13. 第一次予選
書類選考でで選ばれた三十五人のうち、年齢順で上から三番目が二十一歳の流音、他はすべて十代だった。
第一次予選の実技演奏は滞りなく進行し、二日目の午後、通過者十名の名前が壁に掲示された。
流音はその中に自分の名前を見つけた時、一瞬ぽかんとしたが、次に笑い声と涙ににじみ、口を手で覆った。
奇跡が起きた!
流音は事務所に知らせるよりも先に、ロンドンのエドガーに電話をかけた。 彼は一昨日も昨夜も手術続きで、プラハには来られなかったのだ。
「エドガーさんの『鍵盤を叩くんじゃなくて、霧の粒を指先で撫でるように弾いて。強さより揺らぎを大切に』という言葉のおかげで、奇跡的に合格できました。本当にありがとうございます」
「それは、よかった。ぼくは通過できると思っていましたよ」
「でも、ここまでなんです」
「どうして?自信を持ってください」
「それが、恥ずかしいのですが……、内部の情報によると、審査内容では加賀マギーが98点でトップ通過、私は88点で十位、つまりギリギリだったそうです」
「そんなはずは……」
「でも、落ちると思っていたのに受かったんですから、奇跡です」
電話を終えた後、エドガーはチャットDCで確認してみた。
流音は確かに十位、最下位での通過だった。
なぜだろう。
タイムズ新聞には天才少女マギーへの賛辞が並び、流音については「古風な演奏」と一言だけ書かれていた。
またチャットDCに聞いてみる。
マギーの演奏は若々しいエネルギーに満ち、鮮烈で天才的な感性が光っており「大胆さと驚き」、「霧を裂いて光が差し込むような風景が見えた」と評されていた。時に身体全体を使って感情を表現する姿は、観客の視線を釘付けにし、彼女はすでに華やかな「時の人」だという。
一方、流音の演奏は、鍵盤の上を霧の粒が滑るように指先が撫で、音は淡く揺れて空気に溶けていく。その震えの奥には、小さな孤独に耐える物語が潜んでいたようなのだが、その繊細さは、華やかさや強烈な印象には届かない。マギーの「朝日に照らされた霧」とは、まるで異なる世界なのだという。
ヤナーチェクの「霧の中」が描こうとしたのは、そんな「朝日に照らされた霧」ではないはずだ、とエドガーは思う。作曲家がこのことを知ったら、怒り狂うことだろう。
エドガーはしばらく考えていたが、だんだんとわかってきた。このコンクールは、作曲家の心情を忠実に再現する場ではない。 独創的な解釈で観客を驚かせる演奏こそが評価されるのだ。
エドガーは、自分が不適切な助言をしてしまったのではないかと悔いた。
その夜、流音から再び電話があったが、その声は沈んでいた。
「明日は一日休みで、次は自由曲なんですけど」
「ショパンのワルツだったよね? あれは、ルネには合っているよ」
「それが」
声がさらに暗くなった。「マギーも同じ曲を選んでいたんです」
「アルバート・ホールで聴いたけど、あのワルツは素晴らしかった。自信を持って弾けばいいんだよ」
「そうですね。今日は一晩休んで、明日がんばります」
でも、彼女の声には力がなかった。
「何かあったの?」
「首の傷が痛むんです。治ったはずなのに、また炎症が広がっているみたいで」
「一次は手術に行けなかったけど、二次には必ず行く。そんな傷は、すぐに治してあげるよ」
「ありがとうございます」
咳き込む彼女の声は、まるで別人のように変わっていた。
「声が変だけど、喉は大丈夫かい?」
「大丈夫です。でも、疲れたので、休みます。では、おやすみなさい」
翌日、流音からの連絡は一切なかったし、エドガーの電話にも、テキストにも、返事がなかった。
どうしたのだろうか。
どこかに籠って、練習をしているのだろうか。 胸騒ぎを覚えながら、その深夜、エドガーは大きなトランクを両手に持って、プラハへ向かって飛んだ。




