27. 吸血鬼王国の真実
ネラホゼヴェスは、人口二千ほどの小さな村だった。
ふたりは村を歩き回ったあと、車に戻り、知り合いの城へ向かった。
その城は四階建ての、くすんだ肌色をした巨大な建物で、屋根の中央には二階建てのクーポラ(屋根塔)がそびえていた。窓は数えきれないほど多く、まるで誰かの記憶をいくつも映しているようだった。
流音は、以前テレビで見たイギリスの古城を思い出した。だが、この誰にも知られていない城のほうが、ずっと壮麗で、威厳に満ちていた。
城の周囲には高い塀がめぐらされ、玄関は頑丈な錠で閉ざされていた。
広い庭にはどう猛なドーベルマンが放たれているというので、エドガーは流音を抱き上げ、軽やかに屋根の上、クーポラの横へと舞い上がった。その窓から、ふたりは静かに中へ入った。
あまりに現実離れした出来事が続いていたが、流音はむしろ胸を高鳴らせていた。
こんな体験、一生に一度だろう。
子どもや孫に語り継げるように、見たもの、感じたものをすべて覚えておこう。
エドガーは「探したい本がある」と言い、図書室へ向かったので、流音も後に続いた。
天井まで届くほどの書棚が壁一面を覆い、本を取るためのはしごが静かに立てかけられていた。
見上げると、天井にはフレスコ画が描かれていた。
けれど、それはカトリック教会で見られるような天使の姿ではなく、吸血鬼の歴史を主題にしたものだった。絢爛豪華でありながら、どこかおそろおそろしい空気を漂わせていた。
「ぼくはしばらくここにいます。ルネは城を見学してきたら?」
「はい。そうします」
流音は広い廊下を歩き、いくつかの部屋を覗いたのち、音楽室にたどり着いた。
中央には大きなグランドピアノがあったので、彼女はそっとカバーを外して、鍵盤をひとつ叩いた。
澄んだ音が響いた。
それがあまりにも美しかったので、彼女は椅子に腰を下ろし、背筋を伸ばして、ドヴォルザークのあの第三楽章を弾きはじめた。
この土地の色、風の匂い、見てきた景色を旋律に溶かし込むように、音を紡いでいった。
やがてエドガーが戻ってきた。
「音が聞こえたから、すぐに見つけられてよかった」
「探し物、見つかりましたか?」
片手には赤い革表紙の本が握られている。
「うん」
彼はその本を軽く掲げてみせた。
「このお城、もう長い間、誰も住んでいないようですけど、みなさんはどこへ?」
「うーん……」
エドガーは腕を組み、少しのあいだ黙り込んだ。
屋敷の家具はすべて白布で覆われているので、ふたりは廊下の壁を背にして座り込んだ。
エドガーは、かつてこの王室付属の小学校に通っていたのだという。
賑やかだった日々、人々が忙しく出入りしていた光景を思い出しながら、今はもう誰もいない廊下の片隅で、彼は膝を抱えた。
「無理に話してくださらなくてもいいですよ」
流音がやさしく肩に手を置いた。
しばらく沈黙が流れたあと、エドガーは覚悟を決めたように口を開いた。
「驚かないで聞いてほしい」
ここにはかつて、「ドルハースラフナ王国」と呼ばれる吸血鬼の王国があった。
それは吸血鬼の中でも特に権威を誇る王国で、フィルモア家は代々その大臣職を務めていた。エドガーの父は宰相だった。
その王国が滅びたのは、戦争ではなく、自然消滅のようなものだった。
王家は紺色の純粋な血を守るため、長く近親婚を重ねてきた。だが次第に悪い結果が現れ、三代前にはそれが禁じられた。体制は一見立ち直ったように見えたが、腐敗は静かに進んでいた。
最後の王、ルナリス四世とイゾルデ王妃は従妹同士だった。
その程度の血のつながりなら問題はないと考えられて、二人は結婚した。
やがて三人の健康な男の子が生まれ、国民は王国の繁栄を祝して花火を打ち上げたという。
しかし、長男レナリス五世は十歳を過ぎた頃から精神の均衡を失い、その行動は次第に狂気を帯びていった。
それは日を追うごとに悪化したので、ついに国王は、二歳年下の温厚な次男ラウドを王太子に任命する苦渋の決断をした。
その決定に激怒した五世は、国王夫妻と弟ふたり、そして臣下二十余名に牙を立て、命を奪い、あるいは重傷を負わせた。
宰相だったエドガーの父は、相打ちを覚悟してアッシュの木の杭を五世の胸に打ち込んだ。
その時、彼自身も深い傷を負い、それが原因で今も足を引きずっている。
「見てごらん」
エドガーは立ち上がり、布のかかった一枚の絵に手をかけた。




