17.
リオのお見舞いから一週間。
悠真と陸翔は、レイ達と共にいくつかの依頼をこなしながら、相変わらず街の片隅にある診療所へと足を運んでいた。
傷病者が途切れることのない小さな建物。
だが、このささやかな場所に、やがて街の流れを変えるかもしれない人物が視察に訪れる──そんな噂が、静かに彼らの耳へ届き始めていた。
診療所の空気は、いつも通り静かだった。
乾いた薬草の香りが鼻をつき、煎じ薬を煮るかすかな音が奥から聞こえる。
遠くで患者のうめき声が途切れ途切れに混じり、沈鬱な空気が漂っていた。
その静けさの中に、明らかに場違いな男が立っていた。
ヴァルド・グレイアム。
ギルドの医療監査官であり、領主の代理としてこの街の行政を担う人物。
白髪混じりの髪を後ろに撫でつけ、背筋を矯正器具でも入れているかのように伸ばして立つその姿は、まるで人の形をした彫像のようだった。
「……この診療所は、随分と手狭だな」
低い声が、壁のひび割れた漆喰に反響する。
ヴァルドは指を鳴らしながら、視線を床から天井まで巡らせていた。
その癖は考え込むとき、無意識に出るものらしい。
「設備も古い。人員も足りない。これで街の医療を担っているとは……くだらん」
冷たい言葉に、場の空気が一層沈む。
リオは無言で頭を下げた。顔色はまだ悪く、昨日の戦闘の反動が抜けていない。
その姿を見た悠真は、拳を強く握りしめる。
「ヴァルドさん。現場を、見てほしいんです」
「現場?」
「診療所の外。モンスターが出る場所です。リオたちが、どんな状況で命を守っているのか……見てもらいたい」
ヴァルドは訝しげに眉を寄せた。
「くだらん。私が行く意味があるのか?」
「あります。ヒーラーや、それに準ずるスキルがどれだけ必要か……実際に目にすればわかるはずです」
そこに陸翔が口を挟んだ。
「ちょうど外で怪我人が出てるんだ。診療所の対応力を見てもらうって名目なら、いい口実になるだろ?」
しばらく沈黙。やがてヴァルドは、再び指を鳴らし、低く言った。
「……くだらん。だが、見ておく価値はあるかもしれん」
⸻
馬車は町の外れを進んでいた。
夕陽が傾き、砂漠地帯の影が長く伸びている。乾いた風が頬を刺し、遠くで砂煙が上がるのが見えた。
そこはギルドの監視範囲ギリギリの場所。悠真たちは、レイたちと合流するためにその場所を選んでいた。
「おい……なんであの人連れてきてんだ?」
馬車から降りたレイがヴァルドを見て、露骨に眉をひそめた。
「ちょっと事情があって……」
悠真が口ごもると、ウンランが顔を見て叫んだ。
「えっ……あの人って、ギルドの医療監査官じゃない!? やばくない!? 勝手に連れ出したら、ギルドから罰則くるよ!」
「でも、今さら戻せないし……」
「いや、戻すべきではあるけど……」
そんな騒ぎをよそに、ヴァルドは淡々と周囲を見渡していた。
「くだらんことで騒ぐな。怪我人とヒーラーはどこにいる? 早く見せろ。癒す者が必要だという“現場”を」
その冷静さに、ウンランはさらに顔を引き攣らせた。
「……もしかして嘘ついて連れてきた……?」
「オレじゃなくて陸翔がねー」
悠真が苦笑いを浮かべる。
と、その瞬間。地面が震えた。
――グゥゥゥゥ……
空気が張り詰める。砂煙が巻き上がり、砂の向こうから巨大な影が姿を現した。
四足の獣型モンスター。岩のような鱗に覆われ、赤く光る眼がぎらついている。鋭い牙を剥き出しにし、唸り声を上げた。
「ヴォルグレム!」
レイが銃を構える。
「アイツここのモブなの? 来たばっかの時に襲われて死ぬかと思ったんだけど……」
「もう少し離れたところにしかいないはず! 来るぞ!」
悠真の呟きは誰にも拾われず、戦闘の空気に飲まれていく。
レイが銃を構え、ミナが跳弾の軌道を計算。ウンランは地陣を展開し、悠真は拳を握りしめた。
⸻
戦闘は苛烈だった。
ヴォルグレムは素早く、獰猛で、岩の鱗が物理攻撃を弾く。町の近くに現れるような個体ではなかった。
「悠真、右から!」
「任せろ!」
悠真が拳を叩き込み、衝撃で鱗をひび割らせる。
レイが狙撃で削り、ミナの跳弾が視界を乱す。ウンランの地陣が足を取る。
連携は完璧に見えた――その瞬間。
モンスターが突進。砂を蹴り上げ、矢のように突き抜ける。
進路上にいたヴァルドが足を滑らせ、背中から砂地に倒れ込んだ。
「危ない!」
レイが咄嗟に庇う。
瞬間、鋭い爪が肩をかすめ、血が飛び散った。
「レイ!」
「大丈夫……かすっただけだ! ミナ!」
その声に応じ、ミナが銃を跳弾させ進路を塞ぐ。閃光のような銃弾が獣をけん制する。
悠真が叫んだ。
「見ろ! おれの新必殺技――ショックバンク!」
蹴りがヴォルグレムの脇腹に炸裂。鈍い音を立てて巨体が折れ曲がり、砂煙を上げて吹き飛んだ。
動かなくなったモンスターを見て、皆が一斉に息を吐いた。
「どーだっ! こっそり練習してたんだ」
「蹴りで!? 悠真やるじゃん。こんな短期間にスキルを使いこなし始めるなんて!」
「手でも足でも出せるようになったんだよね!」
驚きを隠せず声を荒げるミナに、悠真は得意げに笑う。
⸻
戦闘が終わり、重苦しい沈黙が訪れる。
ヴァルドは血に濡れたレイの肩を見て、目を細めた。
「……くだらん、とは言えんな」
指を鳴らし、しばし沈黙。
「癒す者がいなければ、守る者も倒れる。今の戦闘で、よくわかった」
その言葉に、誰もが息を呑んだ。
皮肉と共にしか語られないはずのその口から、認める言葉が出たのだから。
ウンランが地図を広げながら呟いた。
「でもヴォルグレムってこんな町の近くに現れるモンスターじゃないんだけどな……」
ミナが遠くを指差す。
「町と逆側、あっち……なんか、空気が違う」
悠真が眉をひそめる。
「……何かあるな」
ヴァルドは目を閉じ、しばし考え込む。そして再び指を鳴らした。
「調査を依頼しよう。ギルドの名で正式に。あの方向に、何があるのか――確かめてほしい」




