21 蜜朝の街 蜜朝の聖が語ること 後
ゆっくりと書いてゆきたいと思います。
よろしくお付き合いください。
帰宅し、大聖堂での仕事と周辺に張っている結界に異常がないかを確認してから、俺はいそいそと星音に通信魔法を打った。
「遅くに悪い。忙しかったか」
『いや?ここは僻地で巡礼する人も少ないから、夜にする業務はもう全部終わってるよ。当直番の職員も部屋に戻ったし、暇つぶしに一人朗読会を始めようとしたとこ。聞く?』
「聞かない。………ちなみに何を朗読するつもりだった?絶対聞かないけど」
『ジーロ・フィウメロッソ原作の【シマネコ探偵・逃げ婚殺人事件】。ヨッチー・ミュウラ主演の舞台の台本を読むとこだったよ』
「なんでそんなの持ってんだよマニアックだな」
『フィウメロッソ先生の作品もミュウラのことも大好きでねえ。子供の頃、親にせがんで何回も芝居に通って、好きすぎて二人にファンレター出したんだよね。そしたら先生からはシマネコ探偵全巻、ミュウラからはサイン入りで使ってた台本が送られてきたんだ。宝物なんでここに来る時にどっちも持ってきたんだよ。聞きたくなってきた?』
「ミュウラ本人が読んでくれるなら正座して聴くけど星音さんなら別にいいわ。それより例の二人が無事にこの街に到着したようだぞ。十中八九そうだろうって二人組を食堂で見かけた」
別にいいってことないだろ、と星音は不満げにぼやいた。
心底別にいい。
『しかし、そうか。無事でよかった』
「男のほうが明日診察に来るらしい。色々聞くなら今だぞ。明日、俺の患者になったら個人情報は漏らせなくなるからな」
『いや、無事であることが分かったならもうそれでね。聖たるもの身内だからと言って』
「出来がいい親戚の娘さんが男と二人旅してるんだぞ」
あー、うん、いやそれねえ………と唸って、結局星音は『どんな男だった?』とそれまでとは違い若干低めの声で聞いてきた。
普通に親戚のお兄さんになっている。
俺は、相手の男は年上だったこと、仲は良さそうで二人とも食うもの一つ一つを美味いと喜ぶ良い子他達だったことを話した。
「お互いに敬語で話してたから、恋人なのかどうなのか今一つ分からん。女の子の方は剣士を目指してるけどまた魔法もちゃんと復習したいとかなんとか言ってたな」
『いやめっちゃ聞いてるね。しかし、そうか。スカーレットが目指してるのは魔法剣士なのかな。男の方も蜜朝さんから見て良い子なら心配ないかなあ。そうなると気がかりなのは、どんな理由で蜜朝さんに診察を受けるのかという所かな』
「それなあ。診察内容については言えないが、この先の旅が危なそうだと思ったら、うーん………まあちょっと考えてみるわ」
『ありがとう。お願いします。やっぱり、今日一日ちょっと気がかりではあったんだ。これで安心して朗読会ができる』
最後に星音はやっぱ朗読聞かない?と再度聞いてきた。
聞かない。
翌日。
大聖堂の職員の手により常秋からの紹介状が俺のもとに届いた。
午後からの診察であることと、聖と医師が同一人物であることは口外しないことをパトリックに伝えるよう頼み、俺は午前の業務をこなす。
昼からのこのこ病院に顔を出し、同僚医師たちの冷たい視線を華麗にかわしながら自分が担当する診察室へ。
「先生。先生の診察に予約をいれたって人がきてるんですけど」
若手の医師が怪訝そうな顔で待ち時間に書かせた問診票を持ってきた。
殆どの人は俺の諸事情を知らないので、ここで働く者達からは予約にあぶれた患者担当の医師だと思われている。
「うん、予約を受けた。間違いないよ。知り合いからの紹介でね」
「へえ……ほかの先生に予約を入れれば午前中に診察が終わったのに。お知り合いでかえって気の毒だったのでは」
殿様出勤という形になってるとはいえ先輩に対してもうちょっと優しい言い方をしてくれんものか、と思いながら問診票に目を通す。
特に問題なさそうな内容ではある。
顔を上げると時計の針が丁度午後の開始時間を指したので、俺は診察室のドアを開けた。
「パトリック・ラディさん、どうぞ。お待たせしてごめんなさいね」
名前を呼ばれ顔を上げた男性は、俺を見て『えっ』という表情になった。
昨日隣の席にいた客だと気がついたようだ。
「どうも二度目まして。あの店の飯うまかったでしょ」
俺が言うと、パトリックも「いや、なんとまあ」と笑って頷いた。
「実は、常秋の聖様に相談をした時とは、少し心境が変わってきているのです」
相談の内容について聞くと、パトリックは少し申し訳なさそうな顔で言った。
「まだ色々と考えることはあるのですが、それが今回先生に相談していい分野なのかどうかが分からなくて」
一先ず話を聞かせてくれと俺が求めたので、そう前置きしてパトリックは自分のことを話しだした。
自分の趣向。自分にかかっているらしい呪い。今のところスカーレットの作るお守りが頼りであること。
「常秋の聖に話を聞いていただいたときは、自分に呪いがかかっていることに驚き、さらにその呪いのせいでスカーレットさんの人生を自分に縛り付けてしまうのではとひどく動揺したのです。
はたから見ても随分だったのでしょうね、それで先生に相談するよう紹介状をいただきました。
でもここまで来る途中で遭遇した霧子郷の件で、彼女の名誉と尊厳を侮辱し続けてきた輩が賊の仲間として現れる、という出来事がありまして。
そいつを見た時に、自分は今後二度と彼女をこのような輩に触れさせたくないし、ずっと彼女を守り隣に立ちたいと強く思いました。もっと言うと、当時彼女を踏みにじった者たち全てを………」
そこで言葉を切ったパトリックの目つきが、スッと変わった。
撫でられるように肌が粟立った。素人の俺でも殺気だとわかる。こわい。
その一瞬鋭くなりかけた目が閉じられ、まぶたを開いたときは苦笑いの形になっている。
「なんて、言葉にすると偉そうだけど。これは結局俺の独占欲なんでしょう。
彼女を縛る立場にしては旅のうえで対等な関係になれないと悩んでいた所に、それはそれとして彼女と離れたくない絶対に守りたいと自覚することになり………なので、ひとまず保留しようと考えました。何の解決にもなってないけれど」
と、パトリックは、続けた。
「人生を縛ってしまうとは考えずに、今のところはお互いに、それぞれ自分の意思で隣同士歩いているという、呪いを知る前の段階までを気持ちを戻すことにしたのです。………もちろん、彼女が別の道をゆきたくなったら背中を押して送りだすつもりです。霧子郷の賊を引き渡す待機期間の時に、『もし俺と旅をする理由が呪いを抑えるためだけになったら、ためらわずに教えてほしい』と彼女にも伝えました」
俺は頷いた。
それはもうじゅうぶん………まあ置いといて。
つまり常秋さんの所で不安定になった部分は、とりあえず自力で持ち直してきたということか。
「では『まだ色々と考えること』の『色々』というのは、やっぱりご自分の今までの恋愛傾向について?」
俺の問いにパトリックは頷いた。
「一つはそれです。恋、といいますか。今まで自分の中で恋だと認識する状態………そわそわウキウキしたり、その人ばかりに目が行ったり、気がついたらその人の事ばかり考えていたり。そういう状態にならないんです、スカーレットさんには。ただ俺が彼女を男性だと勘違いしていた期間は常にずっとその状態だったんですが」
出会いは勘違いだったんかい。というか………。
「―――出会いで恋して、共に行動するようになったから過剰なドキドキもソワソワも収まったパターンとか無いですかね?一緒にいたら基本その人のことを多く考えるし」
俺がそう呟くと、パトリックの表情がスッと停止した。
「や……それは………え………」
「女性だと分かってテンションが下がったとかはありました?」
パトリックは首を強く横に振る。
「―――そう来たか、という驚きはありました。でもその時は驚きと同じくらい再会できたことが嬉しかった。これはきっと恋愛感情ではないのだろうけど、この縁を絶対に離したくない………という考えでいっぱいになった、あの時の気持ちは忘れません」
その記憶が蘇るのだろうか、夢を追うような優しい目元になり声もゆっくりと穏やかに変わる。
それはさ……全力でツッコミを入れたい気持ちをこれっぽっちも顔に出さず、俺は頷いた。
その気持ちを最終的にどの感情に分類するかはパトリックが決めることなのだ。
「今はお互いに旅を続けたいなら、あなたのその保留という判断が一番賢明だと思いますよ」
そう告げると、パトリックは心なし頬を赤くしていた。
改めて言葉に出したことで彼の心の内で何かが動いたのかもしれない。
「さて、『一つはそれ』ということは他に何か悩みとか?」
心ここにあらず気味になっているパトリックに聞くと、彼はハッとして熱っぽくなってた目を戻した。
ごめんな、もっとそっちの考えに集中させてあげたかったけど。
「え、ええ。……俺にかかった呪いのことについてです。このままではずっとスカーレットさんの力を借りてゆかなければなりません。でも、俺からもこの呪いについて何かできないかと考えていたのです」
話題が変わると先ほどまでの感情は表情の奥に引っこめたようだ。
元騎士団にいたというし、そういう訓練をしていたのかもしれない。
「スカーレットさんや常秋の聖様の見立てでは、俺にかかった呪いは妙に入り組んでいて解呪の糸口が見えないそうなのです。となると魔法やまじない事が不得手な俺には尚更どうにかできそうにない。……呪いをかけた本人にじかに話をつけに行く、くらいしか思いつかず」
彼の言葉を聞いて、俺は唸った。
「話をつけに、といっても相手は魔法使いなのでしょう。直に会ったとしても、向こうが魔法を使ってきたらやはりあなたが不利なのでは。それに相手がいる場所はわかっているのですか?」
「何年も前のことですが、半年ほど在学していた学校は知っています。そこから実家の場所は聞き出せるかもしれません。ただ、先生が仰った通り、魔法を使われては不利です。居場所を突き止めるのと同時進行で、魔法を封じる何かしらの手だても考えなくては……と。そんな事を考えていました。その手立ても思いついていない、本当に計画が頭に浮かんだというだけの状態です。元々は俺の問題であるところを、スカーレットさん一人に甘え切ってしまう訳にはいきませんからね」
呪ってきた相手を思い出したのだろう。パトリックは眉間に深く皺を刻んだ。
特定の人物の魔法を無効にする方法は無いことはないが……相手の力量や魔法の傾向が分からないと難しい。
俺はこれから起こることが外にばれないよう、診察室の周りにそっと結界を張った。
「ラディさん。どんな呪いか、ちょっとだけお守りを外して見せてくださいませんか。お嫌でなければ魔法で記録させてほしいのです。あと、その記録を俺の知り合いと共有する許可もお願いします。彼も魔法に相当詳しいので、何か糸口を見つけられるかもしれない」
まあ星音の聖っていうんですけどね。
「というわけで記録したもんをこれから送る。媒体を用意してくれ」
夜、俺は星音の聖と魔法通信をつないで、映像を封じた携帯用の水晶から情報を複写し魔力を載せた。
この水晶はその場で起こった状況をただ記録するのではなく、使用者である俺の目を通した状況を記録できる道具だ。
呪いの形は普通の人間の目には見えないが、特に強い魔力をもつ人間なら見ることができるのだ。
つまり映像には、呪いの形状が映っている。
『ああ、来た来……』
星音は展開された映像を見て言葉を途切れさせ、んんんん?と若干テンションのおかしくなった声を出した。
この奇声は無理もない。俺も直に見た時似たような声を上げた。
『うわあ?うぇえ。おっふふふ……?』
「やっぱりそういう声出ちゃうよなぁ」
『なんなの。俺の親戚の子はこんな変なもんを相手にしようとしてるの?』
「あ、診察後一緒に飯を食うことになって、彼女とも話してきた。いい娘さんだったぞ」
俺が補足で言うと星音は不満そうな声をだした。
『いいなあ。俺もみんなと飯食いたい』
世界の果てと言われる星音の谷にある大聖堂は、参拝者がとても少ない。
星音の聖となれる者は能力に加えて孤独に強くなければならない。
こいつはこんな風で大丈夫なんだろうか。
『ひとまず俺も解呪方法を考えてみるよ。こんな胸糞悪いものうちの子一人に背負わせたくないね。………あと頑張り屋な魔法剣士少女の影で、実は国の重役を背負う親戚のお兄さんが一肌脱いでいたという展開は胸が熱いと思わないか。うきうきしてきた』
「あ、全然大丈夫そうだな」
なにが?という星音の問いに答えず、俺はスカーレットと魔法通信を繋げられるようにしたことも伝えた。
俺と知り合い……星音が解呪の手がかりをつかんだ時は、すぐに伝えられるようにするためだ。
今日パトリックと別行動だったスカーレットは、彼女なりに得る物がある一日を過ごしてきたようだった。
真面目で素直そう、というのが全体的な印象だった。
裏表なく快活で気持ちが良い。
彼らはこの先どうなっていくか分からないけど、どういう形であれ縁をずっと繋いでいて欲しいと思わずにはいられない。
―――そんな二人だったな。
お読みいただきありがとうございます。




