11.
朝の空は薄曇りだった。三つの衛星がまだ空に残っている。赤いクロトが沈みかけ、青いラケシスが真上に、黄色いアトロポスが西の空に漂っていた。
「運命の三姉妹が揃ってる朝って、なんか不吉だよな」
レイがぼそりと呟いた。悠真は銃のホルスターを腰に装着しながら、空を見上げる。
「あの衛星のこと?」
「あぁ、名前教えたろ?誰がつけたかしらねーけどギリシャ神話の三姉妹の女神の名前らしい」
「なんであっちの世界の名前がついてるんだろ?」
「わからん」
ギルド前には、すでに依頼メンバーが集まっていた。ミナ、ウンラン、レイ、陸翔、そして――
「リオ・アステルです。よろしくお願いします」
白衣の上に軽装を纏った少女が、静かに頭を下げた。ち瞳は澄んでいて、声は柔らかい。でも、その立ち姿には揺るぎないものがあった。
「ヒールスキル持ちって聞いてるけど、戦闘は……」
レイが尋ねると、リオは少しだけ微笑んだ。
「戦うことはできません。でも、守ることは出来ます。絶対に誰も死なせません。」
リオの目の奥に浮かぶ決意とその言葉に、陸翔が目を細めた。
「……なんかすげーな…芯があるってゆーか。」
馬車での移動は数時間。道中、悠真はリオの隣に座った。沈黙が続いた後、ぽつりと声をかける。
「リオさん?ていつこっちに来たの?」
「リオでいいですよ。多分そんなに年も変わらないと思うし。2ヶ月くらいかな?」
「ヒールって傷を治すんだよね?ベホマみたいな?」
「はい。どんな傷でも絶対治してみせます。けどそんな魔法みたいな都合のいいスキルはないですよ。痛みは消えません。だから誰かの痛みを私が代わりに背負うだけです」
その言葉に、悠真は言葉を失った。
「それって……スキルの代償?」
「《スティグマ・ヴェール》は、癒しの代わりに痛みを受け取るスキルです。傷を癒すと、私の体に同じ痛みが走ります。」
「……それ、ヤバくない?」
「でも、その誰かが生きているなら、それでいいんです。けど出来たらケガ…しないでくださいね。」
リオの声は静かだったが、揺るぎなかった。
廃村は、静かだった。風が吹き抜けるたびに、朽ちた木造の家々が軋む音を立てる。魔力の濃度は高く、空気がざらついていた。
「魔物、いるな」
レイが銃を構える。次の瞬間、屋根の上から黒い影が飛び降りた。四足の獣型。皮膚は半透明で、内側に紋様が走っている。
「また“記憶の残骸”か……!」
陸翔が前に出る。悠真も拳を握る。銃を抜くタイミングを見計らいながら、魔物の動きを読む。
「ミナ、援護!」
「バレットダンス!」
跳弾が魔物の動きを乱す。ウンランの地陣が展開され、魔物の進路を潰す。
だが、魔物は一瞬で距離を詰め、陸翔の腹部に爪を叩き込んだ。
「ぐっ……!」
血が滲む。陸翔が後退した瞬間、リオが駆け寄る。
「《スティグマ・ヴェール》」
赤い光がリオの手から放たれ、悠真の傷が塞がっていく。だがその瞬間――
「……っ!」
リオの肩が震えた。彼女の体に、陸翔と同じ位置に血色の痕が一瞬浮かぶ。
「なんで……お前が痛がってんだよ……」
「それが、このスキルだから」
リオは微笑んだ。だが、その笑顔の奥に、確かな痛みがあった。
魔物が再び跳びかかる。悠真が迎え撃ち、拳を叩き込み、落ちたところに追撃の蹴りを入れる。陸翔も銃を構え、初めての実戦で引き金を引いた。弾は魔物の肩をかすめ、動きを止める。
「ちっ、かすっただけか……!」
「油断すんな!」
レイが叫ぶ。魔物は最後の力で跳びかかるが、ミナの跳弾が脇腹を貫いた。
「オラァっ」
距離を詰めていた悠真がスキルを頭部に叩き込むと、そのまま魔物は崩れ落ち、塵になっていく。
「クリア!」
戦闘は終わった。魔物は倒れたが、空気はまだ重い。
「リオ、大丈夫か?」
陸翔が声をかける。リオは頷いたが、足元がふらついていた。
「痛みは……残ります。でも、誰かが生きているなら、それでいい」
悠真は、彼女の言葉を胸に刻んだ。
「リオ、すげぇな。癒すって、戦うことと一緒なんだな。」
夕暮れ、このペースだと夜の戦闘になりかねないため、廃村の外れに簡易キャンプを設営して夕食後、リオは早々にテントへ行ってしまった。
悠真は空を見上げると、三つあった衛星が二つになり青い月、ラケシスと黄色の月、アトロポスが夜を照らしていた。
「クロト、ラケシス、アトロポス……運命って、誰が決めるんだろうな」
陸翔が隣に座る。
「誰かが決めるんじゃない。選ぶんだよ。俺たちが。他人に自分の運命決めさせてたまるか。」
「そうだね。」
悠真は拳を握った。相手は魔物だが地球も含めて初めて命を奪った。その事実と同時に自分がみんなを守れた実感も湧いてくる。同時にリオの決意の重さを感じる。
「リオすげぇな。でも……重いな」
「あぁ、ほんとすげぇ子だよ。年もそんな変わらなそうなのに…。」
ミナが湯を沸かしながら言った。
「ヒールってただの回復じゃない。あの子は命を背負ってるわ」
ウンランが静かに頷いた。
「痛みを受け取るって簡単じゃないよ。あの子、強い」
レイは銃を磨きながら、ぽつりと呟いた。
「でも、限界はある。あのスキル、使いすぎたら……」
悠真は焚き火を見つめた。
「だから、守る。あの子が辛くないように、俺たちが戦う」
夜風が吹き抜ける。癒しの痛みと、戦いの予感が、静かに交差していた。




