第63話「金が踊る時」
第3区、商人ギルド本部。
大会議室の空気は、張り詰めた糸のように重かった。
「……率直に言わせてもらう。あんたのところの鑑定所を通した金貨ほど、後から偽物だと判明するケースが多いんだよ」
一人の有力商人が、テーブルを叩いて立ち上がった。
その言葉を皮切りに、「そうだ!」「偶然にしては数が多すぎる!」と、抑え込まれていた不満が堰を切ったように溢れ出す。
これまで噂レベルだった「鑑定所の黒い噂」が、ついに公の場で確信を持って語られ始めたのだ。
矢面に立たされたギンは、しかし、涼しい顔で肩をすくめた。
「心外だな。私どもは厳正な魔力鑑定を行っている。だが、魔法というのは術者のコンディションや環境に左右される不安定なものだ。……そう、極めて文系的な」
ギンは言葉巧みに論点をずらし、「魔法鑑定の不確実性」を強調し始めた。
「そこでだ。公平性と確実性を期すために、次の検査からは『グロリア王国産の電子天秤』を導入しようと思う」
「電子天秤……?」
「うむ。魔力や人の目に頼らず、純粋な『重さ』という数値で真贋を判定する。これなら文句はないだろう?」
商人たちが顔を見合わせる。グロリアの科学技術は信頼性が高い。
その精密機械で測るなら、不正の余地はないように思える。
ざわつきが、納得の色へと変わっていく。
議長席に座るケイは、ギンの提案を静かに聞いていた。
止めることも、肯定することもしない。
ただ眼鏡の奥の瞳で、泳ぐ魚を観察するようにギンを見つめていた。
一方、路地裏の薄暗がり。
ポラリスとアークは、ギンのアシスタントの一人を追い詰めていた。
「ひぃっ! わ、私は何も知りません! ただ運べと言われたものを……!」
「何もするつもりはないよ。ただ、ちょっとお話が聞きたいだけでさ」
ポラリスが壁に手をつき、逃げ場を塞ぐ。
壁ドンである。
アシスタントの男はガタガタと震えながら、視線を泳がせた。
「……ま、毎回、だいたい同じ額です」
「額?」
「ええ。運び出す金貨と、持ち帰る金貨の……さっ……いえ、何でも!」
男はハッとして口をつぐんだ。
「差額」と言いかけたのだろうか。それとも「サイズ」か。
アークが優しく問いかけようとしたが、男は「仕事に戻らないと殺される!」と叫んで、隙間を縫って走り去ってしまった。
「……決定打には欠けるけど、十分怪しいね」
「はい。戻って先生に報告しましょう」
場所は変わって、ビル付近のオープンテラス。
ジルは、カノンがどこからか入手してきた「問題の偽金」を指先で弾いていた。
おそらくケイから貰った物だろう。
「……なるほどな」
見た目は完璧な金貨だ。
重さも、手で持った感覚では本物の金貨と区別がつかない。
だが、カノンの言っていた通りだ。
「タングステン、か」
「でしょ? 比重が金とほぼ同じだから、重さだけじゃバレないんだよ」
カノンが得意げに胸を張る。
ジルは金貨の縁を爪でなぞった。
「魔力鑑定や破壊検査をされれば、中身が違うことがバレる。だが、『重さ』だけを測るなら、タングステン入りの偽金は『本物』としてパスできる。だからきっと、天秤を使用するだろう」
「頭いいね」
スズナが横から金貨の匂いを嗅ぎ、「……くさい」と顔をしかめた。
そこへ、ポラリスとアークが戻ってきた。
アシスタントの証言と、ここに来る途中の噂——商人ギルドでのギンの提案。
「1000万くらい持ってきてた商人が居たから、商人ギルドへ向かうよう言っておいたよ」
そして、母集団の確保。
全ての情報が繋がった。
「よし」
ジルは立ち上がり、指示を飛ばす。
「ポラリス、お前はスズナを連れてギンの自宅……いや、工房へ向かえ」
「えっ、僕?」
「ああ。スズナの鼻なら、ギンの工房に残る独特な金属臭……タングステンの加工痕や、偽造に使った薬品の匂いを嗅ぎ分けられるはずだ。家宅捜索だ」
スズナが面倒くさそうに、しかしやる気満々で尻尾を振る。
ポラリスは「へいへい」と肩をすくめた。
「俺はアークとカノンを連れて、商人ギルドへ乗り込む」
ジルの瞳が、獲物を追い詰める狩人の色を帯びた。
「あの詐欺師に、本物の『計算』ってやつを教えてやる」




