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第69話「吠えない狼と凡庸なハイエナ」part1 -再会-

上層の喧騒が嘘のように、地下への道は静まり返っていた。


狭く、カビ臭いコンクリートの階段を下るジル。

等間隔に設置された、黄色がかった古い蛍光灯の光が、彼の灰色の毛並みを撫でるように照らし出している。


「何だあ、お前! ここを通ろうってんじゃねえだろうな?」


階段を降りきった先の薄暗い廊下。

そこには、マフィアと思しき大男が1人、立ち塞がっていた。

手には松明代わりの炎の魔法が揺らめいている。


「通しては……くれないみたいだな」


ジルは足を止めることなく、確信めいたため息を一つ吐いた。

男がニヤリと笑い、迎撃の魔法の詠唱を始め——。


「がはっ……!」


ドサリ、と。

男は一瞬の内に、白目を剥いて地面に倒れ伏していた。


薄れゆく意識の中で、男は戦慄していた。


(魔力は使っていなかった……あんな動き……人間に出来るのか……? いや、獣人である事を加味しても、あり得ない……!)


何も見えなかった。

ただ、すれ違いざまに鳩尾に不可視の衝撃を叩き込まれたことだけは分かった。

それは武術というより、純粋な暴力の「最短距離」を計算し尽くした結果だった。


倒れた男を一瞥もせず、ジルは廊下を進む。

その規則正しい足音を、扉の向こう側で聞いている者がいた。


(……昔から、そういうところがあった)

(あいつは……無駄なことは一切しない)


廊下の最奥。重厚な鉄の扉の前で、ジルは立ち止まった。

蹴り破るでもなく、魔法で吹き飛ばすでもなく。

彼はノブに手をかけ、律儀に、静かに扉を開けた。


ギィィ……。


部屋の中央。

豪奢なソファに深く腰掛けていた影を捉えた瞬間、ジルの眼光が氷のように鋭くなった。


「数学的帰納法より……」


ジルは歩みを進めながら、冷徹な声で告げる。


「偽金の手口、組織の構造、そしてグリークスが接触したという事実。すべての条件n=kにおいて成り立ち、n=k+1でも証明された。ゆえに——」


ジルの視線が、男の顔を射抜く。


「お前がこの一連の事件の黒幕である、という命題は真と示された。……フル・オレイズ」


フル・オレイズ。


かつて、ジルを含む5人組パーティーのリーダーをやっていた男。

そして彼をパーティーから追放した張本人。

部屋の壁には、あの頃と全く同じ、使い込まれた無骨な戦斧が立て掛けられていた。


「……ギルドの動きがやけに怪しいと思ったら、やっぱしテメエだったわけか」


フルはソファからゆっくりと立ち上がり、首をゴキリと鳴らした。

昔からの腐れ縁である彼は、醜悪に顔を歪めてジルを睨みつける。


「相変わらず理屈臭え眼ん玉しやがって。獣人らしく吠えろよ。気味が悪くて仕方がねえ」


フルの挑発。

しかし、ジルは怒るどころか、フッと鼻で笑った。


「……何が面白ぇ」

「いや。相変わらずだなと思ってな」


ジルは肩にかけていた鞄を部屋の隅に置き、静かに宣告した。


「落第生フル。……これより、お前の補習授業を開始する」

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