19 ある魔物が語ること
元同僚「やあ俺だよ。常秋の街に戻ったけどいないのよ。しゃあなしで一回王都に戻ってる途中、隊長から『霧子郷付近の魔物事案にパトリックが関わってる』って通信魔法来たよね。とってもとっても遠い逆方向で俺は涙目です」
わざと人目につくように街道を旋回したあと、ボクは村の近くの渓流に降りた。
案の定少しすると、見るからにならず者といった感じの人間達がばらばらと走ってくる。十人くらいかな。
そいつらから少し遅れて、こちらは普通の剣士という姿の二人組もやってくる。
ボクはその剣士のうちの背の高い方へ目を留めた。
頭の上に見覚えのある靄のようなものがボンヤリと見えたからだ。
と、ウオオオオという声を上げながらならず者たちが斬りかかってきた。
ボクは背中の翼をひとつ動かし、奴らの頭上に飛び上がった。
奴らはあっけにとられてボクを見ていた。
両手合わせて本数が変わらなかった指先から爪を細い鎌のように伸ばし、それを一薙ぎ。
骨も肉も難なく、ならず者たちは半分こになった。
そいつらの少し離れたところで、もう一人の人間がへたり込んでいる。
情けなく細い声を出して漏らしている最中だった。腰が抜けて動けないようだが、目だけはギョロギョロと逃げ道を探しているみたい。
「あいつも?」
ボクは、左手のブレスレットに聞いた。
木のビーズでできた一連のものだ。
先日川の下流で拾ったこれには、元の持ち主の魂が残っている。
『あいつもよ。あいつは一番最初に私を辱めたわ』
ボクの中に直接答えてくる声に感情はあまりない。
体を離れると、少し憎しみとか辛さとかから解放されるのかな。分からないけど。そうだといいな。
それでも、この誰かの心は『仕返しをしてくれない?』とブレスレットを拾ったときに話しかけてきたのだ。
ならず者に嬲られて水死した時に、腕から外れてずっと川を流れてきたんだって。
『お返しに……その殺した奴らをみんな食べていいわ。あなたのお腹もいっぱいになるし、村も助かるし良い事だらけだと思わない?』
特に人間を食べたいとは思わないけど、退屈だったのでボクはその提案に付き合った。
そして残るはどうやらこの一人。
ボクが近付くと、そいつはバタバタと両手を振って叫んだ。
「まままま、まてっ、まてっ!お前、俺と組まないか!?何が望みだ?俺なら叶えてやれる!俺はこれでも詐欺師としては一流なんだ、今迄だって色んな………」
相手が言い終わる前にボクはそいつの肩を足で押さえ、頭をつかんで上に捻りながらグイッと引っ張った。
ブチッという感覚と一緒に首がもげる。
うーん。
「ボク、やっぱりコイツラにもコイツにも食欲わかないなあ……」
ひとりごちて、ボクはもう一度離れた所でこっちをうかがっている二人を見た。
やっぱり大きい方の頭の上にある。
あれは人間だった頃のボクが最後に見た『何か』にとても良く似ている。
お嬢様がボクを身代わりに襲わせた、あの時の『何か』だ。
あの人の『何か』はなんで頭の上でグルグルしているだけで大人しいんだろう。
―――詳しく知りたいけど、たぶん今の状況ではムリ。この姿ではきっと話は聞いてもらえない。
ボクはその場を飛び離れた。
『食べたくないなら、どうしよう。私、お礼にできるものがすぐ思いつかないわ。体もなくなっちゃったし。ブレスレットを売っても、うーん………きっとそんなにお金にならないわ』
「いいよ。退屈だったからきみに付き合っただけ。この体になってから食欲はそんなわかないし、こんな見た目じゃ、街にブレスレットを売りに行ったら大騒ぎになっちゃう」
ボクはそう答えて、飛びながら自分の体を見た。
皮膚は少し硬くなり黒みがかった紫になった。所々薄く鱗のようなものが浮かんでいる。
服は随分昔に古く傷んで破れ落ちたけど、寒さも暑さも感じない。
額に二つの小さい突起ができた。たぶんツノだと思う。
普段は普通の手だけと、念じると鎌のように爪を伸ばすことができる。
その手を見ようとし、まだ首を持ったままなことに気がついた。
「これ何かに使う?」
『使わない』
ボクは首を放り投げた。
詐欺師の首はギョロ目を開いたまま、渓谷に落ちて流れていった。
「きみはずっとブレスレットにいたの?」
『わからない。でもきっとそう。水に沈んだ後、気がついたらブレスレットにいて、その後にあなたに拾われたから』
ふうん、とボクは返事して考えた。
「ねえ、お礼のことなんだけどね。ブレスレットに宿っている限り、ボクと一緒にいてくれない?この姿になってからほとんど喋ることが無かったけど、久しぶりに誰かと会話をしたら、このあとまた一人に戻るのが少し寂しくなってきちゃった」
『いいわ。そんなんでよければ勿論だわ。この世界の中でどのくらい私の意識がいられるのか分からないけど、あなたと同じで私もこの先きっと退屈だもの』
彼女の声にボクの心は久しぶりに嬉しくなった。
あの日。
ボクはお嬢様の部屋で禍々しい何かに飲み込まれた。
気を失っていたのはほんの少しだったらしい。
名前を呼ばれて目を覚ますと、すごく怖い顔をしたお嬢様が僕を見下ろしていた。
そして手に持った瓶の中身を僕に引っ掛けたんだ。
「出ていきなさい化け物!ここから出ていきなさい!」
あれはお屋敷から一番近い小聖堂に行った時にもらってきた聖水だった。毎日瓶を磨くよう言いつけられてたから覚えている。
ずっとただの水だろうと思ってたけど、かけられると身体が焼けるように痛かった。
「やめてくださいお嬢様、やめて!痛いです、痛い!」
「自業自得ですね!私を嘲ったからそんな罰が当たったのだわ。二度と私に近づかないで。出ていきなさい!」
ボクはお嬢様を助けようとしたのにそんな風に言われて、さすがにちょっとショックだった。
冷静に考えれば、それまでだってお嬢様は何かにつけてまるで自分が優れているようなものの言い方をしていたし、あの時だってお嬢様の言うところの『罰』が襲おうとしていたのはお嬢様本人だった。
でもそんな考えに及ぶ余裕もなく、ボクは聖水の痛さにたまらず窓から逃げ出してしまったのだ。
それからは深い森の奥に隠れていた。
しばらく経って、ある時こっそりとお屋敷の様子を見にゆくと、僕を魔物にした靄のような『何か』がお屋敷の周りに薄くべったり染み込んでいるのが見えた。
普通の人間の目に見えるまでの最悪な濃さではなかったようだけど、少しづつ他の使用人達がおかしくなり始めている気配はあった。
またもう少し後、次にお屋敷を見に行ったときは、知ってる人は誰もいなくなっていた。
旦那様とお嬢様もいなくなったようだった。
かわりに鎧をつけた人や聖職者の衣をつけた人や、その他制服を着た人たちが大勢出入りして、お屋敷にこびりついた靄のようなやつを指さしたり眺めたり。
―――とても気になったので、ボクは以前生き倒れた旅人の遺体からもらったマントを纏って頭に深く被り、顔に布を巻いて怪我を隠しているようにしてお屋敷に近づいた。
「何かあったんですか?」
道の近くにいる兵士に、旅人を装って聞く。
「ここの人の知り合いかい?」
「今は仕事で旅をしてますが、むかし孤児院にいまして。その頃、ここのお嬢さんが孤児院へ使用人を選びに来られたんです………オレは生まれつき顔に大きな痣があったせいか、やっぱり別の子が選ばれたんですけどね。優しそうなお嬢さんだったから、覚えてたんです」
そう嘘をつくと、兵士はため息をついた。
「そうか。君は選ばれなくて本当に良かったよ。俺も下っ端なものだから詳しくは知らないが、どうやらここの娘は家族と使用人たちの命や正気を引き換えにして違法魔術を使っていたらしい。娘の身の回りを世話してた子供は行方不明だそうだ。………せめて、君が知っているその子でないことを祈るよ」
わざと気が付かないようにしていたけど、その話でもう嫌でも理解してしまった。
あの禍々しいものはお嬢様が原因で出てきたってこと。
『その兵士に話しかけた時に、実はボクがその子供です、こんな姿にされたのですって助けを求めたらよかったのに』
退屈しのぎで打ち明けた僕の身の上話に、ブレスレットの人が鈴の音のように気持ち良い声で言った。
「うん。でもああいう時ってさ、だいぶん経ってからああすれば良かったこうすれば良かったって気がつくもんじゃない?」
『それはそうね。本当に』
寝床にしている洞窟の、上に向かって空いている穴から遠く星空が見える。
この体になってから、見えるものの他に聞こえるものも増えた。
人間だった頃には見えなかった呪術の類が、今は形になって見えるように、色々な物に宿る音や声のようなものが聞こえるようになった。
ブレスレットの人の声もそうだけど、石が奏でる音、水が浮かれる音、空の歌、火の歌。
今夜みたいに星がよく見える夜は、星の音がシャラシャラ鳴っている。
雪が降る日は星とはまた違った綺麗な音がする。
これって魔物特有?
それとも魔術や魔法を使う生き物みんなが聞こえているものなのかな。
お嬢様にも聞こえていたのかな。
―――お嬢様は、今どこにいるんだろう。
あと、お嬢様の魔法を頭上で止めていたあの旅人は、何者なんだろう。
あの人と繋がりを持てば、ボクのこの体もどうにか………元に戻す方法とか、わからないかな。
そこまで考えたけど、それ以上は保留にした。
元の人間に戻ったら、せっかく話し相手になってくれたブレスレットの人の声は、聞こえなくなるんじゃないかな。
それはいや。
それはいやだな。
それより、それなら……ブレスレットの人が、姿を持つことができたら。
その方が、今のボクは嬉しいかもしれない。
そうしよう。
そっちの方法を考えよう。
きっと常識的でまともな魔法使いは「だめ」って言うと思うから………。
―――お嬢様を、探そう。
旅人姉弟・姉「魔導士団の試験受かった✨」
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