときだけだった。

  開いて確認する、ということはしなかった。

  しかし捨てることも、しなかった。

  十八歳のとき、奏がくれたものだった。

  文化祭の装飾パネルを仕上げたころ、奏が何も言わずに渡してきた。

  広げてみると、スケッチブックから切り取ったらしい紙に、小さな海の絵が描いてあった。

  パネルの海とは違う、もっと小さな、掌に乗るくらいの海だった。

「なんで」と聞いたら、奏は「なんとなく」と言った。

  それだけだった。

  どこでもない海だった。


  日向はその紙を、十年間、捨てられなかった。

  なぜ捨てられないのかを、自分に問うたことはあまりなかった。

  問うと、答えを出さなければならない気がしたから。

  答えを出してしまうと、今の自分の場所が少し変わってしまう気がしたから。

  だから、ただ持っていた。

  本棚の端に、四つ折りにしたまま、挟んでいた。

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