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Beyond the Record  作者: しおん
『サル=ヴァリド』
20/29

17.

リオのお見舞いから一週間。

悠真と陸翔は、レイ達と共にいくつかの依頼をこなしながら、相変わらず街の片隅にある診療所へと足を運んでいた。

傷病者が途切れることのない小さな建物。

だが、このささやかな場所に、やがて街の流れを変えるかもしれない人物が視察に訪れる──そんな噂が、静かに彼らの耳へ届き始めていた。


診療所の空気は、いつも通り静かだった。

乾いた薬草の香りが鼻をつき、煎じ薬を煮るかすかな音が奥から聞こえる。

遠くで患者のうめき声が途切れ途切れに混じり、沈鬱な空気が漂っていた。


その静けさの中に、明らかに場違いな男が立っていた。


ヴァルド・グレイアム。

ギルドの医療監査官であり、領主の代理としてこの街の行政を担う人物。

白髪混じりの髪を後ろに撫でつけ、背筋を矯正器具でも入れているかのように伸ばして立つその姿は、まるで人の形をした彫像のようだった。


「……この診療所は、随分と手狭だな」


低い声が、壁のひび割れた漆喰に反響する。

ヴァルドは指を鳴らしながら、視線を床から天井まで巡らせていた。

その癖は考え込むとき、無意識に出るものらしい。


「設備も古い。人員も足りない。これで街の医療を担っているとは……くだらん」


冷たい言葉に、場の空気が一層沈む。

リオは無言で頭を下げた。顔色はまだ悪く、昨日の戦闘の反動が抜けていない。

その姿を見た悠真は、拳を強く握りしめる。


「ヴァルドさん。現場を、見てほしいんです」


「現場?」


「診療所の外。モンスターが出る場所です。リオたちが、どんな状況で命を守っているのか……見てもらいたい」


ヴァルドは訝しげに眉を寄せた。


「くだらん。私が行く意味があるのか?」


「あります。ヒーラーや、それに準ずるスキルがどれだけ必要か……実際に目にすればわかるはずです」


そこに陸翔が口を挟んだ。


「ちょうど外で怪我人が出てるんだ。診療所の対応力を見てもらうって名目なら、いい口実になるだろ?」


しばらく沈黙。やがてヴァルドは、再び指を鳴らし、低く言った。


「……くだらん。だが、見ておく価値はあるかもしれん」



馬車は町の外れを進んでいた。

夕陽が傾き、砂漠地帯の影が長く伸びている。乾いた風が頬を刺し、遠くで砂煙が上がるのが見えた。

そこはギルドの監視範囲ギリギリの場所。悠真たちは、レイたちと合流するためにその場所を選んでいた。


「おい……なんであの人連れてきてんだ?」


馬車から降りたレイがヴァルドを見て、露骨に眉をひそめた。


「ちょっと事情があって……」


悠真が口ごもると、ウンランが顔を見て叫んだ。


「えっ……あの人って、ギルドの医療監査官じゃない!? やばくない!? 勝手に連れ出したら、ギルドから罰則くるよ!」


「でも、今さら戻せないし……」


「いや、戻すべきではあるけど……」


そんな騒ぎをよそに、ヴァルドは淡々と周囲を見渡していた。


「くだらんことで騒ぐな。怪我人とヒーラーはどこにいる? 早く見せろ。癒す者が必要だという“現場”を」


その冷静さに、ウンランはさらに顔を引き攣らせた。


「……もしかして嘘ついて連れてきた……?」


「オレじゃなくて陸翔がねー」

悠真が苦笑いを浮かべる。


と、その瞬間。地面が震えた。


――グゥゥゥゥ……


空気が張り詰める。砂煙が巻き上がり、砂の向こうから巨大な影が姿を現した。

四足の獣型モンスター。岩のような鱗に覆われ、赤く光る眼がぎらついている。鋭い牙を剥き出しにし、唸り声を上げた。


「ヴォルグレム!」


レイが銃を構える。


「アイツここのモブなの? 来たばっかの時に襲われて死ぬかと思ったんだけど……」


「もう少し離れたところにしかいないはず! 来るぞ!」


悠真の呟きは誰にも拾われず、戦闘の空気に飲まれていく。

レイが銃を構え、ミナが跳弾の軌道を計算。ウンランは地陣を展開し、悠真は拳を握りしめた。



戦闘は苛烈だった。

ヴォルグレムは素早く、獰猛で、岩の鱗が物理攻撃を弾く。町の近くに現れるような個体ではなかった。


「悠真、右から!」

「任せろ!」


悠真が拳を叩き込み、衝撃で鱗をひび割らせる。

レイが狙撃で削り、ミナの跳弾が視界を乱す。ウンランの地陣が足を取る。

連携は完璧に見えた――その瞬間。


モンスターが突進。砂を蹴り上げ、矢のように突き抜ける。

進路上にいたヴァルドが足を滑らせ、背中から砂地に倒れ込んだ。


「危ない!」


レイが咄嗟に庇う。

瞬間、鋭い爪が肩をかすめ、血が飛び散った。


「レイ!」


「大丈夫……かすっただけだ! ミナ!」


その声に応じ、ミナが銃を跳弾させ進路を塞ぐ。閃光のような銃弾が獣をけん制する。


悠真が叫んだ。


「見ろ! おれの新必殺技――ショックバンク!」


蹴りがヴォルグレムの脇腹に炸裂。鈍い音を立てて巨体が折れ曲がり、砂煙を上げて吹き飛んだ。


動かなくなったモンスターを見て、皆が一斉に息を吐いた。


「どーだっ! こっそり練習してたんだ」

「蹴りで!? 悠真やるじゃん。こんな短期間にスキルを使いこなし始めるなんて!」

「手でも足でも出せるようになったんだよね!」


驚きを隠せず声を荒げるミナに、悠真は得意げに笑う。



戦闘が終わり、重苦しい沈黙が訪れる。

ヴァルドは血に濡れたレイの肩を見て、目を細めた。


「……くだらん、とは言えんな」


指を鳴らし、しばし沈黙。


「癒す者がいなければ、守る者も倒れる。今の戦闘で、よくわかった」


その言葉に、誰もが息を呑んだ。

皮肉と共にしか語られないはずのその口から、認める言葉が出たのだから。


ウンランが地図を広げながら呟いた。


「でもヴォルグレムってこんな町の近くに現れるモンスターじゃないんだけどな……」


ミナが遠くを指差す。


「町と逆側、あっち……なんか、空気が違う」


悠真が眉をひそめる。


「……何かあるな」


ヴァルドは目を閉じ、しばし考え込む。そして再び指を鳴らした。


「調査を依頼しよう。ギルドの名で正式に。あの方向に、何があるのか――確かめてほしい」

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