18.
「そういやお前ら、いつまでレンタルの装備でやるんだ?」
レイがふと思い出したように、軽い調子で口を開いた。
街道沿いを歩く三人の足取りは軽快だったが、その言葉に悠真と陸翔は顔を見合わせる。
「……レンタル?」
「そうだよな。ギルドから借りてるの、もう結構長いぞ? 慣れる前に自分の装備持った方がいい。体に馴染むまで時間かかるんだからな」
「そうだよね」
悠真は額に手を当てる。思えば、今まで戦闘に出るたびに装備を返却し、また借り直すという繰り返しだった。
「一緒に依頼こなして、お金も少し貯まってきたし……そろそろ自分の装備欲しいな! 陸翔はどう思う?」
陸翔は顎に手を当て、少し考え込む。
「そうだな。そろそろ“駆け出し”の装備くらいは買える額にはなったな。……でも、お前が見てた“鵺の皮のグローブ”はどうあがいたって買えねえぞ? あれは高すぎる。上の方のハンターか貴族の趣味装備だ」
「はは……わかってるって」
悠真は肩をすくめ、苦笑する。
「で、レイはいつもどこで買ってるんだ?」
「ここからそう遠くねえ。信頼できる店がある。紹介してやるよ」
ギルド通りを抜け、雑多な露店の並ぶ市場を横切る。
賑わう商人たちの声や、屋台の匂いが背後に遠ざかると、裏路地に入る。
石畳の路地は狭く、ひんやりとした空気が漂っていた。
進むごとに、鉄と火の匂いが強くなる。
やがて、小さな広場に出る。
そこに佇むのは煤けた看板の工房。
《ブレイナー工房》――その名が彫り込まれているが、文字の半分は煤に覆われ、読むのもやっとだ。
「ここか……」
悠真が小さく呟く。
重々しい雰囲気に気圧されるように喉が渇く。
レイは無言で扉を押し開けた。
軋む音とともに、内部から熱気が吹き出す。
中は薄暗く、壁際には大小さまざまな武具が整然と並んでいた。
槍や剣、銃火器や防具が、戦士の生と死を語るように存在感を放っている。
奥では赤い火が炉の中で揺れ、鉄を打つ乾いた音が響いていた。
「おいガルドさん、客連れてきたぞ」
レイが声を張ると、炉の影から巨体が動く。
やがて現れたのは、筋骨隆々の男だった。
煤で黒ずんだ顔。片目には古傷。
白髪混じりの髪を後ろに束ね、無骨な姿で立つその人こそ――
「……お前が連れてきたってことは、ただの冷やかしじゃねぇな」
ガルド・ブレイナー。
街で最も腕の立つ鍛冶屋であり、頑固者としても知られている。
「装備が欲しいんです。俺とこいつ、まだ自分の装備なくて」
悠真が率直に切り出す。
ガルドは鋭い眼で彼を見つめる。
「スキルは?」
悠真は背筋を伸ばして答えた。
「《ショックバンク》って言って、殴ったり銃の反動とかの衝撃を溜めて打撃に乗せるんです。反動が強い武器でもいけますけど、開放した時に関節に負担が来るんですよね」
「衝撃を溜める……ほぉ、面白ぇ」
ガルドの声に炉の火がぱちりと爆ぜた。
「なら手甲は必須だな。拳と手首を守らねぇと壊れる。……それと反動の強いハンドガンだ。M94ヴァルチャーが合う。重いが、お前のスキルなら扱える」
奥の棚から取り出されたのは、煤を浴びた鉄の手甲と、黒く鈍い光を放つハンドガンだった。
手甲は関節を包むように設計され、内側に衝撃を吸収する仕組みが組み込まれている。
悠真が腕に通すと、拳にぴたりと吸いつくように馴染んだ。
「……すげぇ。重さもちょうどいいし、関節も守られてる感じがする。それに、この色好きだわ!」
「見た目で選ぶな」
ガルドが低く唸る。
「命張る道具だ。気に入るのはいいが、勘違いすんな」
悠真は真剣な顔で頷いた。
「わかってます。……これで戦える気がします」
一方で陸翔は、黙って棚を眺めていた。
肘を組んだまま、静かに品を吟味している。
「お前はどうだ」
ガルドが声を投げる。
「俺は八極拳ベースにキックボクシング混ぜて戦ってます。肘と足をよく使う。だから、動きの邪魔になる装備は避けたい。銃は補助程度でいいです」
「なるほど……」
ガルドは目を細め、何度か頷いた。
「モンスターは皮膚が硬い。生身で打ち込めば、肘を先に痛める。……肘当ては軽くて硬い素材にしとけ。足元は鉄板入りのブーツで踏み込みと蹴りの威力を増す。銃は……グロックで十分だ。軽くて壊れにくい」
棚から取り出されたのは、古びてはいるが整備の行き届いた肘当て、鉄板入りの革ブーツ、そして黒光りするグロック17。
陸翔はそれらを手に取り、重量を確かめる。
スライドを引くと、澄んだ金属音が響いた。
「……悪くない」
「派手さは要らねぇ」
ガルドが不敵に笑う。
「壊れず、当たればいい。それだけだ」
「やっぱガルドさんだな」
後ろで腕を組んでいたレイが、感慨深げに言った。
「俺も昔、ここで初めての銃を選んだんだ。ガルドさんの目は確かだよ」
「ひよっこが一端の口を聞くようになったな」
ガルドは鼻を鳴らす。
「……で、買うのか? 命張るなら、道具にも覚悟を見せろ」
悠真と陸翔は、互いに目を合わせて頷いた。
「買います。これで、戦います」
ガルドは無言で帳簿を開き、金額を計算する。
数字を見て、悠真は思わず息を呑んだ。
「うわ、ギリギリ……」
「俺が少し補助してやる」
レイが笑いながら、財布から銀貨を差し出す。
「お前らが強くなりゃ、俺だって助かるんだからな」
「……ありがと」
悠真と陸翔は深く頭を下げた。
「これで終わりじゃねぇぞ」
装備を袋に詰めて渡しながら、ガルドは言った。
「物足りなくなったら、また来い。その時は、お前ららしい武器を作ってやる」
悠真は笑顔で答える。
「その時は、殴ったら出る銃考えてください!」
「くだらんこと言ってんじゃねぇ」
ガルドは片眉を吊り上げ、だが口元はわずかに笑んでいた。
「とにかく……死ぬなよ」
工房を出ると、夕暮れの街がオレンジに染まっていた。
新しい装備の袋は肩にずしりと重い。
けれど、その重みはただの鉄や革ではなく――覚悟そのものだった。
そして悠真はおもむろに銃を取り出してパンツに挟む。
「冷たっ。お腹壊す…」
「バカやってないでいくぞ。」
「陸翔だって1人なら絶対やってるだろー。よし……準備完了!」
悠真は握りしめた拳を見つめ、静かに息を吐いた。
陸翔が隣で頷く。
その瞳は、以前よりもずっと強い光を宿していた。
すっかりお馴染みになった夜のナイアデス広場は、昼間とは違った魅力に満ちていた。
噴水から流れる水が月明かりに照らされ、青白く光っている。屋台の灯りが石畳を暖かく染め、料理の匂いが夜風に乗って漂っていた。
「やっぱ夜の屋台って最高だよな」
悠真が焼き鳥を頬張りながら言う。ウンランたちと合流して、明日からの依頼の前にみんなで飯行くぞということになった。
「お前、さっきも食ってただろ」
陸翔が呆れたように言うが、自分も串焼きを手にしている。
「だって安いし、うまいし。こっちの料理、日本より味濃いけど慣れてきた。あ、ビール無くなった!次何飲もうかなー。」
「転移者はみんなそう言うよな。明日依頼だろうから飲みすぎるなよ?」
レイが苦笑いを浮かべる。
「最初は辛すぎるって文句言ってたくせに」
「慣れって怖いよね」
ミナがスープをすすりながら言う。
「でも悠真の場合、最初から何でも食べてたじゃない。あの時の〈タルマの焼き餅〉、めちゃくちゃ辛かったのに」
「そんな辛かった?全然普通だったよー!」
「こいつ辛いもの昔から全然平気だから。」
「陸翔オレと同じの食って腹壊してたもんねー。」
ウンランが地図を片手に言った。
「明日の調査、結構遠いんだよね。馬車で半日くらい」
「そうだな。今のうちにちゃんと食っておこう」
レイが真面目な顔で答える。
「現地で何が起こるかわからないし」
「でも灰牙の輪も一緒だろ?なんとかなるって」
悠真が楽観的に言うと、陸翔が首を振った。
「油断は禁物だ。カリムさんたちが一緒だからって、俺たちが何もしないでいいわけじゃない」
「そうそう。お前ら、まだ駆け出しなんだから」
ミナがからかうように言う。
「むしろ足手まといにならないようにしないと」
「ちょっと、ひどくない?俺たち結構やれるようになったと思うけど」
「確かにね。特に陸翔のスキル、最近すごく安定してきた」
ウンランが感心したように言った。
「最初の頃より全然違う」
陸翔は少し照れたように視線を逸らす。
「まだまだだ。お前らの足を引っ張らないよう、もっと練習しないと」
「真面目だなー」
悠真が笑う。
「でも、そういうとこ好きだぞ。安心して背中預けられる」
陸翔は何も言わなかったが、口元がわずかに緩んだ。
噴水の水音が心地よく響く中、仲間たちは他愛もない話を続けた。
装備の話、この街での生活、美味しい店の情報、くだらない冗談。
緊張の続く日々の中で、こうした穏やかな時間は貴重だった。
明日また危険な任務が待っているかもしれない。
でも今夜は、ただ仲間と過ごす時間を楽しもう。
「そういえば、リオは元気かな」
悠真がふと呟く。
「診療所、忙しそうだったし」
「あの子なら大丈夫よ」
ミナが答える。
「芯が強いから。でも、たまには様子見に行ってあげたら?」
「そうだな。明日帰ってきたら、顔出してみる」
夜風が吹き抜け、噴水の水が月光に踊る。
仲間たちの笑い声が、静かな広場に響いていた。




