プロローグ1
かつて子供だった大人たちに捧ぐ。飛び方を思い出せ。
山に囲まれた盆地に広がるこの地方都市は、空気が澄んでいて、街の灯りも控えめ。夜になると、空には無数の星が広がり、流れ星が頻繁に見られることで知られていた。観光地というほどではないが、季節によっては展望台に人が集まり、星を眺める姿が見られる。
蒼月悠真は、古びた軽トラックの荷台に積んだ工具箱を見ながら、鼻を鳴らした。
「次、猫の脱走防止柵の設置だってさ」
神原陸翔が助手席から淡々と告げる。
「猫かー。依頼主、かわいい女の人だったらいいな」
「……お前、仕事中くらい真面目にやれ」
「いや、真面目にやるけどさ。可愛い子だったらテンション上がるだろ?」
悠真は笑いながらエンジンをかけた。
陸翔は呆れたようにため息をついたが、特に否定はしなかった。
ふたりは地元の便利屋で働いている。
悠真が亡き祖父から引き継いだ小さな事務所で、陸翔はそこに居候のような形で一緒に働いている。依頼内容は掃除、修理、買い物代行、ペットの世話まで多岐にわたる。
「そういや、今日の夜、流星群来るらしいよ」
悠真が言った。
「……展望台、混むな」
「行こうぜ。仕事終わったら。星見ながら語ろうや」
「語ることなんてないだろ」
「あるって。人生とか、女の子とか、、、お前なんでそのキャラでもてるんだ!ハゲて死ね」
「モテてないだろ」
「どこの鈍感系の主人公だよ……まあいいや」
依頼は無事に終わった。
猫は可愛かったが、飼い主はおばあちゃんだった。
夜、ふたりは展望台へ向かった。
空は澄んでいて、星が鮮明に見えた。展望台には何人かが集まっていたが、騒がしくはない。みんな静かに空を見上げていた。
「なあ、陸翔。お前ってさ、星とか興味あるの?」
「……ない」
「じゃあ、なんで来たんだよ」
「お前がうるさいから」
「それ、俺が言うセリフだろ」
悠真は笑った。陸翔は口元だけで笑ったような気がした。
空には、ひと筋の光が走った。
流れ星だ。誰かが小さく歓声を上げる。
悠真はその光を目で追った。
速くて、儚くて、消えるのが早すぎる。
それでも、何かが胸に残る。
「なあ、陸翔。最近、変な夢とか見てない?」
「夢?」
「俺さ、昨日の夜、空が落ちてくる夢見たんだよ。で、俺がそれに飲まれるの」
「……それ、ただのストレスじゃないのか」
「かもな。でも、なんかリアルだったんだよな」
陸翔は何も言わず、空を見上げた。
その夜、空にはもうひとつの光が現れた。
それは流れ星とは違って、まっすぐに地上へ向かっていた。
誰も気づいていない。けれど、悠真はその光に目を奪われた。
まるで、誰かを“迎えに来る”かのように。
「……陸翔」
「見えてる」
「なんだ、あれ」
「わからない。でも、流星じゃない」
光は、ゆっくりと地上に近づいてくる。
ふたりは言葉を失った。
その瞬間、悠真の胸にざわつきが走った。
陸翔も、眉をひそめていた。
「なあ、陸翔。俺たち、なんか変じゃないか?」
「……気づいてたか」
「やっぱ、お前もか」
空が、静かに震えていた。
星が、何かを告げようとしている。
それは、まだ誰も知らない“始まり”だった。