第61話「均衡と調査開始」
「そうともいかないだろう。でなきゃ、アンタが俺を招待した意味が分からない」
ジルはケイの目を真っ直ぐに見据える。
ケイは「さあ?」と肩をすくめた。
「もしかしたら、ただ市場に"本物であると確実な金貨"を少しでも増やしたかったのかもしれませんね」
「逐一小難しい奴だな……自分が動けないだけと言っていただろ」
ケイは都市の勢力が二分されていると言った。
彼自身が動けば、それが新たな火種になりかねない。
だからこそ、外部の人間であり、実力も知名度もあるジルが必要だったのだ。
議論会の頃から既に計算を終わらせていたと思うと、恐ろしい限りだ。
ケイは否定も肯定もせず、ただ意味深に微笑むだけだった。
ジルはカノンとスズナを連れ、第1区にある仮鑑定所本店まで赴くことにした。
アークとポラリスは別ルートでの調査だ。
道ゆく商人たちに声をかけてみるが、反応は芳しくない。
皆、他所者を警戒し、財布を隠すようにして足早に去っていく。
やはり、この街には根深い不信感が蔓延しているようだ。
ジルたちは、経営主である錬金術師に直接話を聞くため、店舗へと足を踏み入れた。
薬品の匂いが漂う薄暗い店内で出迎えたのは、白衣を纏った痩せ型の男だった。
「やあ、いらっしゃい。私が経営主のギンだ」
ギンは人当たりの良さそうな笑みを浮かべ、世間話のように話し始めた。
「実は、近頃物騒でね。銀行が反社の者たちに襲撃されたり、遂には私のところに来て。散々だったよ」
「……アンタはどうしたんだ」
「いくつか金貨をね。マイナス500万程だったか……持って行かれたよ」
ギンは大袈裟に肩を落としてみせる。
その時だ。
ジルの後ろに隠れていたスズナが、鼻をピクつかせ、ポツリと漏らした。
「……くさい」
静かな店内に、その一言が響く。
「ちょっ、スズナちゃん……!?」
カノンが慌ててスズナの口を塞ごうとする。
ギンの表情がピクリと引きつった。
だが、すぐに笑顔の仮面を貼り直す。
「おおっと。これは手厳しいな。私ら鑑定所は信用が命なんだ。薬品の匂いはともかく、変なこと言われたら、それこそ金貨も人となりも価値を失う」
「……子供の戯言だ、気にするな。忙しい中悪かったな。ありがとう」
「良いってことよ」
ジルは短く礼を言い、店を後にした。
スズナは店を出てからも、不快そうに鼻を擦っていた。
それから、三人は第3区の商人ギルドを訪ね、最近の金貨の動向を探ることにした。
酒場の隅で屯していた商人たちに声をかけると、彼らは酒が入っているせいか、比較的口が軽かった。
「金貨騒動って呼ばれちゃいますがね、私共は金融詐欺……そんな風に思ってるんですわ」
恰幅の良い商人が、ジョッキを揺らしながら言う。
「あなた、世界議論会の人ですよね! え? ウワサの件ですか? そんなの金融詐欺に決まっているじゃないですかっ!」
別の商人が食い気味に同意する。
有名税を払う理由がようやく明らかになった。
そしてまた別のテーブルにて。
「金融詐欺、の一言につきますね。実際、所持している金貨の一部が偽金だと発覚した商人の8割が、鑑定所で見てもらった後に気付いた、と言っています」
冷静そうな青髪の商人がデータを口にする。
すると、その横に居た商人が声を潜めて付け加えた。
「鑑定を通過した奴の金貨ほど、偽モン混じってるよな」
その言葉を聞いた瞬間。
スズナの大きな小麦色の尻尾が、バサリと大きく一度だけ振られた。
それは、獲物を見つけた時の反応に似ていた。
「なるほどな」
ジルは確信めいたものを感じ取り、商人たちに言った。
「機会があったら酒でも奢る。経済は精通してないから分からんが、"信用貸し"というやつだ。……誤用ならすまない」
ジルたちは商人ギルドを後にした。
鑑定所を通した金貨ほど偽物が多い。
そして、被害者ぶる鑑定所の主。
パズルのピースは、すでに揃いつつあった。
或いは——揃いやすいように仕組まれているのだろうか。




