⑥
朝の光が、石造りの窓から差し込んでいた。
悠真は、硬めのベッドの上で目を覚ました。
「……うわ、腰いてぇ……ベッド、もうちょいふかふかでもいいんじゃない?」
隣のベッドでは、陸翔がすでに起きていた。
髪を整えながら、窓の外をぼんやりと眺めている。
「おはよ。……てか、早くね?」
「寝返り打つたびに石にぶつかってる気がしてな。自然と起きた」
「わかる。背中がこっちに馴染んでないわ」
ふたりは簡単に身支度を整え、集会所の食堂へ向かった。
朝食は焼き餅と果物のスープ。昨日と同じメニューだが、空腹にはありがたい。
「今日、ギルド行くんだよな?」
「レイが言ってた。初依頼、軽めのやつからって。けどその前に落とし子用に武器のレンタルあるからそこによるって。」
「軽めって言っても、魔物出る可能性あるって言ってたからな」
「うん。だから、俺らも戦えるようにって。……スキル、まだ出てないけど」
「まあ、出る時は出るだろ。昨日の話だと、感情の揺れが鍵らしいし」
「じゃあ、俺がビビったら出るかもな」
「お前、ビビると声でかいからな。魔物より先に俺がびっくりする」
食後、ふたりは集会所を出て、街の中心へ向かった。
朝のサル=ヴァリドは活気に満ちていた。屋台の準備をする商人、魔法で掃除する店主、空を飛ぶ小型獣――すべてが異世界の日常だ。
「……なんか、慣れてきたな」
「まだ2日目だぞ」
「でも、昨日よりは“異世界にいる”って実感ある。空気の匂いとか、音とか、全部違うけど……悪くない」
ギルドの建物は、街の中央広場に面した場所にあった。
石と金属で造られた重厚な扉。上部には獣の紋章が刻まれている。
「ここか……ギルドって、もっと酒場っぽいの想像してた」
「それ、ゲームのやりすぎ」
ふたりが扉を押すと、中は広々としたホールになっていた。
受付には数人の職員が並び、冒険者らしき人々が依頼書を手に話し込んでいる。
「……いよいよだな」
「うん。初依頼。初戦闘かもだし、スキル……出るといいな」
悠真は深呼吸をして、受付へと歩き出した。
陸翔はその背中を見つめながら、静かに後を追った。
「おう、来たか。おはよーさん。」
「おはよー。レイ達早いんだね。」
「冒険者は朝早いんだよ。いい依頼が早い者勝ちだからな。お前らはまず、ギルドに登録だな。そこが登録窓口な。」
「猫耳美人…さすがギルドの受付…テンプレだ……初めてなんで登録お願いしまーす!」
「噂の転移者くん達ね。まだ字書けないだろうから私が書くからまず名前から教えて?」
「噂なんだ…昨日来たばっかなのに。蒼月悠真。20歳、彼女募集中なのでお姉さんの彼氏候補にも登録してください!」
「バカはほっといていいから。神原陸翔、オレも20歳」
「ふふっ、プラチナランクくらいになったら考えてあげるね。ポジションは…まだいいかな。来たばっかで何もわからない訳だしね…っと。これで登録完了よ。これがバッチね。ここに個人情報とか色々入ってるから無くさないようにね。無くすと再発行にお金かかるから。」
「終わったかー?依頼はこれ。街の北側にある"地の記憶"って古代遺跡の調査。低ランクだけど、最近魔物の目撃情報があってね。念のため、戦える人をつけてる」
悠真は依頼書を受け取りながら、隣の陸翔に目をやった。
彼は相変わらず冷静で、表情ひとつ変えない。
「遺跡って、なんか罠とかありそうだな」
「低層階にはほとんどないけど奥の方いけばあるぞ。今回は低層階だし、初心者向けってほどではないけど俺らがついてくし問題ない。レイ、ウンラン、ミナ、そしてお前ら。5人パーティだ」
レイが笑いながら肩を叩いてくる。
「初依頼だし、肩の力抜けよ。死ななきゃOKだ。あとあそこでお前らの武器借りるぞ。銃使えるか?」
「それ、フラグじゃね?日本じゃ銃なんて見たこともないよー。」
「言わないでおけ。ホントになりそうだ。」
「じゃあお前らは今回は銃は無しで。フレンドリーファイアはごめんだからな。とりあえずあんまここのやつ切れないけど刺せりゃいいだろ。ナイフと手甲だけつけときな。今日行くとこなら首とか狙われたらその手甲でガードすりゃ死にはしねーから。」
遺跡までは徒歩で30分ほど。街を出ると、砂地と岩場が広がっていた。
空には二つの月がまだ残っていて、昼なのにどこか幻想的な雰囲気が漂っている。
「ここが、“地の記憶”ってやつか……」
悠真はぽつりと呟いた。
ミナが隣で頷く。
「この世界の成り立ちは複雑。遺跡も、かつての祈りや戦いの痕跡が残ってるわ。だから、触れると何かが流れ込んでくることもあるの」
「うおっ、ミナさんの声初めて聞いた…インプリント……か」
「そう。スキルだけじゃない。場所にも記憶は宿るものよ」
遺跡の入り口は、半分崩れた石のアーチだった。
中は薄暗く、空気がひんやりしている。
足を踏み入れた瞬間、悠真は思わず息を呑んだ。
「……なんか、空気が違う」
壁には古代文字のような刻印が並び、ところどころに欠けた石像が立っていた。
人型のものもあれば、獣のようなものもある。どれも目がくり抜かれていて、不気味な静けさを放っている。
「そーいやこの遺跡、何のために造られたんだろうな」
レイが壁の模様を指でなぞりながら言った。
ミナが後ろから答える。
「記録によれば、祈りの場だったらしい。神に捧げる儀式のための空間。でも、神が去った後は……ただの“記憶の残骸”よ」
「神が去った?」
「話し過ぎたわ。行きましょう。」
悠真は足元に目をやった。
石畳の隙間から、細い根が伸びている。
自然が侵食しているはずなのに、どこか“生きている”ような気配があった。
「……ここ、誰かが見てる気がする」
「気のせいじゃないかもな。遺跡ってのは、記憶が染みついてる。インプリントが起きることもある」
陸翔がぼそりと呟いた。
その声には、いつも以上に張り詰めたものがあった。
通路の奥には、崩れかけた階段が続いていた。
壁には、手形のような跡がいくつも残っている。
それが“登った”ものなのか、“逃げた”ものなのかは、誰にもわからない。
崩れかけた壁画、ひび割れた石畳、薄暗い通路、絵に描いたようような遺跡の中で香りだけが違う。いやでも緊張感が高まり、みんな無言で慎重に進んでいく。
「待って、先に何かいる。」
「じゃあ、俺らは前衛。ウンラン、いつも通り片側の壁に寄せて地陣頼む」
「了解」
ウンランが地面に手をかざすと、足元の砂がわずかに震えた。
次の瞬間、前方に地面がせり上がり、厚みのある壁が出現する。
「発動まで1秒。人が立ってる場所には出せないし地面がを両手で触らなきゃだから、動きながらの展開は難しい。でも、タイミング合わせれば攻撃にも使える」
「すげぇ……」
悠真は思わず見入った。
その瞬間、奥から唸り声が響いた。
「来るぞ!」
レイが叫ぶと同時に、黒い影が飛び出してきた。
四足の魔物。岩と見間違えそうな鱗のような皮膚。目は赤く光っている。
レイが銃を発砲するが、当たらず剣に持ち替える。
ウンランが再び地陣を展開しようとしたが、魔物の突進が予想より早かった。
「早いっ!レイ!!」
「しゃー!」
悠真が叫びながら右手を振り抜く。細身の悠真からは想像出来ない威力に魔物が吹き飛ぶ。
「うおっ!すげーパンチだな。ロックハウンドか。砂漠から迷い込んで住み着いたな。」
「あざっす。けどあれけっこー重いからタイミング外すとこっちが持ってかれそう。」
「バレット・ダンス」
銃声と共にミナが呟く。すると明らかに外れていた銃弾が突如軌道を変えふらついてるロックハウンドを貫いた。それとほぼ同時にレイの放った銃弾が正面からロックハウンドの頭を捉えた。
「ふーっ、しんどかった。これは装備間違えたな。すばしっこいから銃も当たりづらいし、硬いから剣も通りにくい。なにより金になる部分が牙しかないのが辛い…」
「さっきの弾、なんか不自然に曲がらなかった?」
「悠真あれ見えるの?どんな動体視力よ….バレット・ダンス、跳弾を狙って作るスキルなの。」
「まぁ見えるよ。なぁ、陸翔?」
「あぁ、見えるよ。悠真ほどはっきり曲がった瞬間とかはわかんねーけどなんとなくならな。」
「さっきの咄嗟のパンチといい期待のホープだね。これでスキルが強力だったら手がつけられないね。あぁ、牙だけ解体しなきゃ。」
「悠真!」
「ウンラン!」
ウンランが解体の準備をしようと先ほどのロックハウンドに近づき、悠真が興味津々にしゃがみ込んだ瞬間、影からロックハウンドが飛び出す。
「うわっ!」
「……コード・コンコード」
彼の胸元が淡く光った。
白と黄が混ざった円環模様が、シャツの下から浮かび上がる。
「スキル模倣。地陣」
地面が震え、悠真とウンランをロックハウンドから遮るようにせり上がる壁が出現した。
だが、高さも低く、厚みも薄い。魔物の突進を完全には止められない。
「くそっ……!」
そこに悠真がとっさに横からウンランに飛び込み、魔物の突進を躱す。
壁の端にぶつかった魔物は、バランスを崩して転倒した。
「ナイス連携!」
レイが叫びながら剣を振るい、魔物の足を切り裂いた。
そしてミナが銃でトドメをさす。
戦闘は、数分で終わった。
「……陸翔、お前……」
ウンランが驚いたように言う。
「俺のスキル、使ったのか?」
「劣化版だけどな。短い時間だけ、視界内の仲間のスキルを模倣できる。コード・コンコードっていうらしい。」
「すげぇ……でも、なんで俺の?」
「ウンランのしか使えなかった。銃ないし、レイのスキルは知らないから使えないみたいだ」
「1人だと生きないけど集団戦闘だとかなりやばいスキルだな。サシでも近くに仲間いたらスキルを勘違いさせられるのがエグい。」
「それホントにそうだね。もしかしたら使ってくうちに、さらに縛り緩くなるかもだしあんま人に言わない方がいいよ。レコード機関に狙われてるかも。」
「レコード機関……スキルって、感情で発現するって言ってたよな。俺、あの瞬間……悠真が死ぬかもって思った。だから、出たんだと思う…」
悠真は黙っていた。
でも、胸の奥が少しだけ熱くなっていた。
「……ありがとな」
「借り1な。」
「オレもすぐスキル生えるもんね!」
みんなが笑った。
遺跡の奥には、まだ調査すべき場所が残っていた。
でも、今は――この一歩が、確かに踏み出された瞬間だった。




