17 霧子郷 とある蝶々が語ること 前
【注意】
霧子郷編は暴力描写のほか、直接ではありませんが性暴力やいじめの描写があります。
苦手な方はご注意ください。次の編まで飛ばしてもそんなに支障はありません。
『なんか新しい魔物がちらっと出てきた』という感じで憶えていただければ大丈夫だと思います。
あっという間の出来事だった。
二人の旅人がきっかけで、この村に長いこと寄生していた討伐隊の奴らが一掃されたのだ。
事の始まりは私が他所の宿で働く蝶々へ用事があって出た帰り。
討伐隊の数人に浚われそうになったことだった。
奴らは蝶々でも若い娼婦ばかりを狙っていたが、最近は男娼や堅気の子にも手を出し始めている。
私は特段女性的な恰好はしていないが、見た目が中性的な部類には入る。
娼婦達の顔と体に飽きた奴らが比較的女顔に見えて細身の私に目を付けたのだろう。
連れて行かれそうになり咄嗟に抵抗したがすぐに『堅気の子たちが手籠めにされる確率は下がる』、そう考えて腹をくくった。
ところが、私が働く宿の若旦那が慌てて飛び出してきた。驚いた。優しい男だがそんな勇気があるとは思ってなかったからだ。
案の定若旦那は返り討ちにあった。ボコボコにされる若旦那を見て、私はこれから自分が輪姦されることも忘れて悲鳴を上げた。
そこにやってきたのが、パトリックとスカーレットだった。
報復の足止めでやってきた二人組の内、口の悪いガサツな女の方はスカーレットが取り押さえた。
もう一人のほうは………バカな奴だ。自分の下劣な感覚が男全体の共通認識だと勘違いしていた。
仲間になればもっと良い思いができると言いたかったのだろうが、そいつは傍で聞いていた私と若旦那も気分が悪くなるような内容を誘い言葉としてパトリックに伝えた。
その直後に男は外に吹っ飛んでいた。パトリックが素人目に見えないくらいの速さで拳を打っていた、らしい。見えなかったけどたぶんそう。
パトリックはそのまま地面に転がった男の横に歩いてゆくと、胸を思いッきり踏みつけた。今まで聞いたことがない嫌な音がここまでとどいた。
彼はまた歩いて戻ってきて、途中で少し首を傾げて後ろの方をちらっと振り向く。
まるで散歩の途中に、あれ?今なにか見たかな?という雰囲気で。
そして宿の入り口まで来て後ろを指さした。
「なんか転んだらしいんだが、どうも打ち所が悪かったのかな?人が潰れているんだ。まあでも事件性は無いみたいだから、ご亭主。葬儀屋に連絡してやってくれないか」
気さくな感じで無茶苦茶なことを言っている。目は少し座っている。
「あらら了解です。いやーたまにいるんですわ。転んで潰れる人」
パトリックの殺人技に唖然としていた若旦那も、すごい早さで切り替えて話を合わせた。
彼の実力を見て、再び仄かな希望を見出したらしい。
優しいわりにこういう計算が働くところも、私は好きだ。
女魔法使いは外で何が起こったのか見えていないが、パトリックの強さと若旦那との会話でうっすら悟ったらしい。
「ちょ………ちょっと、てめえらあああ!ふざけんなああああ!」
ばたばたと暴れて逃げようとするが、私もスカーレットに加勢して取りおさえる。
先ほどの話からするにスカーレットは二人に苛められていたようだ。
無理矢理体を触るとか置き去りとか、他のことも。酷い内容だった。
絶対に逃げられないよう縛り上げ、呪文を唱えられないように猿轡もかませる。
パトリックは汚いものを見る目で女魔法使いを見降ろした。
「無詠唱する可能性はありません?ほら、スカーレットさんはよく色々やってますよね。無 詠 唱 で」
女魔法使いがエッといった顔になる。
煽ってるなあ。
スカーレットはうーんと首を傾げた。
「卒業後どのくらい上達しているかは分からないのですが、たしか当時この人は無詠唱は会得してませんでした。それに見たところ今も使えないかと。もし無詠唱ができていたら、この人の性格からして絶対王都から動かずに他人にとても自慢できる職業についていると思いますので」
煽るなあ!
パトリックは嬉しそうな顔をした。
「言いますねえスカーレットさん。意外な一面です。冷静な分析もさすがです」
「パトリックさんも。人間相手の手加減なしの実戦を初めて見せていただきました。学びたい事がもっと増えました」
二人は見つめあって、にっと微笑んだ。
たぶんこれは、彼らの絆が思いがけず深まった瞬間に立ち会ったのだろう。
できればもっと素敵な出来事きっかけで立ち会いたかった。
女魔法使いをそのまま柱に縛り付けて、若旦那は周りの宿や村の人たちに知らせに走り、私は奴らが居座ってる宿へ二人を道案内していった。
私は、スカーレットも一緒にゆく事が不安だった。
彼女が負った心の傷が、奴らの悪行を目の当たりにしてなおさら深くなるのではないかと心配だったし、また場合によっては彼女の身そのものに危険が及ぶ可能性もある。
隣を歩く私の表情からそれを読んだか、彼女は首を振った。
「私も村の方たちを助けたいのです。それにこれは多分、ずっと私の中に張り付いてる恐怖を徹底的にやっつけて追い出す機会だと思うので。私一人ではきっと無理だけど、パトリックさんがいてくれる今が一番のチャンスだと思うので」
そう言って気合い入れか、自分の頬を両手でぱん、と叩いた。
その決意も勇気も分かるけど、心の傷というやつはそう簡単にやっつけられるものだろうか。
「今だけじゃなくて、これからだってずっと。俺はスカーレットさんの力になります」
先を行くパトリックが、振り向かずに声をかけてきた。
聞こえていたらしい。
スカーレットは目をぱちくりとさせてその背中を見ていたが、やがて泣きそうな形になった口元をきゅっと結んで頷いた。
「よろしくお願いします」
たぶん私はまた、何かの瞬間に立ち会っている気がした。
今まで二人の間にどんな事があってどんな時間を過ごしてきたかというのは知らないけれど、この道の先、これから行く場所が素敵な花畑とか綺麗な湖だとかなら良かったのに、と思った。
でもいくらもしない内に、道の向こうからこちらに来る奴らの姿が見えた。
十人はいるだろうか。私を攫おうとした者達もまざっている。アイツラだ、と二人を指さして口々に叫んでいた。
「スカーレットさん、以前教えた『腕と足ぐるっと』覚えてます?」
パトリックは剣を抜いて構えた。
「ぐるっと。はい。覚えています」
「よし。いい機会だ。実践してみますか?」
スカーレットも片手で剣を抜いた。
もう片方の手をベルトに差してある小さなナイフに当て、頷く。
「実践します」
「よし。では何人かはそっちに逃します。ある程度潰しておきますので失敗しても大丈夫ですよ」
パトリックは私を助けた時のような手加減はもうしなかった。
私は格闘の事はよくわからない。
それでもパトリックと奴らの剣の腕前には格段に差があることが見て取れた。
見比べると、奴らの剣法はただ喧嘩慣れしただけのものだと分かった。
対してパトリックは鮮やかで無駄のない剣さばきだ。
剣を振り回しながらかかってくる奴らを手際よく切り捨て、懐に入ろうとした者は拳や肘、蹴りで潰してゆく。
これだけでもう、この先二度と起き上がれないだろうと想像できるのが四人。
かろうじて息をしてそうなのが三人。
パトリックに浅く切られ強めに殴られて、ふらふらとこちらに送られたのが三人。
二人が言うところの実践要員だ。
「ちょっと残酷です。苦手だったら離れていたほうがいいかも」
スカーレットは剣を構えながら私を気遣う。
「この状況の村にいて今更ですよ。邪魔にならないようにするから見てていい?」
「初めてなので無様なことになると思いますが………!」
彼女の繰り出した剣先が、送られてきたうちの一人の腕を打つ。
そいつがウギャッと叫んで転がると、今度は振り上がった足首に剣先を走らせる。
そいつは叫んで転がるばかりになった。
残りの二人にも同じようにしようとするが、そのうちの一人はスカーレットの剣を避けようとして後ろに転び、自ら後頭部を打って自爆した。
そいつが動かなくなったのを確認してから、スカーレットは残りの一人に足払いをかけて倒しナイフを抜いた。
少し躊躇ったようだが、その両足首、腕にそのナイフを刺した。
「どういうことです?」
私が聞くと、彼女は最初に切ってまだ転がりながら暴れてる男の無事な方の腕を掴む。
「腱をね。切っちゃいます」
そう説明しながら、ここ、と腕の一部分を指さしてざっくりと切った。
私はまともに勉強する機会が少ないまま大人になったので知らなかったけど、手足の腱という所が切れると、すぐに治療しなければもう満足に使えなくなるらしい。
「あ、ちゃんと切れてる。ぐるっとしなくてもバッチリです」
パトリックが戻ってきて転がってる奴らの傷の位置を確認し、ぐっと親指を立てた。
「ぐるっとは、腱の位置をド忘れしたらひとまず手首から肘寄り部分の骨周りを一周ぐるっと切れって教えていただいて。なので『ぐるっと』です」
スカーレットがナイフの血を拭いながら私に詳しく教えてくれた。
覚えておこうと思った。
あっという間に死体が四つ、瀕死が二つ、手足を切られて立ち上がれずバタバタしているのが三つ、あと自爆したあと動かずに大きな鼾をかき始めたのが一つ。
後ろの道から声が聞こえて振り向くと、若旦那と知らせを受けて奮起したほかの男衆がこちらに走ってくるところだった。
道に転がった奴らの処理は男衆達にまかせ、私達は奴らのいる宿に乗り込んだ。
と言っても最初は穏やかにいく作戦だ。
奴らが本物か偽物かしっかり確かめてからのほうが、後々面倒が少ないからだという。
中に残っていたのは隊長を名乗る男を入れて十人。
出てった仲間が旅人二人を縛り上げて連れてくると信じて疑いもしなかった奴らは、パトリックが、
「やあどうもどうも」
と入って行っても、それが件の旅人だと気づいていなかった。
対応役らしい数人に囲まれても一つも臆さずに、
「魔物の討伐隊の陣営はここかい?隊長殿に目通り願いたいのだが」
とパトリックが奥の部屋へ声をかけた。
「入隊希望か?」
その部屋から、のっそりと一人の男が出くる。
たしか、あいつが隊長だ。
ほかの奴らと負けず劣らずだらしない格好で胡散臭い。
ただ、やたら目がギラギラしていた。
良くも悪くも目力が働くタイプだろう。
「そうしたい気はあるのだがね。最近、討伐隊を名乗る偽物が多発していてな。これまでも三つほど偽の隊に騙されそうになった。悪いが、王都からの討伐隊である証などがあったら見せてもらえないか」
パトリックの要求に、彼らは疑いをかけられて気を悪くしたようだ。
一人が掴みかかろうとしたが、パトリックは体を少し動かすだけでかわす。
隊長の男はそんなパトリックをじろじろと上から下まで見た。
そしてニヤッと笑って、胸を張り大声で答えた。
「ないッ!この俺の身一つが証明だ!」
「いやいやいや、あるじゃないか!この村に入ってきたとき大威張りで見せて回ってただろう」
私は思わず声を上げた。
あまりに堂々としすぎて、証明書とやらを見たことあるはずの私も一瞬騙されそうになった。
隊長はぎくりと真顔になって俺に目を向けたが、すぐに人懐こい笑いを浮かべてパトリックに顔を戻す。
「前はあったが色々あって燃えちまった。………俺を信じるか信じないかはお前の自由だが、もし疑ってるなら後々後悔することになるぜ?」
全く自信満々だ。
さっきも言ったが、油断すると信じ込みそうになる程ハッタリ慣れしている。
周りにいる仲間たちは「そ、そうだっけ?」「燃え…ええ……?」「一昨日見なかったか?」とひそひそし始めた。
そのひそひそをかき消けす勢いと声量で、隊長はスカーレットを指さした。
「それよりそれより!その後ろの女はお前の連れか?!何の役に……まあナニくらいの役には立つかあガハハハ!っと?なんだ?お前は向こうの宿のケツ売りじゃねえか。さっきうちの奴らがお前のとこに行ったが、何で………」
下品なことをまくし立てながら、この男の頭のなかでこれから痛めつける予定の二人と目の前の二人がようやく繋がったらしい。
パトリックを勧誘しようとしていた隊長の、謎の自信に満ちていた顔が間抜けに歪んでゆく。
お読みいただきありがとうございます。




