第58話「回り始め」
あれから一日を置き、ジルたちは船で大陸へと帰ってきた。
エマたちアウル=フォード親子とは、しばしの別れとなる。
だが、グロリア王国と大華飾魔導国が技術協力を果たし、勇者召喚を行う際にはまた会える手筈となっていた。
潮風の匂いが変わり、ジルたちは貿易都市・イェクアールベッツィアの港に降り立った。
以前、世界議論会の終わりに訪れた時は夜だったが、昼間は昼間で、活気がまるで違う。
港には大小様々な船がひしめき合い、市場からは威勢の良い声が飛び交っている。
多くの店が大繁盛しているのが見て取れた。
「さて……ケイに会いに行かないといけないんだが……絶対あれだよな」
「……ええ。あの大きさの建物はそうそう有りませんから…きっとあれでしょう」
ジルとアークが見上げる先。
港からもはっきりと見える、山の急斜面の上に聳え立つ、異様な建造物があった。
周囲のレンガ造りの街並みとは一線を画す、全面ガラス張りの超高層の塔。
太陽の光を反射し、ギラギラと輝いている。
塔の麓までたどり着いた一行は、警備の厳重な入り口を抜け、受付へと向かった。
「招待を受けたSランクのジル=アードストールだ」
「お待ちしておりました。最上階へどうぞ」
受付嬢は慣れた様子で案内する。
通されたのは、金属の扉がついた小部屋のような空間だった。
カノンが慣れた手つきで壁のボタンを押す。
興味深そうに首を左へ右へと動かすジルに、ポラリスが何とも言いたそうに説明を始めた。
「これはグロリア王国産の電子機械の一つ、"エレベーター"なるものだよ。ボタンを押すだけで上の階や下の階に行けるんだ」
「なるほど……上下なら、滑車の原理が近しいが……電子媒体で制御しているのか?」
独特の浮遊感と共に箱が上昇し、あっという間に最上階へと到着した。
扉が開くと、そこは壁一面がガラス張りになった、街を一望できる執務室だった。
「いらっしゃいませ、"創世の数学者"」
部屋の奥、豪奢なデスクに座っていた商人ケイが、大袈裟に両手を広げて出迎えた。
「一方的に招待されたんだが……ちょっと待て、何だそれ」
「何のことでしょう?」
「その、頭の悪そうな呼び名だ」
ジルの抗議に、ポラリスがクスクスと笑いながら口を挟む。
「もしかして冒険者ギルド……せんせーに二つ名付けちゃったんじゃない? 議論会参加と同時にさ」
「はぁっ!?」
ジルが絶句する。
ケイは「ご明察」とばかりにパチンと指を鳴らした。
「Sランク"創世の数学者"ジル=アードストール殿。そしてその脇を固めるは、ゲーツの"液魔"、"要塞の暗黒騎士"、"吸血"……。字面だけ見れば、貴公は世界を滅さんとする魔王ですな」
「……ケイ、通信魔道具を貸してくれ。今すぐ空中都市にクレームを入れる」
「……利用料をお支払いいただけるなら、お貸ししますが」
「……やっぱりいい」
商魂たくましいケイの返答に、じるはがっくりと肩を落とした。
これからこの名前で呼ばれるのかと思うと、頭痛が痛い(笑)。
「それで、今回の依頼の詳細だが」
「ああ、それなら今日はお休みください。こちらもまだ、ツキが回って来て居ないので」
ケイはあっさりとそう言った。
緊急の依頼かと思いきや、拍子抜けするほどのんびりとした対応だ。
まぁ、メリアー諸島で数週間を潰したので呆れられたのかもしれないが。
「ツキ待ち、か」
「ええ。商機と勝機は、待つものですから」
ケイがそう言うなら仕方がない。
「よし、買い物行こう! デミっちにもっとお土産持って帰らないと!」
「カノン……ただ自分が買い物をしたいだけでしょう」
カノンが目を輝かせ、呆れるアークの手を引いて部屋を出ていく。
ジルとポラリスもそれに続いた。
ジルたちが立ち去り、扉が閉まる。
再び静まり返った部屋で、ケイは窓の外に広がる自分の街を見下ろしながら、ボソッと呟いた。
「……実に、心地良い僥倖です」
その瞳の奥で、計算高い光が揺らめいていた。




