②
「ははっ、マジで異世界なんだな……。」
砂の熱がじわじわと体に染みてくる。
現実味がないのに、肌の感覚だけはやけにリアルだった。
風に混じる砂粒が頬を打ち、唇の隙間に入り込む。じゃりっとした感触が歯に触れる。
「お前、名前は?」
目の前の男――銀髪のケモ耳青年が問いかける。
悠真は少し戸惑ってから答えた。
「……蒼月悠真。日本の、天渡市ってとこから来た」
「天渡市か。聞いたことはないが、転移者の出身地はいつもバラバラだからな」
青年は頷き、手を差し伸べる。
「俺はカリム。サル=ヴァリドの警備隊長だ。お前みたいな転移者は、保護対象になってる。街まで案内する」
悠真はその手を見つめた。
異世界の住人。ケモ耳。銀髪。
全部が現実離れしているのに、手のひらだけは人間と変わらなかった。
「……サンキュ!肉球はないんだね!」
思わず冗談が口をついた。
カリムは怪訝そうに眉を寄せたが、すぐに小さく笑う。
「ある種族もいるが、もう少し動物に近い姿をしているな」
悠真がその手を握ると、カリムは軽く引き上げてくれた。
その力は優しく、しかし芯が通っていて、揺らがない。
「街まで少し距離がある。歩けるか?」
「うん。……あ、でも俺の友達も一緒に来たんだ。陸翔ってやつ。見なかった?」
カリムは眉をひそめる。
「転移者は、落ちる場所がバラバラなことが多い。お前と同時に来たなら、近くにいる可能性はある。探してみよう」
悠真は頷いた。
「……あいつ、冷静で頭いいけど、意外と無茶するからさ。俺が見つけないと」
カリムは仲間に目配せをした。
すぐさま四人ほどのケモ耳の男女が動き出す。
獣のようにしなやかな足取りで砂丘を駆け抜け、視界から消えていく。
残ったのは、カリムと悠真、そしてもうひとり。
栗毛色の耳を持つ少女がいた。年は悠真と変わらないくらいに見える。
小柄だが腰には二本の短剣を下げ、視線は鋭く油断がない。
彼女は無言で悠真を見て、鼻をひくつかせた。
「……人間の匂い。珍しい」
「え、匂いでわかるの?」
驚く悠真に、少女は鼻先をくん、と動かしてうなずいた。
「汗と砂と……鉄。……怖がってる匂いも」
「う……」
図星を突かれて、悠真は言葉に詰まった。
カリムが小さく咳払いして少女を制した。
「リィナ、からかうな。転移者は混乱してるんだ」
「……別に」
リィナと呼ばれた少女は肩をすくめたが、口元に小さな笑みが浮かんでいた。
悠真はその場に座り込み、空を見上げた。
青すぎる空。雲ひとつない。
その青の向こうに、自分のいた世界はあるのだろうか。
「……飛ぶ、か……」
ぽつりと呟いた言葉に、カリムが反応する。
「飛ぶ?」
「いや……なんでもない。昔、そんなこと言ってたやつがいてさ。
“飛び方を思い出せ”って。意味わかんなかったけど、今ならちょっとだけ……わかる気がする」
カリムは目を細め、少しだけ口角を上げた。
「なら、お前はもう飛び始めてるのかもな」
悠真は苦笑した。
「いやいや、俺まだチュートリアル終わってないから。飛ぶどころか、地面にめり込んでたし」
リィナが小さく吹き出した。
「変な奴」
ふたりは笑い合った。
その笑いは、砂漠の風に乗って遠くまで届いた。
――その時。
「いたぞー! もうひとり、こっちだ!」
砂丘の向こうから声が響いた。
悠真は顔を上げ、思わず駆け出す。
現れたのは、カリムの仲間に背負われたひとりの少年。
見慣れた顔。見慣れた髪。
「陸翔……!」
悠真は砂を蹴って走り寄り、その姿を確かめた。
陸翔は意識を失っていたが、顔に傷はなく、胸は規則正しく上下している。
「よかった……生きてる……」
安堵と同時に、胸の奥に熱いものが込み上げる。
こみ上げる涙を慌てて拭いながら、悠真は陸翔の手を握った。
「お前、ひとりで行くなよ……。置いてかれたら困るんだからさ」
カリムはその様子を見守りながら、静かに頷いた。
「街に戻ろう。詳しい話は、そこで聞かせてもらう」
仲間たちは陸翔を慎重に担ぎ直し、列を組んで歩き出す。
砂漠の地平線に、灰色の城壁が少しずつ大きくなっていく。
悠真は最後にもう一度空を見上げた。
青く、どこまでも広がる空。
その空には、太陽だけでなく――二つの月が浮かんでいた。
昼間だというのに、白銀の円が二つ、静かに光を放っている。
「……なんか、とんでもないとこに来ちゃったな……」
握った陸翔の手を強く握り直す。
「……でも、陸翔。オレらならやれるよな」
その言葉は、熱風に攫われ、砂と共に空へと消えていった。




