表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

67/69

第59話「祭りの夜の片隅で」

貿易都市イェクアールベッツィアは、役割ごとに全18の区画で構成されている巨大都市だ。


ジルは7区にある冒険者ギルド支部の一室で、通信魔道具の受話器を握りしめていた。

その隣には、面白がってついてきたカノンも「スピーカー機能無いのー?」とニヤニヤしながら聞き耳を立てている。


「……で、どういうつもりだ。"創世の数学者"というのは」

〈……お気に召しませんでした? クウと一生懸命考えたのですが〉


通信の向こうから、アメの申し訳なさそうな、しかしどこか楽しげな声が聞こえてくる。


〈字面、格好良いっすよね。世界を計算で作り変える、正解を叩きつける……みたいな〉

「クウ、お前か。……この名前のせいで、受付で二度見される俺の身にもなれ……その、分かるだろ」

雷狼の少年(呪われし子)は良いのに、"創世の数学者"はダメなんすね。二度見されるのはまぁ……有名税ってやつっすよ。諦めてください〉


悪びれもないクウの返答に、ジルは深いためにきをついて通信を切った。

これ以上抗議しても、「プラマイゼロ」だの何だのと言いくるめられる未来しか見えない。

それでも——やがてこの新しい二つ名を認めねばならない時が来るのだが。



その日の夜。


6区では、経済の神を祀る祭りが盛大に開かれていた。

通りには無数の屋台が並び、色とりどりのランタンが夜空を埋め尽くしている。

どことなく、メリアー諸島での祝宴や、今は廃止されたアードストールでの祭りを思い出させる光景だった。


「ほら、行ってこい」


ジルは、鞄からメリアー諸島での依頼達成料でパンパンに膨れ上がった革袋を取り出し、アーク、カノン、ポラリスの三人に手渡す。


「えっ、いいの!? ジルってば太っ腹ー!」

「ありがとうございます、先生!」

「せんせー、これ結構な額だよ? 何か裏があるんじゃ……」

「無い。ただの臨時収入の還元だ。……流石に少しは残しておけよ」


ジルが釘を刺すのも効かず、三人は歓声を上げて人混みの中へと消えていった。

教え子たちの笑顔が、やはりどの屋台よりも美しく輝く。


保護者役から解放されたジルは、喧騒を背に、1人静かな場所を求めて港へと足を向けた。


夜の港は、祭りの熱気が嘘のように静まり返っていた。


波が岸壁を打つ音だけが響く。

南の方角——メリアー諸島がある方をぼんやりと見つめて、ジルは手すりに寄りかかる。


その時、暗い海の上に、ぽつんと漂う小さな影を見つけた。

祭りの騒音が一段、また一段と遠のいていく。


小舟。


無人のようにも見えたそれは、微かに何かが横たわっているような違和感がある。


(……遭難か? それとも)


ジルは即座に行動を開始した。


「スキル『数学者』座標表示」


視界にグリッドが走り、小舟の現在位置が数値として算出される。

距離はさほど遠くない。


「確定」


ジルの姿が港から掻き消え、次の瞬間には、波に揺れる小舟の上に立っていた。

木の舟の上には、確かに少女がいた。


(……亜人か)


上にはふさふさとした獣耳。

狐と思しき特徴を持っていたが、その毛並みは大陸で見かける狐人族とは違い、白に近い色をしている。

身に纏っている衣服も奇妙だった。

帯で締められた、ゆったりとした布地。

大陸の様式ではない、未知の雰囲気をもつ装束だ。


「ん……」


ジルの気配を感じたのか、少女が眠たげに声を漏らし、ゆっくりと瞼を開いた。

その瞳に、夜空の月光が反射する。

淡金色の瞳。それはまるで、いつだったか観測したハーヴェストムーンのように美しく、そして冷たく輝いていた。


目が合った、その瞬間。


「……離れて。近い」


氷のように冷たい言葉が、彼女の第一声だった。

警戒心というよりは、明確な拒絶。


「……悪かったな。救助が必要かと」


ジルは言い訳をせず、小舟ごと港への転移を行った。

一瞬の浮遊感の後、二人は港のコンクリートの上に移動していた。


少女は驚く様子もなく、ただ不快そうに身を起こすと、膝を抱えて座り込んだ。

震えるでもなく、ただ警戒心を前面的にアピールしているようにも思える仕草。


「どこの国から来た? 名前は?」


ジルが問いかける。

少女は顔を伏せ、膝に顔を埋めるようにして答えた。


「話しかけないで」


相変わらずキツい。

取り付く島もないとはこのことだ。

だが、ジルは腹を立てることもなく、やれやれと肩をすくめた。

これでも元教師。

言うことを聞かなかったり、心に壁を作った子供の相手なら、腐るほどしてきた。


それに、理系。

この世界において、理系というだけで石を投げられ、蔑まれ、拒絶されることには慣れている。

理由のない拒絶など、彼にとっては日常茶飯事だ。


(あいつらを呼ぶか。カノンあたりなら、強引に心の扉をこじ開けるかもしれないな)


ジルは鞄から採血道具を取り出しながら、少女を横目で見た。

少女は、ジルと目を合わせようともせず、ただ頑なに夜の海を見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ