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21. 失われたページ

エドガーとベルダが応接室に戻ると、みんなが流音を囲んで和やかに談笑していた。


「うまくやってる?」

エドガーが目で合図を送ると、流音は「大丈夫」と笑顔で頷いた。


エドガーはレタナトスにそっと耳打ちした。

「お父さん、今夜のうちに、どうしても話したいことがあります」


その硬い表情を見て、父は決然とした様子で頷いた。

「場所を変えよう」


父は立ち上がり、足を引きずりながら書斎へと向かい、エドガーとベルダがその後を追った。


書斎には重厚な木の香りが漂い、壁一面に古書が並んでいる。カーテンの隙間から差す月光が、机上の銀のインク壺と羽ペンを静かに照らしていた。


エドガーがすぐに口を開いた。

「書庫にある古い赤革表紙の本について、ご存知ですか」


「書庫の本のことは、すべて知っている」

「その中の三ページが切り取られていました」


「それも知っている。何が知りたいのだ」

「ぼくは、そこに書かれていた内容を知りたいのです」


「今でなければ、だめなのか」

「はい。緊急です」


「なぜそんなに急ぐのだ?」

「ルネが日本へ帰る前に、申し込みたいのです。だから、人間になる方法を知る必要があります」


父は一瞬沈黙し、深いため息を漏らした。

「ルネさんは、お前が人間にならなければ結婚しないと言っているのか」


「いいえ。そんなことは言っていません。彼女はぼくの気持ちさえ、まだ知らないはずです。ただ、ぼく自身が覚悟を持って申し込みたいのです。お父さん、ぼくが人間になれる方法は、本当にあるのですか」


「人間になる方法はある。あれは、実際になった者が書いた本だ」


「昔の者が人間になれたのに、今のすべての医学の知識を使って、どうしてなれないのでしょうか」

「それも、その本に書いてある」


「エドガー、お前が幼い頃から人間になりたいと願っていたことは知っていた。だから危険を感じて、あのページを隠しておいたのだ」

「どうしてですか」


エドガーの瞳には揺るぎない決意が宿っていた。その光を見た父は胸が詰まり、涙を堪えた。


「おまえは本当に、最高で、最低の息子だな」

「すみません」


「だが、あのページはもうない」

「どこに?」

「わしが燃やした。そういう時が来ることを予想して、この手で燃やした」


「どうして」

「おまえはわしの大事な息子だ。イギリスに行くことは許したが、おまえを失うわけにはいかない。いつかドルハースラフナ王国が再興した日、若い国王を支えて宰相になるのはおまえしかいないではないか」


「フィルモフ家はモルティマが継ぐことに、賛成してくれたではないですか」


「家のことではない。わしはドルハースラフナ王国のことを言っている。王国の再興が、わしの夢だ。それには、王太子を国王にするしか、道はない」

「それなら、彼に、学問を身につけさせなければならないでしょう」


「そんなことができるのなら、とっくにやっている。好きで、寝てばかりいると思っているのか」

レタナトスは力なく、息を吐いた。


「学校にやるわけにはいかないから、家庭教師はつけてみた。彼が逃げるか、あっちが恐れるかで、長くは続かなかった。王太子殿下が一番信頼しているのは、おまえだろう。もっとしばしば帰って来て、勉強を見てやってくれ」


「……でも」


「よくよく考えろ。もっと話したいのなら、次の満月の夜に、ひとりでここへ来なさい。さて、ルネさんが待っている。私は応接室へ戻る」


父は背を丸めて、また足を引きずりながら部屋を出ていった。



*


ベルダが髪をかき上げ、苛立ち混じりに言った。

「まあ、人生ってこういう皮肉なものよね。あなたが人間になりたいなんて思わなければ、すべてうまくいくのに」

「そうだな」


「どうして私はあなたを諦められないんだろう。さっさと諦めたらすべてうまくいくのに。私たちは名門の家柄だけど、親戚ではなくて、頭もよくて、見た目だって悪くないじゃない。理想的な組み合わせなのに、一緒になれない。その気になりさえすれば、幸せはすぐそこにあるのに」


「ぼくにも理由はわからない。何度も考えたけど答えが出ない。ベルダ、君は人生のことをよく知っているから、その理由を教えてほしい」


「……たぶん私たち、楽な人生じゃ満足できない面倒くさい性分なのよね。『寝ていたら問題はないのに、どうして起きて悩むのか』とか『難しいことは寝て待て』って吸血鬼はよく言うけど、私たちは棺桶の中で一年の半分を過ごすような生き方はできない。難しい生き方を選んでしまうのよ」


「……そうだな」

「そういうこと」

ベルダが肩をすくめて微笑んだ。


「さあ、応接室に戻りましょう。私たちがふたりきりだと、あの人が心配するわ」

「うん」


「エドガー、幼馴染にお別れのハグくらいしてくれてもいいでしょ。明日には私はミュンヘンに帰るのよ。もう二度と会えないかもしれないのよ。いや、そんなことはないかな」

「ん?」


「ルネさんに、プロポーズして、断られる可能性はあるの?」

「ある。付き合って間もないし」

「時間は関係ないわよ。長く付き合っても、だめならだめなんだから」


「ぼくがルネの怪我を治したこととか、今はコンサートの最中で、普通の状態ではないから頼りにしてくれているけど、落ち着いて現実が見えたら、断られる可能性は大きい」


「彼女のピアノの腕はどうなの?コンクールで優勝しそう?」

「ぼくが聴いた限りではうまいと思ったけど、音楽のことは知らないから、優勝できるかどうかは全くわからない。本人は一次が通っただけでも予想外で、二次は通過できるはずがなく、優勝は十三歳の天才少女だと言っている」


「マギー・カガでしょ。その評判は聞いているわ。二次に落ちたら、ルネさんは帰国するのでしょう」

「うん。そうなると思う」


「もしプロポーズを断られたら、私に連絡してもいいわよ。私、振られた人でも、バツイチでも、かまわないから」

「ベルダはもの好きだな」


「それは、お互いさまよ」

「ああ、まったくね」


ベルダが無理に笑みを作りながら、「グッドラック」とエドガーに抱きついた。


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