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剣と魔法  作者: 珈琲(こひ)
6/10

あるお屋敷で働いていた子供が語ること

ゆっくりと書いてゆきたいと思います。


よろしくお付き合いください。

あるお屋敷で働いていた子供が語ること


 ボクがお嬢様の世話係として孤児院から引き取られたのは六つの時だった。

 お嬢様が孤児院に来て、直に決めた。

 お嬢様は十六、七歳くらいの人だった。

 ゆったりウェーブした金髪をポニーテールにして薄いレースの大きなリボンを結んでいる。

 太ってないけど、胸が大きくてもっちりした印象だった。大人の男が見たら口笛を吹きそうな感じ。

 ピンクの地に細かいフリルが沢山ついたドレスを着ていたのは強く覚えている。

 孤児院ではなかなか見る機会がないから。

 目蓋がとろんと厚くて優しそうな顔にみえる。

 お嬢様の癖なのか、ぷっくりした唇を時々とがらせて、僕たちをじっくり眺めた。

 そして「この子にいたします」と、ボクを指さしたのだ。

 ボクより年上の男の子たちは露骨に残念そうな顔をした。

「お前上手いことやったな」

「すごくね?あの胸。お世話係なら生も見られるんじゃね?」

そうボクに耳打ちしてきたけど、当時のボクとしては、この施設の子供達より裕福なものを食べているんだな、という感想しかない。

「もっと歳が近い女の子はいかがでしょうか。その子はまだ幼いし、読み書きもできませんし」

施設長はここで一番しっかり者の女の子を勧めた。

 お嬢様より一つか二つ年下だったと思う。

 お嬢様は小さく「ふぅぅん………」と鼻を鳴らし、また口をとがらせながらその女の子をちらっと見て、もう一度ボクを指しておっとりと微笑んだ。

「私、この子がいいんです」


 それから数年。


「ねえ、廊下の突き当りに飾ってある花瓶から、花びらが落ちていましたよ」

「あっ、お嬢様。申し訳ありません。すぐ」

「ううん、手が空いてからでいいです。ふふ。あなた達は落ちた花びらくらい気にならないのでしょうけどね」

「次はどんなお花を飾りましょうか」

「どんなといっても、うーん………冬はお花の種類も限られるのですから、あなたでもそのくらい決められません?」

「かしこまりました。後ほど読書のお時間にお茶をお持ちしますね」

「ええ。お願いします。………そういえば、去年あなたにプレゼントしてあげた本は読めていますか?」

「はい。夜の時間に勉強しながらなので少しづつですが、面白いです。まだ読めない言葉も沢山だけど、毎日読ん………」

「ふうん、少しですか。でも一年も費やしているとはいえ、字が全く読めない頃から比べたらとても偉いです。学問に見合わない身分だとどうしても浅薄になってしまうのでしょうが、努力はきっと残ると思います」

ボクの言葉にかぶせてお嬢様はそう言い、ふんわりと微笑んだ。

 なんだか難しい事を言われたけど、お嬢様が嬉しそうにしているから良いことなんだろう。

 お嬢様は頭が良いらしい。

 王都にあるレベルの高い学校に通っていたこともあったらしい。孤児だったボクには、どの学校だろうと勉強ができるくらいならレベルが高いと思うけど。

 ただ、その学校で酷い苛めを受けて、半年くらいで戻ってきたという。

 ボクが雇われたのはそれからまもなくで、本来の雑用のほか、傷心のお嬢様の話し相手もかねて、といういきさつがあったようだ。

「頭が良いとしても、中身が伴ってない人が多い学校でした。きっと田舎出身の私が自分たちと同じ教室にいるという事が気に障ったのでしょう………王都に住む人ほど性根は幼稚なのかもしれませんね。あの時はつらかったけど、今はあの人達がかわいそうだなって思います」

 お嬢様はため息をつきながら時々ボクにそうこぼした。

 王都から戻った後は、得意分野を独学で勉強している。

「お嬢様ってまともな勉強はしていらっしゃるの?」

「うーん、基本の教科はほとんどしてないんじゃないかな。ねえ、あんた。こないだも薬草の採集を命じられていたよね」

夜、台所で仕事をしていた先輩達にそう聞かれて、ボクは頷いた。

 お嬢さまはよく、ボクに薄暗い森の薬草を取ってくるよう命じたり、虫やトカゲの干物を作るよう言いつける。

「やっぱりほとんど呪術の本ばかり読んでおられるわよね。………あの噂って本当なのかな。ここは実は代々魔女の血統っていう」

「シッ、およしよ。………でも、血統の話が本当なら、退学騒ぎの時に学校も引き留めるんじゃない?魔法科の専門生にしたがるもんじゃない?」

「ああ、そうよねえ。それが無かったってことは、魔力も特に………ってことだもんねえ」

「そそ。呪術はお嬢様がただ好きなだけっぽいわよね。変にのめり込まなければいいけど」

ジュジュツというのは、まともな勉強じゃないのかな。よくわからない。

「度が過ぎることになる前に、今度の縁談はまとまると良いんだけど」

「でもやっぱり何回か顔を合わせて人柄をみたら、さ。今までがそうでしょ。見た目だけで即決してくれる殿方なら、まとまるだろうけどさ」

年上の使用人たちは、お嬢様に対していつも少しきびしい。

 あんたもよく我慢しているよね、と言われたことがある。

 我慢、という意識はなかった。いつも微笑んでいるし喋り方はゆっくりで穏やかで、怒鳴ったりしないから。


 それからまた数年後。

 ボクが十三になった年、お嬢様の婚約が決まった。

 旦那様のお知り合いの紳士で、旦那様よりいくつか年下だけど、お嬢様よりかなり年上の方だった。

 十年くらい前に奥様を亡くしてから、最近ようやく再婚相手を迎える気になったという。

 数日前に旦那様に用事がありこのお屋敷へやってきた方だ。その時にお嬢様を見て気に入ったらしい。

 今日改めて結婚の申し入れを聞いた旦那様は、お嬢様本人に伝える前に快諾した。

「お前の歳を考えれば、次に縁談があったとしても条件が悪くなる。彼は家柄も良い。年齢くらい我慢しなさい」

その日の夜、旦那様の部屋からお嬢様に言い聞かせる声が聞こえた。

 お嬢様はぐしゃぐしゃに泣いた顔で部屋から飛び出してきた。

 部屋の前にいたボク達使用人と目が合うと「んゔゔゔゔぅ!」と唸り、突き出したままの唇をへの字にしてこちらをキッと睨みつけ、自分の部屋に走って行ってしまった。

 七年もいると、お嬢様が唇を突き出しているのは機嫌が悪い時、とわかっていた。

 ほんわりした口調の中に意地悪な気持ちが混ざっている事が多いのも、今はわかる。

 あの時孤児院で幼いボクを選んだのは、ボクが賢くなかったから。

 施設長が勧めた女の子はお嬢様より機転が利くから、面白くなかったのだろう。

 それに気がついた所でボクに大きな気持ちの変化は………ちょっと寂しかっただけ。

 あと、なぜ僕が選ばれたかという長年の謎が解けただけ。

 それでも、思い切り立ち聞きしてしまったのには罪悪感を感じて、ボクは少し時間を置いた後、先輩の使用人に頼んで良い香りのお茶を入れてもらった。

「いくら誠実そうな方でも、少しお年が離れすぎているわよね。あれだけ年上ならお嬢様の我儘も可愛いもんかもしれないけどさ」

 いつも噂話をしているその先輩も、さすがにお嬢様が気の毒になったんだろう。

 お茶を持ってお嬢様の部屋をノックする。

「お嬢様、お嬢様。お茶をお持ちしました。……あのう」

部屋の中からすさまじい悲鳴が聞こえたのはその時だった。

 いぎぇああああああああ!という割れるような声だったので、最初はお嬢様のものだと思わなかった。

 トレイを投げ捨ててボクは部屋に飛び込んだ。

 お嬢様は部屋の真ん中に立っていた。

 その頭上に黒いモヤのような塊が広がって、お嬢様を飲み込もうとしている。

「まさか、なんで、なんでえぇ゙ぇ………!」

わなわなと震えていた嬢様は、ボクに気がついてはっとした顔になった。

 いつも眠そうなお嬢様の目が見開かれているのは初めて見た。

「お嬢様、はやくこちらに………」

お嬢様は手を差し出したボクをつかんで、自分が立っていた場所に突き飛ばした。

 何がおこったか分からないまま、ボクは床に転がる。

 転がりながら見えたお嬢様は、ほっとしたように大きくため息をついていた。

 その様子も一瞬だけで、あとはぶ厚い黒い何かがボクの視界をつぶしていった。


 人間だった時のボクの記憶は、ここでおしまい。

お読みいただきありがとうございます。

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