18 霧子郷 とある蝶々が語ること 後
【注意】
霧子郷編は暴力描写のほか、直接ではありませんが性暴力やいじめの描写があります。
苦手な方はご注意ください。次の編まで飛ばしてもそんなに支障はありません。
『なんか新しい魔物がちらっと出てきた』という感じで憶えていただければ大丈夫だと思います。
ちょっと関係ない話になる。
こいつは私のことをケツ売りと呼んだけど、私は女性客も取っている。
自分中心に性的趣向を語らないでほしい。
いや本当にどうでもいい話だが。
話を戻そう。
隊長が二人の正体にようやく感づいたときだった。
遠くの方からこちらに向かって叫ぶ声が聞こえた。
「おおーい、おーい。魔物だ。魔物が出たあ」
走ってきたのはこの村の者ではなかった。
討伐隊がここに逗留していると噂を聞いて助けを求めてきた旅人のようだった。
「こ、この村の近くの渓流で。翼が生えた、人間みたいな………」
走り続けて切れ切れになっている旅人の言葉に、討伐隊の面々は色めき立った。
そもそもその名声につられて集まった奴らだ。待っていた時がきたという勢いの中で、隊長一人がぽかんとした表情で突っ立っている。
「隊長、いよいよ出番じゃないか」
パトリックが隊長の肩を叩いた。
ハッとなって、隊長はその手を払う。
「なっ、いや、さっ、さっきお前たちを連れに行った奴らはどうした?!お前たちまさか、アイツらをやりやがったのか?そ、そ、そ、そんなら戦力を削られた今は………」
「なに、俺達たった二人でやっちまった程度の戦力だ。大差ないよ。それよりほら、精鋭の戦力たちがアンタの命令を待ってるぞ。今後入隊するかは置いといて、今は俺達も力を貸そうじゃないか」
そう言ってパトリックは周りの男達を見回した。
おおおおおおおおおお!!
高ぶった雄叫びが響く。
「行こう行こう隊長!もうずっと何もなくて鬱憤がたまってたとこだ」
「そうさ!そもそも俺等を馬鹿にする世の中の奴らに我等ありと思い知らせてやるために討伐隊に志願したんだ!」
「魔物の首を王都に持ってって、お高く止まったお姫さん達に見せつけてやろうぜ!そしたら、う、う、うふ、お情けをくれるかもなああ!」
口々に好きなことを言う仲間に両腕を掴まれ、隊長は引きずられていった。
止めろとか嫌だとかいう悲鳴を上げていた気がしたけど、他の勢い付いた歓声の方が大きくてよく分からない。
「魔物ということだから、私達も行って様子を見てきます。本当にこの村に危険が及びそうになったら知らせますから、皆さんはこちらのご主人と奥様を」
スカーレットは私にそう告げると、パトリックと一緒に討伐隊御一行のあとをついて行った。
私は合流してきた若旦那たちと一緒に、奴等の塒になってしまっていた宿の亭主と女将を物置部屋から助け出した。
ついでに隊長の物らしい荷物をひっくり返し、中から散々見せびらかしていた証明書も探し出す。
ほら、やっぱりあるじゃないか。
そうしていると、先に行けと言っといたのに若旦那が私の手を引きに来た。
「魔物が討伐隊とパトリック達を突破してくることも考えたほうがいい。とりあえず、一番奥の場所にある宿にみんなを連れて行くぞ。年寄りや子どもがいる家を回ろう」
「わかった」
縛り付けたままの女魔法使いや手足を切られた奴らは知らない。
私たちの宿に放置でいい。
避難してから少し経ったころ。
避難した宿の近くから渓流のあたりを監視していた若旦那が、ウッと叫んで双眼鏡を取り落とした。
飛び去る魔物を見たという。
大きな翼が付いた華奢な体………その手には誰かの首を一つ掴んでいた。
パトリックとスカーレットが戻ってきたのは、それからまもなくだった。
戻ってきたのはこの二人だけだ。
渓流での戦いはあっという間だったそうだ。
魔物は渓流の真ん中に立っていた。
何をするということもなく、見ようによっては一行を待ち受けているようにも見えたという。
やがて討伐隊達が切りかかるとそいつは空に舞い上がり、刃物のような長く鋭い爪でぐるりと横薙ぎにして周りの奴らを一気に両断した。
そして身構えるパトリックとスカーレットをじっと見つめながら、一人腰を抜かしていた隊長の頭を掴んで引きちぎり、そのままどこかへ飛び去ったということだった。
なぜ二人に攻撃してこなかったのかについては、本人達も分からないと言っていた。
討伐隊………いや、偽討伐隊は全滅した。
隊長の荷物から拝借した証明書をパトリックに見せるとすぐ判明した。
まずこんな粗末な紙を使わないし、筆跡が違うという。
王都からの辞令書の類は専門職の人が字を書くことになっており、その人たちの字の誰にも該当しないらしい。
押してある印も部分的に似ているだけ。
どこからも何も任命されていない、最悪のならず者達というだけだった。
証明書の提示を求められて「無い」ととぼけたのは、パトリックに対してあの男なりの勘が働いたのだろう。
スカーレットがここから一番近い街に救援魔法を飛ばしてくれた。
そこの治安維持部隊の力量にもよるが、軍隊以外で転移魔法が使える人員は少なく、この村に到着するまでおそらく数日かかるということだった。
パトリックとスカーレットは、救援が来るまで村にとどまって残党の見張りをしてくれた。
スカーレットは、出血を防ぐために腱を切った奴らに対して皮膚にだけ回復魔法をかけた。
腱はそのままなので手足が使えない事は変わりない。
傷口からもう何か黴菌が入っているかもしれないが、それも知ったことではない。
それらをすべて治療するかは救援隊の判断に任せるそうだ。
女魔法使いとは、何回か話をしていた。
相変わらず向こうは口も態度も悪かったが、さすがに味方がいないせいか、度が過ぎた暴言はもう言わなくなったようだった。
三日後、救援隊が到着して偽討伐隊の残党を引き立てていったのを見届けた翌朝に、二人は霧子郷を旅立って行った。
意外な形でこの村を襲った悪夢は終わったけど、傷は沢山残ってしまった。
今後は手薄だったこの地域にも警備隊の派出所を置くことに決まったようだ。
若旦那や男衆は霧子郷の壊された日常に戻そうと毎日躍起だった。
数日たって、私はふと宿の本棚の本が少なくなっていることに気がついた。
「若旦那。本を処分したの?」
「うん?ああいや。スカーレットちゃんにあげたんだよ。気になってたみたいだから。ずっと昔からある古い文字の本な。あれ、著者が有名な魔法使いなんだと。置いといてもここには読める人間がいないしさ」
「―――すごいよねえ。剣士かと思ったら魔法も使えるんだもんな」
「無敵の二人だったな」
若旦那と私は笑い合った。
今日は宿の主人同士の会議がないらしく、若旦那は珍しくのんびりと本を読んでいた。
それを見計らって私は彼の向かいに座った。
「どした?」
「今の仕事辞めていい?」
若旦那は本から顔を上げて私を見た。
「どっちの?」
「ひとまずどっちも」
「話を聞こうか?」
本を閉じ、若旦那は座り直す。
彼のとても不安げな表情に私は笑って、救援隊の隊長から渡されたチラシを見せた。
その人達が働いている街の、求人や職業学校が記されたものだ。
ここの売春者の多さに驚いたらしい。
「大きなお世話かもしれないが」
と前置きしてから、売春者全員にこれを配っていった。
「二年制の料理学校が席まだ空いてるみたいなんだ。学費は今まで貯めた分で補える。美味い飯作れるようになったら、ここで料理人として改めて雇ってくれない?勿論今やってる掃除とか洗濯とかの雑務もやるから。………蝶々以外にできることを身につけたいんだ」
若旦那はチラシをじっと見つめていたが、寂しそうに、
「いいよ。頑張っておいで。でも学費は俺が出す。でっかく恩を着せるから、卒業したら絶対俺の所に戻ってきて」
と俺の手を握った。
でっかく恩を着せて「絶対戻ってこい」と送り出してくれた若旦那が、結局二週間に一回は私が移り住んだ街のアパートまでに会いに来て、しまいには一年も経たない内にペアリングまで持ってきた話は………もし機会があったらその時に。
一番短いだろうと思っていた『蝶々か語ること』が一番長くなりました。
三月は繁忙期だけどできるだけ話は進めたいです。
でも焦らずに冷静に。




