11 常秋の街 旅人姉弟の弟が語ること
ゆっくりと書いてゆきたいと思います。
よろしくお付き合いください。
宿の窓から外を眺めると、赤い森がひろがっている。
赤や黄色の葉をつける木々が特徴のこの地域は、一年を通して秋に見える事から『常秋』と呼ばれている。
その森のなかにある古城と麓にある街も、いつからか同じ流れで常秋の古城、常秋の街と呼ばれていた。
正式な名称はあるが、そちらを知るのは地元の者くらいだ。
まだ夏なのに辺り一帯秋色という眺めは、最初は物珍しかったが、逗留十日目ともなると見飽きてしまった。
俺は二回続けて欠伸をした。
それにしても全く、いつになったら出発できるのか。
この長逗留は、この常秋の街に入った日………十日前に聞いた、野外市場の悪徳アクセサリー商の噂と小心者の姉のせいだった。
俺たちは双子の姉弟で、採集やボディガードをメインに、時々魔物退治の臨時パーティに加わったりして旅をしている。
いつかは魔物退治専門になるつもりだ。
本当は俺一人で剣士修行に出るつもりだったのだが、怪我を心配した両親が、補助兼回復係として魔法使いである姉の同伴を条件にしてきた。
どうせすぐ音を上げて帰ってくるとふんだんだろう。
荷物を背負いこみながら旅ができないと一人前とは言えない。女という足手まといをつけてきたのはそういうことだ。
まあつい雑になりがちなことに気がつくから、その辺りでは役に立っているけど。
そんなこんなだが親達の予想を裏切って、俺の旅は数年目に入っている。
そして先月だ。旅の途中であの市場に立ち寄り、姉は問題の店でブローチを買っていた。
その後この街の宿で例の店の顛末を聞いた姉は、自分が買った物に何者かが封じられていないか、街の魔道士ギルドへ鑑定を頼みに行った。
ところが魔法宝石を鑑定する能力を持った魔道士は所用で出ていて、戻るのはまだ数日かかるという。
全くうんざりする。
姉のブローチはあの店にしては大した金額じゃなかった。絶対なんでもないに決まっている。
仮に何か入っていたとしても、閉じ込められるほうが悪い。そんな間抜けなら利用するだけ利用してやったらいい。
この街に立ち寄った他の旅人達も魔法アクセサリーの鑑定を希望しギルドを訪ねているらしく、姉は鑑定士を待ちがてら毎日受付の手伝いに出ている。
本当に融通がきかない小心者達だ。魔法使いっていうのはこれだから。
また一つ欠伸が出る。
この街は旅人が多く通るとはいえ、本当に穏やかすぎてここにいる間何も無い………いや、一度知り合いがこの街に来た。
俺の実家がある、王都の騎士団員だ。
子供の頃よく遊んでくれた、兄のような人だった。
散歩で歩いていたら、その人がこの街に入ってきた所に偶然居合わせたのだ。
理由を聞くのは忘れたが、その人はパトリックを探していた。
パトリックも元騎士団で、俺が子供の頃に遊んでくれた一人だ。団のなかでも取り分け強くて俺の憧れだったけど、俺が学校の仲間と遊ぶことが多くなった年頃に、いつの間にか騎士団からも王都からもいなくなっていたのだ。
「それにしても、うーん。追いかけたつもりが追い越したかな。それとも別の道に………?でもこの辺にめぼしい街や村は………」
その人は俺との再会を懐かしんだ後、ブツブツ呟いた。
そして、もし今後パトリックを見かけたら騎士団に速達魔法で知らせるよう俺に頼んだ。
「女性と二人旅をしているらしい。黒髪のショートヘアで額当てをしている女性だそうだ。もし二人を見つけたらぜひ教えてくれ。じゃあ姉君とともによい旅を!」
その人は周辺の人里を探してみると言ってすぐ街を出ていった。
そういえばあれから七日くらい経っている。
暇つぶしがてら昼飯を調達しに、俺は宿を出て街の空き地……基、広場の横を通りかかった。
宿に泊まらず野営する旅人たちがよく利用する場所だ。
比較的静かな街とはいえ、比べれば少し治安は悪くなるだろう。
これ以上長く留まるなら俺たちも近々ここに流れる羽目に………などと考えながら、空いた場所で手合わせの練習をしている二人組に目がいく。
男女のペアで、まあ当たり前だけど男のほうが女に稽古をつけている。
攻撃を受けた際の切り返し方法で、結構難しい足さばきの技だ。
男は手練れと分かるが、女の方は強くなさそうに見える。
足が男側の動きに全くついていけてない。実力の差は歴然。
二人とも長旅で汚れているが、女の方は特に貧相でぱっと見では性別が分からない。胸もくびれもお粗末。
髪なんか短くて、黒髪だから埃っぽさが余計目立つ。
あと安そうな額当てを………。
「パトリック兄ちゃん!?」
女の特徴が合致し、思わず俺は男の方に声をかけた。
女が先に気がついて、つられて男のほうが振り向く。
違いなく、パトリックだった。
パトリックは俺のことを覚えていてくれた。
「そうか。君は魔物退治を生業にしているのか。いやあ、あんな子供だったのに立派になったな」
何年経っても優しい笑顔はあの時のまんまだ。
俺の仕事内容については少し盛った。
「昔、騎士団で働いてた頃によく遊びに来てた子なんですよ。時が経つのって早いですねぇ。こーんなに小さかったのに」
パトリックはニコニコして連れの女に言った。
女は俺とパトリックを交互に見て、
「こんな風に出会えるなんて。なんだかドラマティックですねえ」
と顔をほころばせた。
日焼けと埃で小汚いが、こうして見ると声と笑い顔はまあまあ愛嬌があるほうだ。
それにしてもどういう関係なんだろう。
弱そうだから旅の仲間には不釣り合い。
パトリックの恋人とか言わないだろうな。もっと不釣り合いだからやめてほしい。
この人も男だから所謂処理的な意味で連れて歩いているのかもしれないが、それにしたってもう少しマシな物件があるだろう。
考えが素直に顔へ出ないよう気をつけてはいたが、それでも二人の関係を気にしているのは伝わったらしい。
パトリックは女を見て俺に言った。
「この人は旅の仲間。スカーレット・ルミネベリーさんだ。修行中の剣士でな」
「どうも。パトリックさんにはいつも鍛えていただいています。どうぞよろしく」
明るい挨拶とともに会釈されたので作り笑いで軽く頭を下げ返す。
まあ何の得にもならない奴とはよろしくするつもりはない。
紹介を聞いて、凄腕の元騎士団員が気まぐれ女の雇われ師匠になっている、くらいまでの見当はなんとなくついた。
でもこんな女ごときが俺の憧れだった騎士団員の弟子になっていることが不愉快だった。
ただ、女の姓はなんとなく気になる。どこかで聞いた記憶が………ルミネ………まあいい。
俺の不快に気づくことも無く、パトリックは続けた。
「そういえば、姉さんと旅をしているといったな。彼女はやっぱり魔法使いに?」
「うん………そうだ、それで今足止めを食っているんだよ!兄さんは聞いた?悪徳アクセサリー商の話」
二人は顔を見合わせて、それから頷いた。
「砂漠の街の、野外市場のやつか?」
「そう、それ」
俺は噂の内容と、それに伴った姉のアイテムによる足止め、ギルドの混乱ぶりを話した。
すると二人は思いのほか深刻そうな顔になる。
「あの商人、そんなに沢山の人を相手にアクセサリーを売ってたんですか」
スカーレットが言うので、俺は首を振って正した。
「違う。ほかの店で買った奴も、自分のアクセサリーは違法じゃないか心配になってるってだけだ」
「あ、なるほどなるほど」
わかれよ。普通わかるだろ。
そう口に出さずに呆れたら隣でパトリックが、
「あああ!なるほど!」
と真顔で手を叩いた。
―――まあいい。
「にしても、魔道士不在か。突然のことだから仕方なしであるけど………スカーレットさん」
「ええ」
パトリックの問いかけに、スカーレットは内容を聞く前に頷いた。
「私、今から魔道士のギルドに行ってみます」
「頼みます。これたぶん数日はかかるでしょうから、俺はこれから宿を探します。部屋が取れ次第ギルドに向かいますので」
二人は野営準備を素早くたたみ始める。
急に何を、と聞こうとしたらパトリックは俺に言った。
「すまんが魔道士ギルドまで案内を頼む。俺もすぐ行くから」
パトリックの頼みだから仕方ないが。
「アンタが行って何をするの」
ギルドまでの道すがらに、俺はスカーレットに聞いた。
だってこの件に関して剣士がすることは何もないはずだ。
するとスカーレットは少し困ったようにあはは…と笑っう。
そして、
「ちょっと色々事情がありまして」
と切り出してから続けた言葉に、俺の顔からは建前の表情が消えた。
「私、元は魔法使いだったんです。魔学の在学中に魔石の鑑定士資格も取ってるので、微力ながらギルドのお手伝いはできるかと」
胸の奥にいきなり重りを打ち込まれたような感覚だった。
なんだ、それ。
この女は魔法使いのくせに、剣士になろうと?
「―――へえ………そんな資格まで持ってて、なんで剣士に?」
自分でも、問う声が少し低くなったのが分かった。
「うーん………ざっくり言いうと、ある時魔法以外にも目がいく機会があって、世界が広がったといいますか、雷に打たれたようなといいますか………」
無邪気な笑顔で話し始めるスカーレットを見ると、なおさら俺の口から感情が吹き出しそうになる。
何言ってんだこいつ。
何様だこいつ。
そんな資格まで持ってるのに満足しない強欲で意地汚い女。
女のくせに。
女はいつも。
女ばっかり。
―――俺は持てないのに。
「自分の適性は魔法が一番高いと知っているけれど、剣士になれる可能性もあるのなら憧れに挑戦しない手は無いと思って」
その真っ直ぐな、自分の可能性に心躍らせている声が決定打だった。
「そういえば、貴方の姓を聞いたことがあります、確か………」
俺は最後まで言わせずに反射的に剣を鞘ごと抜き、スカーレットに打ちかかった。
咄嗟のことで「わっ」と声を上げながら、それでもスカーレットはなんとか避ける。
「えっ?あの」
「ご立派な志に感動した。そんなことを堂々と言える程ならこのくらい躱せるよな?!」
これは悪手だとわかっている。
ギルド近くの人通りが多いこんな場所で、パトリックの知り合いに。
だけどしまったと思う前に身体が動くくらい、頭に血が上っていた。
スカーレットはこう言うつもりだったはずだ。
『貴方の姓を聞いたことがあります。確か魔法使いを多く出している家系ですね』
ああそうだよ。
四人姉弟で姉二人、妹一人、三人ともちゃんとお利口様に魔法使いだ。
俺だけに魔力は遺伝しなかった。
医者も聖職者も誰も彼も、不幸な偶然だと言ったけど絶対違う。
意地汚い女達が俺の力を食い散らかしたに決まってる。
そして本来の力を取られた俺は剣士を選んだ。
子供の頃に遊んでくれた騎士団員達との思い出があったから、次の未来としてそう決めた。
この女は最初から恵まれていて、それなのに欲深くまだ他に手を伸ばしている。
俺が欲しくても持てない物を手に入れてるくせに。
俺は次々と攻撃を繰り出した。
「ちょっ、まっ………」
避けながらスカーレットは俺の顔を見た。
そこからスッと戸惑いの表情が消えた、気がした。
よくわからない。頭に血が上ってる俺を見て怯えたのかもしれない。
と、急にスカーレットの動きが変わった。
向こうも鞘ごと剣を抜いて俺の攻撃を次々と払い流し始めたのだ。
さっきパトリックと稽古してた時は全然ついていけてなかった癖に。
猫を被っていたってことかよ。
これだから女は。
これだから女は本当にさあ!
俺はスカーレットに足払いをかけて体勢を崩させ、脳天めがけて剣を振り下ろそうとした。勿論当る寸前で止めるつもりだった。
だが、それより早く俺の喉元にスカーレットの鞘の先が当たっていた。
素早くターンして体勢を立て直し、俺の急所を取ったのだ。
思わず振り下ろす手が止まる。
それはさっきまでパトリックと稽古していた切り返し技だった。
突然始まった立ち回りに集まってきた人達も、見入ったままになっていた。
スカーレットは真剣な目つきから一転、蕾が弾けたような表情になった。
「できた!」
また一つ前に進めた笑顔と声が俺の頭の奥に刺さる。
認めたくないものを突きつけられた気がして、俺はスカーレットの横面に拳を繰り出していた。
表記はしていないけどキャラの名前は脳内では
弟はエミリオ・フェデリア
姉はエミリア・フェデリア
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
お読みいただきありがとうございます。




