20 蜜朝の街 蜜朝の聖が語ること 前
ゆっくりと書いてゆきたいと思います。
よろしくお付き合いください。
『こちらでちょっとご縁を持った二人組の旅人にあなたのことを紹介しました。紹介状も持たせたから、そのうち訪ねてゆくかもしれません。その時は相談に乗ってあげてください。名前は……』
そんなザックリしたメッセージを常秋の聖から通信魔法で受け取って、かれこれ二ヶ月近くたっている。
まあ常秋の大聖堂からここ蜜朝の大聖堂までは、移動魔法などを使わず無理のないペースで旅をしたなら大体一ヶ月くらい。
途中で他の村や町によったり進路を変えたならそれ以上はかかるだろう。
心配なのは事件事故に巻き込まれている場合だ。
面識の無いいち旅人にここまで気を使うこともないのだけれど、常秋のオッサンからのメッセージに気がかりな部分があったのだ。
『名前は、パトリック・ラディとスカーレット・ルミネベリーです。二人とも剣士の姿をしていますよ』
聞いた時はおや?と思ったが、個人のことに深入りするものではないと、そのままにしておいた。
だが、寄り道してなければ本来ここに余裕でついているはずの時期にいないということで、ここは例外的に俺の心のモヤモヤを解決する方向に動くことにした。
午前の仕事を一通り済ませたあと、俺は執務室で呪文を唱え、通信魔法を起動した。
今回は聖たちの共通通信ではなく、個人への通信だ。
『―――はいこちら星音。どうしたの。珍しいね』
星音の聖が応答する。
相変わらず軽い口調だ。
実際に会ったことはないが、人当たりが良い愛想のある声はかえって食えない奴という印象も受ける。本人もあえてそうしている気配がないでもない。
「星音さんさ、聖になる前の姓ってルミネ………ナントカって言わなかった?」
俺が問うと、星音は『ナントカって!』と笑った。
『そうそう、ルミネナントカだよ。どうしたの?』
「二ヶ月くらい前に、常秋さんから紹介状をもった旅人が俺のとこに来るかもって通信をもらったんだが、まだ来ないんだよ。二人組らしいんだけど、そのうちの一人がルミネベリーという姓でね。どこかに寄り道をしてるなら良いんだが、何か事件事故に巻き込まれてたとしたら、星音さんの親戚なら一大事かと思って?」
『それ聖にあるまじき発言だなあ。巡礼者には平等に接さなきゃダメだよ。でも気にかけてくれてありがとう』
「どういたしまして。何やかや、身内は大事でしょ」
うん、それはそう。と言いながら星音は『たしか………』と続けた。
『ルミネベリーは、うちの分家だね。………そういえば今代のベリーの子は二人とも優秀で、本家の子たちに並ぶ能力を持っていた気がするな。その旅人の性別は?』
「名前がスカーレットということは、女の子かな」
『スカーレット!』
知っている子らしい。
『僕が聖に選ばれた年に、飛び級で魔法学校に入った女の子だ。普通に受験して落っこちてた兄の子や弟の子がずいぶん面白くない顔をしてたなあ。凄いドロドロしてるなか大聖堂にこもる仕事に就いたから、その後のことをよく知らないんだよねえ』
「飛び級で魔法学校?常秋からは剣士って聞いたが」
『え?何それ、どういうこと?』
俺に聞かれてもわかるわけがない。
「どういう事なんだろうね」
『ええー、気になるなあ。ちょっと実家に聞いてみるよ。もし無事に蜜朝さんの所についたら、無事だってことだけでも僕に知らせてもらって良いだろうか』
「それは勿論。こっちも一先ず警備に知らせてそれとなく聖堂の周辺一帯を探してもらっとくわ」
『ありがとー!』
聖にあるまじき、と言いながら最後は身内贔屓になってる星音に少し親近感を持ちながら通信を切る。
夕方、大聖堂を囲むように広がる街の警備隊に顔を出した。
「あれ。先生。どうしました」
若い兵が俺を見て声をかけた。
聖の仕事は大聖堂の奥でばかりなので、一部の人間達以外からは聖になる前から続けている医者として認識されている。
この街は病院街としても知られている。
王都の次に………いや、王都以上に専門的な病院施設が多くある。
仕事で負った怪我の後遺症をここでちゃんと治療してゆく旅人も沢山いた。
はっきりと到着日時は決まっていないが二人組の剣士が患者として来る予定であること、街の外へ警備に出る時に、余裕があればその二人がいないか探してほしいことを伝える。
「旅の剣士って、言い方がアレだけど身も心もつよつよ馬鹿ってイメージなんですよねえ、個人的に。先生のお世話になるタイプの人もいるんですねえ」
「警備の皆さんの心がつよつよじゃないのと同じですよ、きっと」
若い警備兵の言葉に適当に返すと、彼は「そんなもんですかねえ」とちょっと小馬鹿にした笑いを浮かべた。
まあ考え方は人それぞれだが、ちゃんと仕事をしてくれるなら彼については何も思わない。
俺の担当分野は心に係わることだ。
以前は心療魔法で患者のトラウマ等を少しずつ解いたりまたは深くしまい込んだりする科に所属していたが、今は聖の仕事と並行しているため患者と深く専門的にかかわる部署ではなくなっている。
患者の状態を見てアドバイスをしたり、さらに治療が必要な場合はどの機関に送ればいいかを判断したりする。
俺の本職を知らない同僚の一部は『何をやらかして心療魔法科から外されたんだ』と噂したり、ニヤニヤしながら直接聞きに来た失礼な者もいた。
魔力があんたより超絶強かったらしいのと代替わりのタイミングで聖の適正に合っちゃったからだよ、と心の中で返している。
今日も『午後出勤で定時上がりですか、良い御身分で羨ましいですよ』などと心療魔法科の同期に言われたが、担当地域の結界を保持するために四六時中魔力を通し午前と夜は聖業で昼に医者の俺からすれば………どっちも大変だよね、お互いにね!
表向きがそんな御身分なので、いらん嫌味を言われないために普段はあまり余計な外出をしないよう心掛けているのだが………今夜は別。
聖に任命される前から常連だった食堂の、俺の大好物の月イチメニューが出る日なのだ。
野菜と骨付き肉の煮込み料理だ。塩ベースのスープに野菜をメインに豆や茸が沢山入っており、肉は骨からほろほろと解れるくらい柔らかい。
このメニューの日はよっぽど仕事が立て込んでない限り必ず食べに行く。
食堂の中をのぞくと店員も常連の俺を見つけて「どうぞ」と笑顔を向けてくれた。
通されるのはだいたいいつも同じで奥の方の一人席。いつものですね、と聞かれて頷きながら俺が席に着くと、すぐに隣の二人席も埋まる。今夜も繁盛しているようだ。
間もなく運ばれてきた料理に舌鼓をうっていると、隣の席の会話が聞こえてきた。隣も同じ煮込み料理を頼んだらしい。
「やっぱりこの日を目指してきた甲斐がありましたねえ。おいしそう」
「霧子郷の事件で、日程が狂っちゃいましたからねえ」
ああ、たしかひと月ちょっと前にあった事件だ。
聞こえてくる話から、本当は先月にこの食堂に来る予定だったらしい。
霧子郷の事件に何らかの形で巻き込まれ足止めをくらい、近隣の町や村で短期の仕事を受けながら待ち、今日のメニューに合わせて蜜朝の街に入ってきたようだ。
この料理のために日程調節するとは中々良い判断力をお持ちで、と目をやると、男女の剣士二人組だった。
まさかね。
二人分の鍋で出された料理を男の剣士が二つの皿にとり分け、女の剣士は一緒に頼んだサラダとパンを取り分けていた。
取り分けた肉は二皿とも同じ量だが、女の子に渡した方には食べやすくて旨味の強い部位がさりげなく多めに入っている。
サラダとパンも一見同じ量だが、男へ渡した方にはカット野菜や果物の大きい方と添え物の燻製肉が多く、パンも柔らかい部分が大きい方が乗っていた。
「美味しい!お肉とっても柔らか」
「本当に美味しいですね。やっぱり来てよかった」
「野菜もお豆もごろごろ入ってて、幸せですねえ」
「この赤い果物美味しいですよ、ちゃんとそっちの皿に入ってますか?」
その会話も可愛く、仲が良い二人だと思った。一緒に旅をしているならそれはそうだろうけれど。
とはいえあまりじろじろ見ているものでもないので、俺は自分の食事に集中しようとした。
「明日の夕食もここにしましょうか」
「そうしましょう、ほかのメニューも気になりますよね」
嬉しそうな二人の会話がまた耳に入ってくる。
「明日は紹介状の医院に?」
「ええ。せっかく書いていただいたのでひとまずその方向で。スカーレットさんはどうします?」
二人のほうに思い切り顔を向けなかった自分を褒めたい。
来たわ。明日来るわ。
「ここって病院と併設した各分野の鍛錬所がありましたよね。私はそっちに行ってみようと思います。剣はパトリックさんに教えていただいてますが、もう一度魔法についてもおさらいし直そうと思ったんです。霧子郷でのことで………なんというか、やっぱり自分が学んできたものと場所に泥は塗りたくないと思ったので」
「スカーレットさんは自分の魔法に泥なんて塗っていないでしょう?」
「塗りかけているところだったのかもしれない、と感じたんです。剣士になろうとしたときに、一度強く『いらない』と思ってしまったので」
「―――うん」
パトリックの、同意ではなく続きを促す相槌が聞こえた。
「あの時私は、学園の先生達が何年もかけて授けてくださった知識を『いらない』って軽んじたんだ、って気がついたんです。霧子郷であの人たちに再会して」
あとは、とスカーレットはへへっと笑った。
「そんな風に思ったくせに、結局魔法も都合よく使ってるなあという後ろめたさというか。だから過去の発言を撤回して魔法も全方面全力で使うことにしようかと。あっ、勿論これからも剣は鍛えますよ。魔法が使える剣士を目指します」
少し間をおいてパトリックがうめいた。声が少しくぐもっているからたぶん手で顔を覆っているのかな。
「魔法剣士スカーレットさん眩しい。やだ格好いい………」
「ええええぇ格好いい人が何を言ってるんですか!」
なにこの会話とても見たい目を向けたい。
ぐっと我慢しながら、俺は戻ったらたとえ雑務を終えて深夜になっても星音に今のやり取りを伝えてやろうと思った。
二人の会話に集中したままだったせいか、後半はろくに味わうことなく気がついたら俺の皿は空になっていた。
来月もまた来よう………。
パトリックの元同僚「霧子郷のある宿の若い主から聞いたけど、パトリックぶち切れ案件だったらしい。うわあ怒らせたんだ馬鹿な賊だなと思ったと同時に、一緒にいる魔法使いの子はそこまで大事な子なんだなってお兄さん嬉しくなったよ。で今どこにいるんだよお前たちはよ」
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