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42. テレビ塔の上の獣

あの未曾有の流行病が始まってから、季節は二度巡り、秋の冷たい風が街を吹き抜けていた。マスクはもはや医師だけのものではなく、人々の日常の習慣になっていた。


ある夜、エドガーはベルダからの緊急の電話を受け取った。


「デリオンがプラハに戻ってきているかもしれないので、ギルガルドとヴァルナスに巡視を頼んでいたけど、今夜のパトロールで見つけたって。私もこれから向かうから、エドガーもすぐに来て」


「どこだ?」

「タワーパーク、プラハのテレビ塔の頂上よ。上に獣がいて、暴れているそうよ。獣が塔の上なんかに登れるわけがないから、きっとデリオンだと思う。大騒ぎになる前に、なんとかしたいから、すぐに来てくれる?」


ああ、あそこか。

あそこは、デリオンが好きな場所だ。その獣はデリオンなのだろう、とエドガーが拳を握った。


「すぐには、行けないんだ」

エドガーが低い声でためらうように言った。


「なぜ」


「渡航禁止だから、……行けないんだ」


「何を言ってるの? 人間じゃないんだから、飛んでくれば、すぐに来られるはず」


「それが、できないんだ」


「どうして…?」


沈黙が落ちた。


「エドガー…あなた、まさか、人間になったの?」

ベルダが攻に言った。


「そうなんだ」

「なんてこと」


「でも、すぐに駆けつけたい。迎えに来てくれないか」


「わかった。じゃあ、リュシフルに頼むわ」


*


プラハ中心部から少し離れた丘の上に、テレビ塔が黒々とそびえ立っていた。灰色の外壁に貼りつく奇妙な赤ちゃん像たちが、月光に照らされて不気味に光っていた。


塔の最上部では、銀色の毛並みを月光に輝かせた獣の影が、狂ったように頭を振り、唸り声をあげていた。その声は冷たい夜風に乗って、悲しく、響いた。


エドガーはリュシフルに導かれて、丘を登った。

そこにはベルダ、ギルガルド、ヴァルナス、ノクスもおり、息を詰めて塔の上の影を見上げていた。


獣の動きがおかしい。


「だめだ。飛び降りるな!」

エドガーの声が、夜空に裂けるように響いた。


銀色の毛が風に揺れ、塔の外壁に長い影を落とし、獣の瞳が声のほうを捉えた。


見上げる仲間たちが息を呑み、ひりひりとして緊張に包まれた。


「デリオン、今、兄さんがそこに行くから、じっとしているんだ」


獣は一瞬動きを止め、尾を揺らしながら低く唸る。

月光に塔の輪郭が鋭く切り取られ、闇と光のコントラストが張り詰めた。


エドガーは深く息を吸い、ベルダの方を見やった。

「……ぼくを上まで運んでくれないか」


「わかったわ」


ベルダとリュシフルがエドガーの両腕を掴んで、彼を最上部へと運んで行った。


銀色の毛並みが月光に反射し、獣の瞳が獰猛に光っている。


頂上に着くと、獣は鋭い爪と牙をむき出しにし、「グワーッ」と声を上げて襲いかかろうとした。


「デリオン、兄さんだよ。エドガーだよ!」


その瞬間、獣の威嚇が一瞬止まり、リュシフルに低く唸った。


「ふたりとも、下に降りて待っていてくれ。ここは、まかせてほしい」

エドガーがベルダとリュシフルに言った。


「わかった」

ふたりは不安な表情をしながら、下に戻って行った。


月光に照らされた塔の上で、エドガーはためらわずに、デリオンに近づいて行った。

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