15 霧子郷 宿の若旦那が語ること
【注意】
霧子郷編は暴力描写のほか、直接ではありませんが性暴力やいじめの描写があります。
苦手な方はご注意ください。次の編まで飛ばしてもそんなに支障はありません。
『なんか新しい魔物がちらっと出てきた』という感じで憶えていただければ大丈夫だと思います。
霧子温泉郷。
その昔、冷たい池の神に見初められた子供達がその身を生け贄に捧げると、池は湯に変わり、それ以来村中のあちこちから豊かな温泉がわき出るようになった。
付近の村々は温泉で人を呼び込み栄えたが、時折夜になるとぼんやりとした白い子供の姿が現れるとか何とか。
それがこの霧子温泉郷の名の由来だ。
俺はここに生まれて育って、今現在もここで客商売をしているが、そんな可愛い物は見たことがない。
もしかしたら見ているかもしれないけど、気が付いてないだけかもね。この土地で客商売をしていると幽霊より怖くて物騒なものを現実に見るからだ。
この温泉郷は、利用客の目的で何となくエリア分けされている。
だいたい一番高い場所にある宿は観光目的な裕福層向け。街道と同じか少し高いところにある宿が一般的な旅人向けの温泉通り。
坂を少し下りた所にある宿は、安値で寝泊まりや色事を済ませたい客が利用する、所謂そういう場所だ。
俺が経営する温泉宿は、中間エリアにある旅人向けの一つ。
自慢じゃないが、柄が悪い客と諍いを起こした事はなかった。
ーーーさっきまでは。
中間エリアといったって………いや裕福層エリアにだって、夜の商売は存在する。それぞれ相応しいレベルの蝶々が出入りしているってだけで。
ああ、蝶々ってのはね。この温泉郷では体を売る商売の人達のことの通称。
で、柄が悪い客の話。
うちの宿で住み込みで雇っていて、日中は従業員で夜にときどき蝶々となる子が、最近この村に長逗留している奴らの数人に連れて行かれそうになったのだ。
どこの宿でもたまにあることで、そういう時は従業員か、雇っている場合は用心棒が止めにゆく。
だが今回は一番先に気が付いたのが俺で、運悪く用心棒は諸事情により数日前に辞めていた。
急いで男達と蝶々の間に割って入ったが全く話が通じず殴られ続け、俺のふがいない有様を見た蝶々が悲鳴を上げたところで意識が途切れた。
いやほんの数秒だけだけど。
その間に、新たに村に入ってきた二人組の剣士が撃退してくれた………らしい。俺が気を失いかけてる間に。
そういう成り行きで、二人は俺の宿に泊まることになった。
男女の剣士だった。
最初は男二人かと思ったが、片方は髪が短くて体の凹凸がちょっと乏しい女の子だった。服装も女剣士系によくみる可愛らしいドレスアーマーとかではなく、男の剣士と同じく愛想がないシャツ、チュニックとズボンにマントだった。
この二人が助けてくれたと蝶々から聞いたときに頭をよぎったのは、
『助かった』
と、もう一つは情けないことに、
『奴らが報復にくるかも』
という事だった。
勿論後者の考えは顔に出さない。
「奴らは随分長くここにいるのかい」
パトリックと名乗った男の剣士が、宿帳にサインをしながら聞いた。
「ええ。最近魔物が各地で目撃されているそうで、それの討伐隊の人たちが怪我の養生だとかで。王都からのお達しで結成された方達らしいから色々大目に見ている部分はあるんですけどね………下のほうの宿に夏からずっといらっしゃいますね。色々ツケにしているから彼らがいる宿が気の毒で。俺たち他の宿も食材や燃料や、助けられる部分は手を貸していますが」
そこまで言って喋りすぎに気が付き、俺はその先を愛想笑いでごまかした。
そう、俺を含むこの村の者達はまだ見ていないが、最近新種の魔物がでるという。
王都からのご命令で各地に討伐隊が結成されたとかで、ここいらの担当となった人達が『怪我の養生』という名目のもと、怪我人の姿は見えないがずっとこの温泉郷に居座っているのだ。
王都からのと聞いてどれだけ立派な軍隊なのかと思ったが、ならず者の集まりにしか見えなかった。
聞こえてくる話を合わせてみると、王都からの命を受けて、中心となる数名がこの周辺で腕に覚えのある者達に募集をかけただけだという。
ーーー季節はもう冬だ。
その間討伐見回りとして出かけて行ったのは両手で数えて足りるほど。
それも昼近くに出て行き、日が暮れる前に元気に戻ってくる。
怪しんだ宿の亭主が、討伐隊結成の真偽を問う頼りを王都へ出そうとしたが、それを彼らに気づかれて手紙は奪われた。
翌日からそこの女将さんは外に出てこなくなり、年頃の一人娘は数日後に気が触れた状態で川で溺れた。それっきり亭主はすっかり打ちひしがれて奴らに逆らわなくなった。
その事件があってから、俺たちは怖くて外に頼りを出せなくなったし、時々立ち寄る他の旅人にも助けや協力を頼めなくなった。
旅人達が村を出るときに奴らが複数人でしつこく絡み、手紙など託されてないか調べるからだ。
腕っ節に自信がある者でも人数で負けるし、もし勝てたとしても相手が王都の討伐隊を名乗っている以上、罪に問われるのは旅人側だ。
「魔物か。常秋の聖がおっしゃっていた謎が多い奴のことかな」
「ああ、目撃例がまだ少ないという。確かに目撃情報は夏の頃からと聞きましたね」
剣士のもう一人、スカーレットと名乗るほうがパトリックのつぶやきに頷いた。
二人のやり取りで、俺の頭はハッと回想から戻った。
「お二人は常秋の聖にお会いに?………聖様から直にお聞きになったということは、王都のお触れもあの討伐隊の皆様も本物、ってこと、です………ね」
本当はあいつ等は偽物では、という俺達のほのかな希望は砕け散った。
俺はさっき襲われかけていた従業員に二人の部屋の支度をするよう言いつけて、宿泊日数と食事の有無などを確認する。
パトリックは答えず何か考え込んでいた。
「お客さん。あいつ等のところに殴り込むとかはいけませんよ。今までだって腕に覚えのある他のお客さんが乗り込んでいって返り討ちにあってるんです。大丈夫。どこかで魔物が捕まったら、きっと解散になるでしょう。お連れの方の安全を第一に。俺たちはこれまでもなんとかやってきたんです、この先もどうにか上手くやってゆきますよ」
本当は今すぐやっつけて欲しい。助けて欲しい。
下の宿の娘の他にも、蝶々じゃない子達が攫われて弄ばれる出来事が何回か起こっている。
それでも、お客の安全を優先するのはこの村に生きる俺たちの役目だとも思っている。
スカーレットは心なし青ざめて座っていたが、そのうちフロントにある本棚を気にし始めた。
この地域のおとぎ話や先代の頃に流行った小説、あとは飾りかわりに、先々代くらいの頃にはもうあったという古ーい本をいくつか入れてある。
「本、部屋に持って行ってかまいませんよ。本当なら散策して景色を楽しんでほしいけど、今は外を出歩くのはとても危険です。せっかく来てくれたのにごめんなさいね。暇つぶしにしてください」
俺の言葉にスカーレットは小さく頷いた。
部屋を整えた従業員が戻ってくると、彼女は気遣わしげに声をかけた。
「お気遣いありがとうございます。スカーレットさんに助けてもらったから大丈夫ですよ。それにもし今度攫われても、あんな小物ども、私がいないと生きていけないと縋りついてくる位に堕としてやります」
「そしたら今度はこの宿に居着くかもしんないからやめてね」
見た目はクールなシゴデキなのに色々な意味で穏やかじゃない事をいう従業員に、俺は慌ててツッコミをいれる。
「若旦那。そこは別の理由で止めてほしいな」
従業員が俺の顔を見て苦笑いする。
スカーレットは『?』という顔をしたが、パトリックには伝わったようだ。言い訳がましいが、経営者と従業員という間柄は置いといて、関係を持っているのはこの子とだけだ。これでも俺としては一応遊びではない方向で。
軽蔑されるかと思ったが、意外にもパトリックは微笑んだだけだった。
「改めて、攫われる前に助けることができて本当に良かった………本当に。ね、スカーレットさん」
「ええ!それはもう!」
本当の意味が分かっていないながら、スカーレットは真剣にこくこくと頷いた。
「おい!」
聞き慣れた小物っぽい怒鳴り声が響いたのはそのすぐ後だ。
俺と旅人二人、従業員の四人分の目が一斉にそちらへ向く。
討伐隊の下っ端二人が戸口に立っていた。
両頬の一番目立つ場所にわざとらしい傷痕を付けた少し背が低い男と、艶の無いやたらパサパサの髪を刈上げた顔色の悪い女。
その男の剣士と女の魔法使いは、なにかトラブルがあるとすぐ使い走りとして動くので村中で一番顔を知られている。
うちの従業員を連れて行きこそねた報復をするためにやってきたのだろう。
従業員が受けて立つ顔で前に出かけるのを、パトリックが止めた。
俺は、パトリックと彼らのにらみ居合いの横で、スカーレットが少し後ずさったのに気がついた。
顔色が青を通り越して白くなっていて、目を見開いている。
その小さな動きに目ざとく気がついた女魔法使いが、うん?という表情になったあと大きな声で言った。
「あれ?あんたスカーレットじゃねーのお?」
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