52. 夜食の後は、ロンドンへ
エドガーがシャワーを浴びて着替えているあいだに、流音は急いで車を走らせ、ランカスターのダウンタウンへ行って戻ってきた。
昼間のうちに、深夜まで営業している和食レストランを調べておいたのだ。
流音は大きなビニール袋を抱えて帰り、当直室のテーブルの上に中身を並べた。
「遠くからでもいい匂いがしたけど、これは何?」
「鍋焼きうどんです」
流音が笑いながら、プラスチックの器の蓋を開けた。
「私、海外でコンサートを終えて帰国すると、いつも一番先に食べるのがこれなんです。そうすると、疲れが取れるんですよ」
「それは食べてみないといけないね」
「エドガーさんはお箸が苦手でしょうから、フォークをもらってきました」
「いや、箸は使えるよ。母が時々、日本料理を作っていたんだ」
「どうして?」
「今思うと……あの人の影響だったんだろうね」
「ああ、そういうことですよね」
「こういうのは初めてだけど、おいしい」
「でしょう? 元気が戻ったら、家に帰りましょう」
「ルネは疲れてないかい?」
エドガーが確かめるように、流音の顔を見た。
「ありがとう。でも、昼間はしっかり寝て、しっかり食べてたから、ぜんぜん疲れてません」
「どこで?」
「ドクター・ハミルトンのお部屋をお借りしていました。食事は和食店で、うなぎを食べたの」
「うなぎって」
「おいしいのよ。元気が出るんだから」
「じゃあ、ルネは万全なんだね」
「元気もりもりです」
「じゃ、今からロンドンのアパートまで運転できるかい?」
「ブルームズベリーのアパートですか?」
「そう、あそこだ」
「大丈夫です。私、目がいいから夜の運転は得意なんです。車も少ないし、楽ですから、お任せください」
「ありがとう。どうしても、あそこに行きたいんだ」
「わかりました」
ランカスターからロンドンまでは、およそ四時間。
以前、コンサートのためにロサンゼルスからサンフランシスコへ移動する際、濃霧で飛行機がキャンセルになったことがあった。
そのとき流音はレンタカーでインターステート・ファイブを七時間あまり走り、なんとか開演に間に合ったのだ。
あの時の半分の距離じゃない。楽勝。
苦しい経験は、自信に変わるものだと、流音はそのときのことを思い出して微笑んだ。
「では、用意ができたらすぐに出発します。玄関に来てください。車を暖めておきますから」
外では、十二月の冷たい風が、古いオークの枝を揺らしていた。




