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Beyond the Record  作者: しおん
『サル=ヴァリド』
24/29

21.

砂丘に夜風が吹いていた。

グラディル=バロスとの連戦を終えた一行は、砂の上に腰を下ろし、それぞれのやり方で疲労を癒していた。

悠真は拳を見つめながら、手甲の内側を指でなぞっている。ミナは銃の整備をしながら「赤字だ……」とぼやき、レイは地図を広げて魔力の流れを確認していた。ウンランは静かに目を閉じ、周囲の魔力の揺らぎを探っている。


陸翔は少し離れた場所で、拳を握ったまま黙っていた。

その背中を、カリムがじっと見つめていた。


彼の動きは洗練されていた。

踏み込みの角度、重心の置き方、間合いの読み。どれも一流のそれだった。

だが、攻めるべき瞬間に、彼は止まった。合わせられる場面で、わずかに一歩引いた。

それは未熟さではなかった。むしろ、経験がある者だからこそできる“引き方”だった。




「……少し歩こうか」


カリムの声に、陸翔はわずかに顔を上げる。

何も言わず、ただ頷いた。


二人は砂丘の縁を歩く。

風が砂を巻き上げ、遠くで夜鳥が鳴いた。月は雲に隠れ、空は静かに沈んでいた。

足元の砂が、わずかに音を立てる。誰もいない夜の砂漠は、静かすぎて、逆に言葉が重くなる。


しばらく沈黙が続いた後、カリムがぽつりと言った。


「陸翔、単刀直入に聞こうか。お前はよく鍛えられてる。……だが、手加減してるだろう?踏み込まない時がある。攻められるのに、止まる。合わせられるのに、一歩引く。そして誤魔化すようにスキルを模倣する。」


陸翔は答えない。

ただ、拳を握り直す。


「迷ってるのか? それとも……何かを隠してるのか」


風が吹き抜ける。

陸翔の髪が揺れ、目が夜空を見上げる。


「……別に」


その一言だけが返ってきた。


カリムは目を細めた。


「昔、似たような奴がいた。経歴は普通なのに、動きは完璧だった。間合いも、反応も。だが、踏み込まなかった。まるで……体が覚えていて、頭が拒んでるような違和感だった。もどかしかっただろうな。やれる事をやれないのは。」


陸翔は何も言わない。

でも、その沈黙が“否定ではない”ことを、カリムは感じ取った。


「そいつは……“人として生きたい”と言っていた。だから、自分のことを隠していた。何度かチームとして組んだことがあったが全ては聞けなかったが。」


陸翔の目が、わずかに揺れる。


「……お前も、そうなのか?」


陸翔は拳を開いたまま、しばらく黙っていた。

その掌に刻まれた古い傷跡が、月明かりに浮かび上がる。

風が吹き抜ける中、彼はぽつりと呟いた。


「……ここじゃ見えちまうから」


カリムが眉をひそめる間もなく、陸翔は仲間たちとは逆の方角へと歩き出した。

砂丘の影へ、誰もいない静かな場所へ。


カリムは一瞬だけ迷ったが、すぐに後を追う。

その時、空気がわずかにざらついた。

魔力の流れが、微かに乱れている。


「ちょうどいいのがいるな」


陸翔がグロックを構え、腰のナイフを抜いた。

カリムが気づいていない“何か”を陸翔が察知して、砂に向けて発砲した。

乾いた音が夜に響く。

砂が爆ぜ、巨大な蛇型のモンスターが姿を現す。

全長9メートル、鱗は岩のように硬く、目は月光を反射して光っていた。


蛇が陸翔に向かって跳ねる。

だが、陸翔はあっさりと回避。

無駄な動きは一切ない。

カリムが助けに入ろうとした瞬間、陸翔が手を伸ばして止める。


「……見たいんだろ?」


その声に、カリムは言葉を失った。


陸翔は蛇の側面に滑り込む。

ナイフが閃き、硬い鱗の隙間を裂く。

蛇が咆哮を上げるが、陸翔は迷わず目を狙う。

ナイフが眼球に突き刺さり、深く沈む。


陸翔はすぐに距離を取る。

蛇が暴れる。

だが、彼は冷静だった。


グロックを構える。

3発。

全ての銃弾がナイフの柄に命中し、さらに押し込む。


蛇がのたうつ。

陸翔は一気に踏み込む。

ナイフの柄を蹴り上げる。

刃が脳まで到達した瞬間、蛇の動きが止まった。


砂が静かになる。

風が戻る。


カリムは、何も言えなかった。

ただ、陸翔の背中を見つめていた。


「我々が何者であるかを表すのは能力ではない、どんな選択をするかだってハリーポッターでも言ってたしな。どうだった?ずっとちゃんと動いてねーから鈍ってたわ。」


陸翔は蛇の死骸を一瞥すると、ポケットを探り始めた。

ジャケットの内側、腰のポーチ、背中のベルト――どこにもない。


「……あれ、タバコ……」


しばらく探して、ふと手を止める。

そして、ぽつりと呟いた。


「……そーいや、今は吸ってねーんだった」


風が吹く。

砂が静かに舞う。

カリムは何も言わず、少し離れた場所で立っていた。


陸翔はその背中に向かって、ぽつぽつと話し始める。


「俺さ……スキルで転生したんだ。前世、冒険者だった。そこそこやれてたけど、スキルはずっと発現しなくてさ。結局、死ぬ直前にやっと出た」


カリムは振り返らない。

ただ、風の音に紛れて、陸翔の声を聞いていた。


「笑えるよな。死ぬ寸前に“生き延びる力”が出るなんて。……でも、もういいんだ。アンタが気づいてくれたおかげで、少しだけ吹っ切れた。」


陸翔は空を見上げる。

月が雲の隙間から顔を出していた。


「この命が軽い世界で、このままじゃ良くねーよな。出来ることやらねーで誰かが死ぬ。……それが知ってる奴だったら目も当てられねーよな。だったら、俺はオレに出来ることするよ。」


カリムはゆっくりと振り返る。

その目に、何も言わずに“理解”が宿っていた。


陸翔は拳を握る。

今度は、迷いがなかった。



砂丘の夜は、静かだった。

でもその静けさの中で、確かに何かが変わった。

陸翔の拳が、過去を越えて“今”を選んだ。

そして、砂の下で眠っていた“何か”が、目を覚まそうとしていた。


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