21.
砂丘に夜風が吹いていた。
グラディル=バロスとの連戦を終えた一行は、砂の上に腰を下ろし、それぞれのやり方で疲労を癒していた。
悠真は拳を見つめながら、手甲の内側を指でなぞっている。ミナは銃の整備をしながら「赤字だ……」とぼやき、レイは地図を広げて魔力の流れを確認していた。ウンランは静かに目を閉じ、周囲の魔力の揺らぎを探っている。
陸翔は少し離れた場所で、拳を握ったまま黙っていた。
その背中を、カリムがじっと見つめていた。
彼の動きは洗練されていた。
踏み込みの角度、重心の置き方、間合いの読み。どれも一流のそれだった。
だが、攻めるべき瞬間に、彼は止まった。合わせられる場面で、わずかに一歩引いた。
それは未熟さではなかった。むしろ、経験がある者だからこそできる“引き方”だった。
「……少し歩こうか」
カリムの声に、陸翔はわずかに顔を上げる。
何も言わず、ただ頷いた。
二人は砂丘の縁を歩く。
風が砂を巻き上げ、遠くで夜鳥が鳴いた。月は雲に隠れ、空は静かに沈んでいた。
足元の砂が、わずかに音を立てる。誰もいない夜の砂漠は、静かすぎて、逆に言葉が重くなる。
しばらく沈黙が続いた後、カリムがぽつりと言った。
「陸翔、単刀直入に聞こうか。お前はよく鍛えられてる。……だが、手加減してるだろう?踏み込まない時がある。攻められるのに、止まる。合わせられるのに、一歩引く。そして誤魔化すようにスキルを模倣する。」
陸翔は答えない。
ただ、拳を握り直す。
「迷ってるのか? それとも……何かを隠してるのか」
風が吹き抜ける。
陸翔の髪が揺れ、目が夜空を見上げる。
「……別に」
その一言だけが返ってきた。
カリムは目を細めた。
「昔、似たような奴がいた。経歴は普通なのに、動きは完璧だった。間合いも、反応も。だが、踏み込まなかった。まるで……体が覚えていて、頭が拒んでるような違和感だった。もどかしかっただろうな。やれる事をやれないのは。」
陸翔は何も言わない。
でも、その沈黙が“否定ではない”ことを、カリムは感じ取った。
「そいつは……“人として生きたい”と言っていた。だから、自分のことを隠していた。何度かチームとして組んだことがあったが全ては聞けなかったが。」
陸翔の目が、わずかに揺れる。
「……お前も、そうなのか?」
陸翔は拳を開いたまま、しばらく黙っていた。
その掌に刻まれた古い傷跡が、月明かりに浮かび上がる。
風が吹き抜ける中、彼はぽつりと呟いた。
「……ここじゃ見えちまうから」
カリムが眉をひそめる間もなく、陸翔は仲間たちとは逆の方角へと歩き出した。
砂丘の影へ、誰もいない静かな場所へ。
カリムは一瞬だけ迷ったが、すぐに後を追う。
その時、空気がわずかにざらついた。
魔力の流れが、微かに乱れている。
「ちょうどいいのがいるな」
陸翔がグロックを構え、腰のナイフを抜いた。
カリムが気づいていない“何か”を陸翔が察知して、砂に向けて発砲した。
乾いた音が夜に響く。
砂が爆ぜ、巨大な蛇型のモンスターが姿を現す。
全長9メートル、鱗は岩のように硬く、目は月光を反射して光っていた。
蛇が陸翔に向かって跳ねる。
だが、陸翔はあっさりと回避。
無駄な動きは一切ない。
カリムが助けに入ろうとした瞬間、陸翔が手を伸ばして止める。
「……見たいんだろ?」
その声に、カリムは言葉を失った。
陸翔は蛇の側面に滑り込む。
ナイフが閃き、硬い鱗の隙間を裂く。
蛇が咆哮を上げるが、陸翔は迷わず目を狙う。
ナイフが眼球に突き刺さり、深く沈む。
陸翔はすぐに距離を取る。
蛇が暴れる。
だが、彼は冷静だった。
グロックを構える。
3発。
全ての銃弾がナイフの柄に命中し、さらに押し込む。
蛇がのたうつ。
陸翔は一気に踏み込む。
ナイフの柄を蹴り上げる。
刃が脳まで到達した瞬間、蛇の動きが止まった。
砂が静かになる。
風が戻る。
カリムは、何も言えなかった。
ただ、陸翔の背中を見つめていた。
「我々が何者であるかを表すのは能力ではない、どんな選択をするかだってハリーポッターでも言ってたしな。どうだった?ずっとちゃんと動いてねーから鈍ってたわ。」
陸翔は蛇の死骸を一瞥すると、ポケットを探り始めた。
ジャケットの内側、腰のポーチ、背中のベルト――どこにもない。
「……あれ、タバコ……」
しばらく探して、ふと手を止める。
そして、ぽつりと呟いた。
「……そーいや、今は吸ってねーんだった」
風が吹く。
砂が静かに舞う。
カリムは何も言わず、少し離れた場所で立っていた。
陸翔はその背中に向かって、ぽつぽつと話し始める。
「俺さ……スキルで転生したんだ。前世、冒険者だった。そこそこやれてたけど、スキルはずっと発現しなくてさ。結局、死ぬ直前にやっと出た」
カリムは振り返らない。
ただ、風の音に紛れて、陸翔の声を聞いていた。
「笑えるよな。死ぬ寸前に“生き延びる力”が出るなんて。……でも、もういいんだ。アンタが気づいてくれたおかげで、少しだけ吹っ切れた。」
陸翔は空を見上げる。
月が雲の隙間から顔を出していた。
「この命が軽い世界で、このままじゃ良くねーよな。出来ることやらねーで誰かが死ぬ。……それが知ってる奴だったら目も当てられねーよな。だったら、俺はオレに出来ることするよ。」
カリムはゆっくりと振り返る。
その目に、何も言わずに“理解”が宿っていた。
陸翔は拳を握る。
今度は、迷いがなかった。
砂丘の夜は、静かだった。
でもその静けさの中で、確かに何かが変わった。
陸翔の拳が、過去を越えて“今”を選んだ。
そして、砂の下で眠っていた“何か”が、目を覚まそうとしていた。




