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Beyond the Record  作者: しおん
『サル=ヴァリド』
19/29

16.

ギルドでの報告は、思ったよりもあっさりと終わった。

受付の女性が淡々と記録を取り、リーダー役のレイが冷静に戦闘の経緯を説明していく。

魔物の異常性、使徒の存在、レコード機関の介入。――すべてが文字に落とされ、いずれはギルドの上層部へと回されることになる。


「報酬は後日。今回は特例で、全員に休養期間が与えられます。休養中も一日五百ゼルの給金がありますから、しばらくは安心してくださいね。」


受付嬢がそう告げると、仲間たちはそれぞれの部屋へ散っていった。

ひと段落ついた空気が流れる中、悠真はカウンター前に残り、受付嬢に声をかけた。


「リオの診療所って、ギルドの裏手の建物?」


「ええ。彼女はあそこに住み込みで働いています。今は医務室で休んでいるはずですよ。」


「そっか。ありがとう。」


軽く頭を下げ、悠真はギルドを後にした。



夕方の街は、少し涼しい風が吹き抜けていた。

その風に乗って、香ばしい匂いが悠真の鼻腔を刺激する。肉の焼ける匂い、甘辛いソース、香草とスパイスの混ざり合った独特の香り――屋台街は依頼帰りの冒険者たちで賑わい、笑い声と呼び込みの声が溢れていた。


「よし、リオへのお礼だな。屋台フルコンボでいくぞ!」


財布を握りしめた悠真は、片っ端から屋台を回り始めた。

串焼き、焼きそば、スパイス煮込み、甘辛団子、謎の肉まん――買えるだけ買って、袋がパンパンになるまで詰め込む。

腕がちぎれそうになった頃、背後から呆れた声が飛んできた。


「……お前、食い物ばっかじゃねえか」


振り返ると陸翔が立っていた。いつの間にか合流していたらしい。

悠真は袋を誇らしげに掲げる。


「だってリオ、戦闘中ずっと頑張ってたんだぞ?飯くらい豪華にいかないと!」


陸翔はため息をつきつつ、手に持っていた袋を差し出した。

中には小瓶と甘味が詰まっている。


「飲み物と甘いもんは俺が買っといた。回復系のハーブティーと、果実ゼリーと……なんかよくわからんが甘そうなやつ。」


「ナイス!さっすが陸翔、気が利く!」


悠真は笑顔を見せ、二人はそのまま診療所へ向かった。



診療所はギルドの裏手にある石造りの建物だった。

扉を開けると、薬草の青臭さと、乾いた血と薬液が混ざった独特の匂いが漂ってくる。

受付の女性が軽く会釈し、ふたりを奥の部屋へと案内した。


リオはベッドに横たわっていた。

顔色はまだ悪いが、瞳ははっきりしている。弱々しいながらも、意志を持つ光を宿していた。


「リオ、来たよー!お礼ってことで、屋台の飯てんこ盛り!」


悠真が袋を広げると、リオは目を丸くした。

色とりどりの料理の匂いが部屋に広がり、思わず口元が緩む。


「こ、こんなに……食べきれませんよ」


「いいのいいの!食べられる分だけで!残りは俺が責任持って処理するから!」


陸翔は苦笑しつつ、ゼリーとハーブティーを差し出す。


「こっちは俺から。回復にいいらしい。」


リオは小さく笑い、二人に礼を言った。

「ありがとうございます。ほんとに……嬉しいです。」


食事を囲みながら、部屋にはしばし穏やかな空気が流れた。

串焼きの香ばしさ、ゼリーの涼やかな甘さ、ハーブティーの苦み。

どれも、戦場では味わえない平和な時間を象徴していた。



ふと悠真が尋ねた。


「そういえばさ、リオって今ここに住んでるの?」


「はい。診療所にお世話になってます。部屋も借りてて……まあ、寝るだけですけど。」


「そっか。じゃあ、ギルドから給料出てるの?」


「いえ、診療所からです。ギルドとは契約していません。」


悠真は目を瞬かせた。

「え、じゃああの戦闘の時も……」


リオは笑みを浮かべて手を振る。

「いえいえ、あれは出ますよ。ギルドからの依頼ですから。……行ったのは、私の判断ですけど。」


陸翔が眉をひそめ、低い声で切り込んだ。

「……スティグマ・ヴェールの反動、あれって……」


リオはわずかに目を伏せた。

「限界まで使うと、体がふらつくんです。初日に陸翔さんを癒した時も……陸翔さんの怪我じゃなくて、日頃の反動のせいで。」


悠真は思わず固まった。

「あの時のふらつきって……陸翔の怪我治したからじゃなくて……?」


「はい。常に、あのくらいの負荷がかかっています。」


部屋の空気が少し重くなる。

リオの笑みは淡く、それを無理に支えるように見えた。




「オーナーは、それを知っててやらせてるのか?」

陸翔の声は鋭かった。


リオは小さく首を振る。

「ここは、全然まともな方なんです。ただギルドから近いのと、真っ当にやってるから怪我した患者さんが多いだけで……。他の診療所はもっと酷いんですよ。法外な金額でオーナーだけが肥えて、働いてる人は酷使されてボロボロ。お金持ちに雇われたら、癒す相手すら選べず、スキルを使うタイミングまで縛られて……飼い殺しです。」


悠真は拳を握りしめた。

「……なるほどね。なんかムカついてきたわ。」


リオは驚いたように彼を見る。

その目は真っ直ぐで、炎のように揺らぎながらも確かな光を宿していた。


「リオはそれでいいの? 他がまともなら、もっと負担も減って、もっと多くの人が癒しの恩恵を受けられるはずじゃん。」


陸翔は黙ったままだった。だが、その拳も、静かに握り込まれていた。


リオは小さく息をつき、視線を伏せた。

「でも……ここでなら、自分の意思で癒せるんです。誰かのために、ちゃんと使える。それだけで、十分なんです。」


その横顔は強くもあり、同時に脆さを含んでいた。

悠真は胸の奥が痛くなった。


「……それでも、俺は納得できねぇ」


リオは目を見開いた。


「ちょっとしか一緒にいないけど、リオの決意は感じた。すげぇって思ったし、俺にはないその感覚に尊敬した。だからこそ守りたいんだ。……なんか許せねぇ!」


言葉は不器用だった。けれど、そこに偽りはひとつもなかった。


陸翔が隣で、静かに頷いた。

「……次は、俺たちが動く番だな。」

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