12 常秋の街 旅人姉弟の姉が語ること
ゆっくりと書いてゆきたいと思います。
よろしくお付き合いください。
魔導士ギルドの外がにわかに騒がしくなった。
何事だろうか。
受付の手を止め外を見た。
喧嘩のようだ。
質の悪い旅人でも入ってきたのかと窓に近寄る。
若い男二人が鞘を抜かないままの剣で激しい打ち合いをしていた。
その片方を見て私は目を疑った。双子の弟だったのだ。
相手に素早く喉元の急所を取られ、弟は剣を振りかぶったまま止まった………ように見えた。
が、次の瞬間には剣を離し相手の横面に殴り掛かったのだ。
私は外に飛び出しながら防御魔法を放った。
見えない薄い壁が相手の身を覆い、弟の拳を跳ね返す。
「何をしている!」
私が怒鳴ると、弟はハッとした顔になり私と相手を交互に見た。
その表情が泣きそうに歪んでゆく。
「いいんです、どうかお気になさらず。あなたの防御魔法で無事でしたし」
スカーレット・ルミネベリーは首を振って微笑んだ。
弟は彼女に謝罪した後、頭を冷やすと言ってこの場から立ち去った。
しかし。少し華奢な同年代の男性かと思っていたら、女性だったとは。
女性の長旅は危険が伴うとはいえ、あまりに………いや。
それは置いておいて、彼女の姓を聞き、私は弟が癇癪を起した理由をなんとなく察した。
「失礼ですが、ルミネベリー殿はルミネシエーラ家のご親戚でしょうか」
ルミネシエーラ家は代々名だたる魔法使いを輩出してきた名家だ。
我が一族も魔法使いになる者は多いが、ルミネシエーラ家の方が魔力は高い。
王都をはじめ大きな街の魔導師団や聖職者で目にする機会が多い姓だった。
「ああ。うちは祖父の代からの分家なんです」
言いながら、彼女は荷物の中から手の平大の金属カードを出した。
資格証明板だ。
魔法使いがよく使うもので、この一枚の中に今まで取得した資格の情報が記録されている。
「あまり実際の経験はありませんが、鑑定士の資格を持っているのでお手伝いができるかと」
スカーレットは無詠唱でカードを解除し、情報に目を通せるようにした。
ペラペラペラ………と紙が数枚めくれる音だけした後、その表面に魔法石鑑定の免許が浮かぶ。
何枚もめくれる音がした。果たして他にいくつの資格を持っているのか。
こんなに十分魔力を持った者が剣士になろうとしている姿を見ては、魔力の無さにコンプレックスを持ち拗れ散らかした弟は自分のことをさぞ惨めに感じただろう。
スカーレットには全く申し訳ないことになってしまった。
とはいえ、協力してもらうからにはこちらからも一言二言、色々お願いさせていただく。
「よし、スカーレットさん。風呂入って」
「へ?」
「さすがに汚れすぎてる。人のものを扱うからには相手の気持ちも考えよう。汚れすぎてる人にとても大事なものを触られるのは、ちょっと躊躇わないか?たとえその人がとてもいい人で全然悪意が無いとしてもだ」
言いながら私はギルド長にここの風呂を借りる許可を目力で得た。
「普段からこうではなくて………実は次にゆく予定の場所が温泉地だからそこで一気に落とそうと、連れの人と計画を」
「限度がある。その間あなた達に係わる人達は嫌だよ」
「そ、そ、それは確かに」
「うん。その間に私はささっと服を買ってくるからサイズを教えてほしい。苦手な色とか。大丈夫、予算は手伝い代から出るから」
私は再びギルド長を見た。
オッケーの返事。
「え、いえ服までは、そんな」
「見た目はかなり信用に響く。せっかくちゃんと鑑定したのに汚れまくった服のせいで疑われるのは悔しいだろう。あと私がすぐ気がついたように、鑑定を申し込んでる魔法使い達だって資格証明に記されたあなたの姓からご本家を連想する人は少なくないと思う。ボロボロの姿をしていたって噂が巡って、ご実家が迷惑を被るかもしれない」
そこまで言うと、スカーレットはうぐぐ、と唸った。
「確かに………そこまで考えが至らなかった」
そういうやり取りをしていると、スカーレットの連れという剣士がやってきた。
その姿を見て、私と、今度はギルド長も同時に言った。
「風呂に入れ」
大急ぎで汚れを洗い流したスカーレットは、可愛くなった。
日焼けだと思ってたけど肌は結構白かったし、私の風魔法で乾かした後の黒髪はうるつやさらさらになった。脂と埃でモッタリと束になってたのが、今やそよ風にふわりと揺れるくらいエアリーさらさらだ。
私が買ってきた服は、そのまま旅が続けられるよう動きやすさ重視の下着、無駄な飾りがない上着とズボンだったが、デザインは今の流行のものにした。
かなり変身した。とりあえずもう強烈な臭いはしない。強烈に臭わないのはとても重要。
「よぅし、だいぶ人間になった」
「い、今までは人間じゃなかっ、た………?」
私に化粧水と保湿液を顔へ叩き込まれ、スカーレットがあうあうしている。
今まで基礎化粧品を使ったことが無かったらしい。今日覚えてもらう。
「比喩だ。置かれる環境や仕事上どうしようもない事はあるけど、できる範囲で清潔でいて損はない。面倒になってしまうのはとても分かるけどね」
「ううっ、心得る」
気がついたら私とスカーレットは敬語ではなくなっていた。
私の不愛想な普段の言葉使いに、彼女がつられたのかもしれない。
そうして、小ざっぱりとしたスカーレットは早速受け付け順に魔法アクセサリーの鑑定をしていった。
依頼した魔法使い達は、スカーレットの若さに最初は疑わしい顔を見せたが、資格証明板に浮かんでいる名前を見て『なるほど』という顔になる者が何人かいた。
やはり知っている人は知っているようだ。
夜になって鑑定をいったん終わらせ、私はスカーレットにお茶を出してから改めて言った。
「気になさらずと言ってくれたが、弟のことは改めて謝罪させてほしい」
風呂で清潔になったあと、ずっと順番待ちする依頼人達の話し相手をしてくれていたパトリックが、うん?という顔をした。
どこまで事情を知っているのか分からないので私はこのままスカーレット向けに話を続けた。
「うちの姉弟は女にしか魔力が遺伝しなくてね。これは男女関係なく体質によるらしいのだけど、弟はそれを強く負い目に感じているようだ。性別にこじつけて溜飲を下げようとしているのは知っていたが、それも私達だけを恨むなら甘んじようと姉や妹と話し合っていた。でも、あれは貴女にも妬みを向けた。本当に、ごめんなさい。近々家にも知らせを出し連れ帰るつもりだ。私が言っても全然効き目はないから、両親と姉に絞ってもらわないと」
頭を下げた私に、スカーレットは首を振った。
「弟さんが何かわだかまりを抱えてるのは、私が自分のことを魔法使いだと話した時に分かったの。つらそうな表情になったから。その後のことは私が判断を間違えたから………私、弟さんの傷に塩を塗ってしまったね」
スカーレットが練習中の技を成功させて弟の首元を取った時のことだろう。
「あの時『いける』と思って、自分の気持ちを優先しちゃった」
「いやそれは当然。むしろ全然親しくない相手にはそこまで気を使わないほうがいい」
スカーレットとそんなやり取りをしていると横から視線を感じ、私はそちらへ目を向けた。
パトリックがなんとも微妙な目つきになって私達を見ている。
ああ、やっぱり弟の件について詳しく知らないようだ。
私が事の顛末を話そうと向き直ると、パトリックはぽそっと呟いた。
「なんか俺より親しそうな口調でスカーレットさんと話してるな」
そっちか。
唐突に、子犬を拾って帰宅した私を出迎えた先住犬の切なそうな表情と罪悪感を思い出した。子供の頃だが。
二人がどのくらい一緒に旅をしているのかは知らないが、そこはお互いに頑張ってほしい。
その翌日からもスカーレットは鑑定を続けてくれた。
依頼されたアクセサリーは三日ですべての鑑定が終わった。
その中で違法な疑いがあるのは五つで、魔法使いが閉じ込められている可能性があるのは一つ。
残りの四つは人間ではないが、妖精や動物が非公式な方法で閉じこめられている可能性があるとのことだった。
私のブローチはその中の一つに入っていた。
閉じ込められたその何かを出すにはまた上級の魔道士の力が必要だ。
王都か、それに並ぶ大きな街の教会か。
近い内に該当する施設に立ち寄らなければ。
弟は二日目からギルドに顔を出して、パトリックと一緒に鑑定待ちをしている人や、そのほかギルドに用がある人達の相手をしていた。
パトリックへは弟から全部話したようだった。
三日間の縁を持った私は、大手企業の化粧水と保湿液をスカーレットに渡した。これならどこの地方でも低価格で手に入りやすい。
鑑定が終わった翌日、二人は街から旅立っていった。
古城のほうを回ってから山を越えるという。そういえば温泉に行くと言っていた。
私は弟がスカーレットを殴ろうとした日の夜に、両親に魔法で手紙を飛ばしていた。
唯一の息子という事で両親も甘やかしすぎた自覚はあったらしい。
また、分家とはいえ相手の姓を見て慌てたのだと想像がつく。
翌日には、ギルドでの鑑定が終わり次第一度事情説明に戻るよう返事が届いていた。
弟はあんな気性だが、旅の途中や戦いのさなかに私を置いてゆくようなことはしなかった。
そういう面で家族への情はあるし、捻てるけど根は良い子………などと毎度思っていた私にも責任はある。
「俺は、目だけ肥えてたんだ」
常秋の街から王都へ向かう道に出る途中、弟はぽつりとそう言った。
「強い剣士たちと仕事をしてきたから、強い人に見慣れてた。目だけ肥えてしまって、自己評価も少し高くなってた。本当はそこまでじゃないのに勘違いしてた」
確かに弟は複数でやる仕事の募集があるときは、強い剣士がいる依頼を選んでいた。
彼らの仕事ぶりを熱心に見てもいた。
「あの時俺はスカーレットさんがパトリック兄ちゃんの前でだけ弱い女ぶってるって思ったけど、そうじゃなかった。パトリック兄ちゃんが相手だから弱く見えただけだった。俺のレベルは全然、油断したらスカーレットさんに引き分けに持ち込まれちまう程度だったんだ」
いやあれはお前の負けでは、と言いそうになったが一先ず黙っておいた。
この数日間で自分からここまで考えるくらいにはなった、と思っておこう。これまでと比べると大きな前進だ。私も少し驚いている。
それから王都までの長い道で、弟は私に、今まで聞こうともしなかった魔法についての質問をするようになった。
「苦手な分野をずっと稽古して俺の喉元を取った時のスカーレットさんが、まっすぐ過ぎてとても………悔しかったから。じゃあ魔法を使えない俺がどうにかできたら、悔しくなくなるかもと思っただけ」
素直じゃないけど素直な言い方だ。
魔法が使えないことに腐るのをやめて、弟なりに何かを色々考え、覚え、目を向けようとしているらしかった。
そんな弟の気持ちを聞いて、私の中で、諦めていた事にもう一度目を向けてみようかという思いがわいた。
弟をとりわけ甘やかす両親からいつ終わるともない旅のサポートを命じられた時に、何日もかけて心の中で折った夢だ。
まあ、両親も弟がこんなに頑張るとは思わなかったのだろうけど。
私の夢は王都の魔導士団に入ることだった。
おそらく弟との旅はこれで終わるだろう。
入団試験の年齢上限までまだ余裕があるはずだ。いける。
目の端に空を行く鳥が見えた。
のびのびと飛んで行くその姿を目で追うと、弟も同じようにその鳥を見つめていた。
次の道を作ろうとしている弟も、夢を取り戻そうとしている私も、きっとお互いに望む所へ飛んで行ける。
私はそう思った。
元同僚「俺、俺。パトリックの元同僚。周辺の村とか探すけどパトリックいねえ。全然いねえ。でも古城付近の湖で淡水蛸のモンスター退治を手伝った。蛸うめえ。切身たくさんもらったので冷凍魔法で王都の騎士団あてに送ってもらった。じゃあまた」
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