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Beyond the Record  作者: しおん
『サル=ヴァリド』
18/29

15

魔物が塵となり、静寂が戻った瞬間――張りつめていた糸がぷつりと切れた。

最後まで気を張り続けていた悠真の視界も、暗闇へと沈んでいった。


――次に目を覚ました時。


空は淡く白み始め、夜の帳を押し退けるように東から光が差していた。

地面はまだ夜露で冷たく湿っており、霧が薄く漂っている。空気は異様なほど静かで、あれほど荒れていた戦場の名残が、まるで夢だったかのように感じられた。


周囲には仲間たちが横たわっていた。


仲間たちは横たわっていた。ミナ、ウンラン、レイ、そしてリオ。

全員、生きている――ただそれだけで胸が震える。


少し離れた場所には、陸翔と黒いスーツの男――カイの姿があった。

陸翔が何事かを語りかけているが、カイは煙草を咥え、灰色の煙を空へと流しているだけだった。


悠真は、掠れるように呟く。

「……カイ」


その背は孤高そのもので、昨日の戦闘で見せた異質な強さと同じ冷静さを纏っていた。

近づきがたいほどの圧と孤独がそこにはあった。


やがて仲間たちも一人、また一人と目を覚ました。

疲労は深かったが――全員、生きていた。


誰も声をかけられないまま、カイは静かに背を向ける。

足音もなく、彼は悠真たちが来た道とは逆方向へと歩み去った。

昨日の戦いで痛感した圧倒的な実力のせいか、あるいは彼が放つ独特の気配のせいか――誰一人、その背を呼び止めることができなかった。


静けさを破るように、悠真が口を開いた。

「みんな……大丈夫?」


張りつめていた緊張が解け、肩の力が抜けたように誰もが頷いた。

レイが全員を見回し、「立てるな」と短く言う。

だが、リオだけは動けなかった。


《スティグマ・ヴェール》の反動が、体を深く蝕んでいた。

顔色は血の気を失い、唇は青白く、体は小刻みに揺れている。


悠真は慌てて駆け寄った。

「リオ、背負うよ」

「……自分で歩けます」


首を振るリオ。しかし次の瞬間、足がもつれて倒れそうになる。

悠真は即座に彼女を背に担ぎ上げた。


驚くほど軽かった。

だが、その軽さがかえって胸を締めつけた。

――この身体で、仲間たちの傷を一身に受けていたのか。

そう思うと、不思議な重みを感じた。


「なんで、そこまでするの?」

無意識に問いが漏れる。

「……いや、言いたくなかったらいい」


リオは黙ったまま、悠真の背で小さく呼吸を整えていた。

深くは踏み込まず、悠真は黙って歩き出す。


森の中は異様なほど静かだった。

鳥の声も、虫の音も消え、風が木々を揺らす音だけが響く。

まるで、先ほどまでの戦闘がこの森を沈黙させたかのようだった。


やがて陸翔が声をかける。

「疲れたろ。代わる」


悠真は頷き、慎重にリオを降ろした。

陸翔が代わりに背負い上げ、悠真はその隣に並んで歩く。


沈黙が続く中――リオがぽつりと語り始めた。

「……昔、親友が事故で怪我をして。すごく苦しんで……最後は亡くなったんです」


声は震え、小さく掠れていた。

「おばあちゃんも、骨折して歩けなくなって……ずっとベッドの上で。そういうのを、見てきたから」


遠い記憶をなぞるように言葉を紡ぐ。

「でも、こっちに来て……スキルがあって。癒せるなら、癒したいって思ったんです」


悠真は言葉を失い、ただ彼女の横顔を見つめた。

痛みを背負う覚悟を持った笑顔がそこにあった。


「痛いけど……誰かが傷ついているよりは、まだいいから」

リオは、そう言って微笑んだ。


その笑みに悠真は返す言葉を見つけられなかった。

胸の奥が、じりじりと焼けるように熱くなった。


やがて森を抜ける。

レイが辺りを確認し、「馬車が待ってる」と短く告げる。

予告通り、依頼出発時と同じ馬車が平原に停まっていた。


御者が黙って手綱を握り、全員を迎える準備を整えていた。


皆が次々と乗り込む。リオはミナに支えられながら座席に腰を下ろした。

ウンランは地図を広げ、レイは銃の手入れを始める。


ガタリと車輪が回り、馬車が動き出した。

乾いた車輪の音が、戦闘の余韻をゆっくりと遠ざけていく。


「そういえばさ……昨日のあのローブのやつ。ヤルダバオートの使徒って言ってたよね?」

ウンランが低くつぶやく。


「陸翔、お前あの言葉聞いた瞬間、撃ったよな。なんだったんだ?」


陸翔は少しだけ目を細め、短く吐き捨てる。

「……あーゆーカルトみたいなこと言うやつは大概ろくでもねぇ。日本でも、そういうやつらが事件を起こしてただろ」


それ以上語らず、窓の外に視線を移した。

ミナが肩をすくめ、水筒を回す。


「まあ、確かに。雰囲気からして怪しかったし」

「でも、あいつ……まだ何か企んでる感じだった」

「だから撃ったんだろ」


レイの言葉に陸翔は応えず、ただ視線を逸らした。


やがて石畳の道が見え、街の旗が遠くに揺れる。

――帰ってきたのだ。


馬車が止まり、皆がゆっくりと降りる。

リオはまだふらついていたが、ミナが支えた。


ギルドの扉を開くと、受付の女性が目を見開き、駆け寄ってきた。

「お帰りなさい……!無事で、本当に良かった」


「依頼完了。報告は後でいい。まずは休ませてくれ」

レイが淡々と告げ、受付は深く頷く。


「医務室を準備してあります。リオさんはすぐに」

ミナとウンランがリオを支え、奥へと運んでいった。


悠真と陸翔が壁際で一息つくと、巨体の影が扉を押し開けた。

ボルガンだ。


「大変だったようだな。……リオの様子を見れば分かる。で、レコード機関は現れたのか?」


悠真は頷き、深く息をつく。

「はい、現れました。でも救われました。それより……ヤルダバオートって何ですか?あいつらの使徒ってやつが、あんな化け物を……。遺跡でも同じローブのやつに会いました。何者なんですか?」


ボルガンは大きく息を吐き、腕を組んだ。

「ヤルダバオート……わからん!ただ一つ言えるのは、ろくでもない連中ということだ。レコード機関が動いた理由も、そやつらに関係しておるのだろう」


「疲れておろうに、長々と話させたな。休め」


ボルガンが去り、静けさが戻る。

悠真はふと空を見上げた。青く光るラケシスが浮かんでいた。


「……ボルガンさんの迫力で、どっと疲れた」

息を吐き、拳を握る。


「オレ、この世界に来てスキルも目覚めて……なんでもできるって思ってた。けど結局、みんなが無事だったのも、オレが生きてるのも、あいつらが来たからだ。オレの力じゃ足りなかった。……悔しい」


隣で陸翔が無言で立つ。

その横顔は静かで、けれど力強い。


「そうだな。けど、生きてる。まだ終わっちゃいねえ。……これからだ」


悠真は頷いた。

拳に力を込め、心の奥で燃える悔しさを決意へと変えていった。

青空に浮かぶ青いラケシスが、まるで挑むべき未来を指し示すように輝いていた。

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