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Beyond the Record  作者: しおん
『サル=ヴァリド』
6/29

砂漠を抜け、岩場を越え、遠くに街の輪郭が見え始めた頃だった。


 蒼月悠真は、背中に陸翔を背負いながら、額の汗をぬぐった。

 太陽は容赦なく照りつけ、靴の中には砂が入り込み、歩くたびにジャリジャリと音を立てる。

 それでも、前に進むしかなかった。


 先導するカリムたちは、獣の耳を揺らしながら、周囲の警戒を怠らない。

 悠真はその背中を見つめながら、ぼんやりと考えていた。


 ――俺、ほんとに異世界に来たんだな。


 空には、二つの月が浮かんでいた。

 一つは青白く、もう一つは赤く滲んでいる。

 どちらも、地球では見たことのない色だった。


 「……あれが、サル=ヴァリドか」


 カリムが指差した先には、巨大な城壁に囲まれた街が広がっていた。

 壁の上には耳の尖った兵士たちが見張りに立ち、門の前には獣のような姿の衛兵が並んでいる。


 悠真は思わず息を呑んだ。

 石と金属で造られた門は、まるで要塞のような威圧感を放っていた。

 彫刻には獣の紋章が刻まれ、風に揺れる旗には見たことのない文字が踊っている。


 その瞬間――


 「……サ……ル?」


 背中で、陸翔がぼそりと呟いた。


 「ん? 起きた? てかなんか言った?」


 悠真は立ち止まり、背中の陸翔を気にかける。

 陸翔は目を細め、街をの輪郭をじっと見つめた。

 その瞳に、一瞬だけ別の感情か見えたようだった。


 「動物のコスプレの中にいるから猿かと思ったわ……」


 「猿じゃねーし! てゆーかこの人たちもコスプレじゃなくてマジモンなんだよ! ここ異世界らしいよ! 異世界!」


 陸翔は眉をひそめた。

 「……は? 異世界? お前、頭打った?」


 「いや、俺も最初そう思ったけど、もう諦めた。空に月が二つあるし、ケモ耳の人が普通に喋ってるし、現実逃避してる場合じゃない」


 陸翔はしばらく黙っていたが、やがてぽつりと呟いた。


 「……マジかよ。明後日の案件結構報酬良かったのに…しかも明日の依頼も出来ねーじゃん。」


 「明日の依頼ってめちゃ犬いっぱい飼ってる吉本さんとこの散歩代行だろ?大型犬多いから何度やっても怖いからなー。」


 ふたりのやりとりに、カリムが振り返って笑った。

 「目覚めたか。よかった。転移直後は意識が混濁することがある。無理はするなよ」


 陸翔は悠真の背中からゆっくりと降りた。

 まだ足元はふらついていたが、目には少しずつ力が戻ってきていた。


 「……転移って、つまり俺ら、異世界に召喚されたってこと?」


 「召喚というより、落ちてきた、だな。空から星と共に降ってくる。それが転移者の特徴だ」


 陸翔は空を見上げた。

 二つの月が、静かに浮かんでいる。


 「……夢じゃないんだな」


 悠真は頷いた。

 「うん。でも、悪くないだろ? 俺たち、ここで“飛ぶ”んだよ」


 陸翔は少し考えてから、苦笑した。

 「……飛ぶ前に、まず飯食わせてくれ。背負われてる間、腹減りすぎて死にそうだった」


 悠真は笑いながら、肩をすくめた。

 「それは俺も同じ。てか、異世界って飯うまいのかな。虫とか出てきたら泣くぞ」


 「お前、泣くどころか逃げるだろ」


 ふたりの軽口に、カリムが笑いながら言った。


 「サル=ヴァリドには多種多様な料理がある。人間向けの食堂もあるから安心しろ」


 「マジか!それ、最高!」


 街の門に近づくにつれ、悠真と陸翔はそのスケールに圧倒されていく。

 門は金属と石でできており、彫刻には獣の紋章が刻まれていた。

 衛兵たちはカリムに敬礼し、悠真たちをじっと見つめる。


 「転移者だ。保護対象として街に入れる。記録と検査は後でだ」


 カリムの一言で門が開き、異世界の街がその姿を現す。


 中は活気に満ちていた。

 露店では見たこともない果物が並び、空には小型の飛行獣や妖精が舞っている。

 ケモ耳の子供たちに人間の子供たち混じってが走り回り、笑い声が響く。


 石畳の道には、異なる種族の人々が行き交っていた。

 人間、獣の耳を持つ者、角を生やした者、――

 それぞれが違うのに、街の中では自然に混ざり合っていた。


 陸翔は目を細めた。

 「……これ、夢じゃないんだな」


 悠真は頷いた。

 「うん。エルフとかいないのかな?エルフって言ったらかわいいの定番だよね?でも、悪くないだろ? 俺たち、ここで“飛ぶ”んだよ」


 陸翔は少し黙ってから、ぽつりと呟いた。


 「……飛ぶ、か」


 その言葉に、悠真は笑った。

 「そう。飛び方を思い出すんだよ。」


 陸翔は苦笑した。

 「……そのセリフ、どっかで聞いた気がする」


 「俺らが高校辞めて何でも屋を継いですぐの頃、誰かに言われたじゃん。ガキのくせに小さくまとまりやがって。大人の仲間入りしたら飛び方も一緒に忘れたのかよって。あれ誰だったかな…ぜんぜん思い出せねーや。」



「あの時は自分らのことでいっぱいいっぱいだったからな。」


 ふたりは笑い合いながら、街の中へと足を踏み入れた。


 街の空気や雰囲気が、異世界での新たな生活や冒険を予感させた。


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