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Beyond the Record  作者: しおん
プロローグ
2/2

プロローグ2

天渡市の朝は、静かに始まる。


 蒼月悠真は、事務所のソファで寝落ちしていた。

 毛布は半分落ちていて、スマホは顔の横に転がっている。

 神原陸翔は、黙ってコーヒーを淹れながら、その様子を見ていた。


 「起きろ。新しい依頼が入ってる」

 「ん……あと五分……」

 「うるせえよ、五分で何が変わる」

 「俺のやる気が変わる」

 「変わらないだろ」

 「変わるかもしれないだろ」


 陸翔はため息をつき、コーヒーを机に置いた。

 悠真はそれを見て、ようやく起き上がる。


 「……、ほんと冷たいよな、デレの部分、小学校に忘れてきただろ。永久氷土人間め」

 「うるせえ、悠真がぬるすぎるだけだ、オレがいなきゃ食うもんなくて干からびてるぞ」


今日の依頼は、庭の草むしりと物置の整理。

 依頼主は若い主婦だった。

 悠真は目を輝かせた。


 「奥さん、こんな暑い日なんで中入ってていいですよ。中で見ててください!オレの仕事頑張る姿に惚れさせてみせるんで!」

 主婦は一瞬きょとんとしたあと、笑って首を振った。

 「そうねー!草が伸びすぎて困ってるたから頑張り次第かもね〜」

「ですよねー。でも俺、草むしりの姿に惚れられるタイプなんで、気をつけてくださいね」

 「はいはい、期待してるわ」


 陸翔は黙って作業用手袋をはめながら、

 「……お前、仕事中くらい黙れ」

 とだけ言った。


 「陸翔、今日の依頼主、当たりだぞ」

 「……仕事に集中しろ」

 「いや、集中するけどさ。あの笑顔、反則だろ」

 「お前、笑顔に弱すぎる」

 「可愛いは正義だろ。俺の辞書に書いてある」


 ふたりは淡々と作業をこなす。

 悠真は手際はいいが、時々ふざける。

 陸翔は無言で作業を続け、悠真の暴走をさりげなく止める。


 「なあ、陸翔。お前ってさ、彼女とかいたことある?」

 「あるよ、お前も知ってるよ。同じクラスのミサ」

 「マジかよ!学校のアイドル!天罰だ!」


大した助走もなくすごい速さでドロップキックをするが、見慣れた陸翔はサラッとよける。

 

 「イタタッ、いつだよ?」

 「高校の時」

 「なんで別れた?」

 「……俺が冷めた」

 「うわ、ミサちゃんかわいそ!こんな冷血人間好きになるから。なんで俺じゃないんだよ!」

 「そう言うお前はどーなんだよ?」

 「…おれ?モテ過ぎて選べなかったんだよ!」

 「はい、チェリーの言い訳な」

 「もげろ」


陸翔は空を見上げた。雲ひとつない青に、じりじりと太陽が焼きついている。

 蝉の声が、どこか遠くで鳴いていた。

 「……暑いな」

 「いや〜、この暑いなか頑張ってるのポイント高いだろ。奥さん見てるかな?汗ってセクシーって言うし」

 「お前の汗はただの塩水だ。撒いても雑草は枯れない」

 「塩対応すぎるだろ……」


 悠真はしゃがみ込み、草を引き抜きながら主婦の視線をちらちら気にしていた。

 一方、陸翔は黙々と物置の扉を開け、棚の中の工具やガラクタを分類していく。


 「悠真、こっちの棚、ネジと釘が混ざってる。仕分け頼む」

 「え、俺、草むしり担当じゃ……」

 「惚れさせるんだろ?なら万能型でいけ」

 「くっ……!俺の魅力、草むしりだけじゃないってとこ、見せてやる!」


 悠真は立ち上がり、物置に向かって歩き出す。

 その背中に、主婦が笑いながら声をかけた。


 「頑張ってね〜、万能型くん!」

 「任せてください!蒼月悠真20歳今日もじゃんじゃんバリバリ仕事がんばります!」



 作業が終わると、主婦が冷たい麦茶を出してくれた。

 悠真は満面の笑みで受け取り、陸翔は軽く会釈した。


 帰り道、軽トラの中で悠真が言った。

 「なあ、俺ってさ、バカかな」

 「バカだ」

 「即答かよ」

 「でも、勘はいい」

 「……それ、褒めてる?」

 「事実を言っただけだ」


 ふたりは言葉少なに走る。

 沈黙が、心地よい。


 夜、再び展望台へ向かった。

 昨日と同じように、星が鮮明に見える。

 けれど、空気が少し違っていた。


 「なあ、陸翔。今日の空、なんか変じゃないか?」

 「……昨日より、星が近い気がする」

 「近いって、どういうことだよ」

 「わからない。でも、距離感がおかしい」


 悠真は空を見上げる。

 星が、じっと見返してくるような気がした。


 「なあ、陸翔。俺さ、祖父ちゃんに言われたことあるんだ」

 「何を」

 「“お前は、空を見てる時が一番まともだ”って」

 「……それ、褒めてるのか?」

 「たぶん。俺、地に足ついてないってよく言われてたし」

 「今もだろ」

 「お前、ほんと容赦ないな」


 ふたりは並んで星を見上げる。

 流れ星がひと筋、走った。


 そのあと、昨日と同じように、もうひとつの光が現れた。

 まっすぐに地上へ向かってくる。


 「……また、来たな」

 「陸翔、これってさ……」

 「わかってる。昨日と同じだ」


 光は、ふたりを見つけたかのように、ゆっくりと近づいてくる。


 「なあ、陸翔。俺たちに向かってきてない?」

 「……かもしれない」

 「俺、バカだけど、こういうのはわかるんだよな」

 「それが、お前の強みだろ」


 空が、静かに震えていた。

 星が、何かを告げようとしている。


 それは、日常の終わりを告げる“予兆”だった。

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