①
――落ちている。
蒼月悠真は、空を見ていた。
いや、正確には空に“落ちていた”。
上下の感覚が狂い、頭の中で血が逆流していくような錯覚に襲われる。
耳鳴りがして、視界はゆっくりと白に溶けていった。
風の音も、重力の感触も、指先から遠ざかっていく。
「……うわ、マジかよ。これ、夢じゃないよな……?」
息を吸ったつもりなのに、肺に入ってくるのは風の唸りだけ。
心臓の鼓動がやけに大きく響く。
最後に見たのは、星だった。
――ひとつの光。
夜空からまっすぐに落ちてくる流星。
それが自分に触れたような気がした。
恐怖よりも先に、胸の奥に熱が生まれる。
ワクワクしている自分に気づいた瞬間、悠真は笑いそうになった。
理由なんてなかった。ただ「何かが始まる」そんな直感があった。
そして――世界が反転した。
次に目を開けたとき、悠真は砂の上に倒れていた。
「……あっつ……!」
肌に触れる砂は熱く、まるでフライパンの上に寝かされているかのようだった。
空気は乾き、喉が焼けつく。
立ち上がって辺りを見渡すと、そこは無限に広がる砂丘。
空は青すぎて、絵の具をぶちまけたように不自然なほど鮮やかだった。
陽光は容赦なく突き刺さり、目を細めていないと頭が割れそうだ。
「……ここ、どこ……? 天国? いや、こんな砂漠が天国なんて認めない。天国なら可愛い天使がいっぱいいるはず……」
服装は見慣れたジャージのままだった。
ポケットを探るとスマホがあったが、画面はヒビだらけで電源も入らない。
「うわ、マジか……。修理屋あるかな?日本じゃないなら電波もねえか。てか、さっきまで陸翔と一緒にいたはず……あいつは?」
辺りを見渡す。
だが、あるのは砂、砂、また砂。
「おーい! 陸翔ー!」
声を張り上げるも、返ってくるのは風の音だけ。
人の気配も、建物の影も、何もなかった。
「ったく……。あのヤロー、こんな時にどこ行ったんだよ……。いや、オレも同じく迷子か……」
乾いた笑いをこぼしながら、悠真は歩き出した。
しばらくすると、遠くの地平線に灰色の輪郭が浮かんでいるのに気づく。
「……あれ、城壁か? 街っぽいな……。まさか砂漠に城壁の街? 日本じゃありえねぇ。……行くしかないか」
一歩を踏み出した瞬間――。
地面がわずかに揺れた。
――グゥゥゥゥ……。
地鳴りのような唸り声が大気を震わせる。
振り返った悠真の目に、砂丘の向こうから現れる“影”が映った。
「……うそだろ……」
砂を割って姿を現したのは、三メートルを超える巨体。
岩のような鱗を纏い、赤い双眸を光らせる四足の獣。
大地を踏みしめるたびに砂が跳ね、地面が微かに震えた。
「クソッ、モンハンかよ!なにボロスだよ……!!」
悠真は本能的に後ずさる。
だが、獣の視線はすでに彼を捕えていた。
「待て待て待て! 俺、まだチュートリアル終わってないから! 武器もないし!」
叫ぶ間もなく、獣が砂を蹴って突進してきた。
巨体に似合わぬ速度。
悠真は転がるようにして必死で逃げる。
「うわっ、近ぇっ!危ねぇ!マジで死ぬって!うおっ!誰か、助けてぇぇぇ!!」
何故かモンスターの攻撃をなんとか躱し続ける悠真。その悲鳴に――答える声があった。
「伏せろッ!!」
鋭く空を裂く声。
反射的に地面に身を投げ出した瞬間、悠真の頭上を何かが掠めた。
ズガァンッ――!
轟音とともに、獣の頭部に巨大な槍が突き刺さる。
悲鳴を上げた獣は砂を巻き上げながらのたうち、やがて動かなくなった。
悠真は砂をかぶりながら顔を上げた。
そこにいたのは、数人の男女だった。
異様な装束に身を包み、腰には長剣や槍、背には弓を背負っている。
何より目を引いたのは、耳。
狼や狐を思わせる獣の耳が頭に生えていた。
中には銀色の髪を風に揺らす者もいる。
「……ケモ耳……レイヤーさん…?いや、動いてる…本物?」
言葉にならない声が漏れる。
その中のひとり、背の高い男が悠真に歩み寄ってきた。
鋭い眼光だが、動作は落ち着いていて無駄がない。
「おい、大丈夫か。ケガは?」
差し出された手。
悠真は呆然と頷きながら、その手を取った。
「……あ、あんたら……誰……?」
男は口元だけで笑った。
「俺たちはサル=ヴァリドの民だ。……お前、転移者だろ?」
「てん……い?」
「そうだ。星と共に落ちてくる者のことを、俺たちはそう呼ぶ。……つまりだ、ここはお前の世界じゃない。お前達で言うところの――異世界だ」
その言葉に、悠真はようやく現実を理解した。
空も、砂も、獣も、すべては夢ではなかった。
けれど確かに“今”ここで起きている現実だった。
悠真は膝から力が抜け、砂の上にしゃがみ込む。
熱風を吸い込みながら、乾いた笑いを漏らした。
「……ははっ。マジで異世界なんだな……」
男は少しだけ笑って、悠真の肩を叩いた。
「ようこそ、転移者。……セラフィ=ノートへ」




