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Beyond the Record  作者: しおん
『サル=ヴァリド』
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「ははっ、マジで異世界なんだな……。」


砂の熱がじわじわと体に染みてくる。

現実味がないのに、肌の感覚だけはやけにリアルだった。

風に混じる砂粒が頬を打ち、唇の隙間に入り込む。じゃりっとした感触が歯に触れる。


「お前、名前は?」


目の前の男――銀髪のケモ耳青年が問いかける。

悠真は少し戸惑ってから答えた。


「……蒼月悠真。日本の、天渡市ってとこから来た」


「天渡市か。聞いたことはないが、転移者の出身地はいつもバラバラだからな」

青年は頷き、手を差し伸べる。


「俺はカリム。サル=ヴァリドの警備隊長だ。お前みたいな転移者は、保護対象になってる。街まで案内する」


悠真はその手を見つめた。

異世界の住人。ケモ耳。銀髪。

全部が現実離れしているのに、手のひらだけは人間と変わらなかった。


「……サンキュ!肉球はないんだね!」


思わず冗談が口をついた。

カリムは怪訝そうに眉を寄せたが、すぐに小さく笑う。


「ある種族もいるが、もう少し動物に近い姿をしているな」


悠真がその手を握ると、カリムは軽く引き上げてくれた。

その力は優しく、しかし芯が通っていて、揺らがない。


「街まで少し距離がある。歩けるか?」


「うん。……あ、でも俺の友達も一緒に来たんだ。陸翔ってやつ。見なかった?」


カリムは眉をひそめる。

「転移者は、落ちる場所がバラバラなことが多い。お前と同時に来たなら、近くにいる可能性はある。探してみよう」


悠真は頷いた。

「……あいつ、冷静で頭いいけど、意外と無茶するからさ。俺が見つけないと」


カリムは仲間に目配せをした。

すぐさま四人ほどのケモ耳の男女が動き出す。

獣のようにしなやかな足取りで砂丘を駆け抜け、視界から消えていく。


残ったのは、カリムと悠真、そしてもうひとり。

栗毛色の耳を持つ少女がいた。年は悠真と変わらないくらいに見える。

小柄だが腰には二本の短剣を下げ、視線は鋭く油断がない。


彼女は無言で悠真を見て、鼻をひくつかせた。

「……人間の匂い。珍しい」


「え、匂いでわかるの?」

驚く悠真に、少女は鼻先をくん、と動かしてうなずいた。


「汗と砂と……鉄。……怖がってる匂いも」


「う……」

図星を突かれて、悠真は言葉に詰まった。

カリムが小さく咳払いして少女を制した。


「リィナ、からかうな。転移者は混乱してるんだ」


「……別に」

リィナと呼ばれた少女は肩をすくめたが、口元に小さな笑みが浮かんでいた。


悠真はその場に座り込み、空を見上げた。

青すぎる空。雲ひとつない。

その青の向こうに、自分のいた世界はあるのだろうか。


「……飛ぶ、か……」


ぽつりと呟いた言葉に、カリムが反応する。

「飛ぶ?」


「いや……なんでもない。昔、そんなこと言ってたやつがいてさ。

“飛び方を思い出せ”って。意味わかんなかったけど、今ならちょっとだけ……わかる気がする」


カリムは目を細め、少しだけ口角を上げた。

「なら、お前はもう飛び始めてるのかもな」


悠真は苦笑した。

「いやいや、俺まだチュートリアル終わってないから。飛ぶどころか、地面にめり込んでたし」


リィナが小さく吹き出した。

「変な奴」


ふたりは笑い合った。

その笑いは、砂漠の風に乗って遠くまで届いた。


――その時。


「いたぞー! もうひとり、こっちだ!」


砂丘の向こうから声が響いた。

悠真は顔を上げ、思わず駆け出す。


現れたのは、カリムの仲間に背負われたひとりの少年。

見慣れた顔。見慣れた髪。


「陸翔……!」


悠真は砂を蹴って走り寄り、その姿を確かめた。

陸翔は意識を失っていたが、顔に傷はなく、胸は規則正しく上下している。


「よかった……生きてる……」


安堵と同時に、胸の奥に熱いものが込み上げる。

こみ上げる涙を慌てて拭いながら、悠真は陸翔の手を握った。


「お前、ひとりで行くなよ……。置いてかれたら困るんだからさ」


カリムはその様子を見守りながら、静かに頷いた。

「街に戻ろう。詳しい話は、そこで聞かせてもらう」


仲間たちは陸翔を慎重に担ぎ直し、列を組んで歩き出す。

砂漠の地平線に、灰色の城壁が少しずつ大きくなっていく。


悠真は最後にもう一度空を見上げた。

青く、どこまでも広がる空。

その空には、太陽だけでなく――二つの月が浮かんでいた。

昼間だというのに、白銀の円が二つ、静かに光を放っている。


「……なんか、とんでもないとこに来ちゃったな……」


握った陸翔の手を強く握り直す。

「……でも、陸翔。オレらならやれるよな」


その言葉は、熱風に攫われ、砂と共に空へと消えていった。

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