第53話「参考人」part2 -離れない奴-
ギュッと、強い力がジルを包んだ。
エマが正面から彼を抱きしめたのだ。
周囲の喧騒が一瞬遠のく。
「大きくなったんじゃないか? 7年前は145.87cmだったろ」
「ふふん。今は182cmちょっとだよ。ジルセンには追いつけへんかったなー」
エマが無意識にメリアー語を漏らす。
この地の空気に長く馴染んでいる証拠だ。
「あのなぁ……あと13cmのところまで伸びただろ」
キャラメル色のふわりとした髪が、ジルの狼の鼻をくすぐる。
その時、アークが背後から近付いてきた。
「あ…その方が……」
(確かに、人間の時の私に似ていますね)
アークが冷静に分析する横で、両手いっぱいに箱を抱えたカノンは、戦慄したような表情を浮かべていた。
彼女は持っていた荷物を全てポラリスに押し付けると、口元を押さえて叫んだ。
「えー!? まさか、ジルの彼女ーっ!?」
「ぴ…?」
エマがジルに抱きついたまま、きょとんと首を傾げる。
「久しぶり」
「ポラリス君……というか、到着早いね? 今朝出たばっか?」
「いや、昨日の議論会が終わってからすぐ、ね」
「そうなんだ…」
カノンの視線が突き刺さっているが、エマは止まり木のフクロウのようにジルから離れようとしない。
彼女を見て、カノンとポラリスはニヤニヤ、コソコソと会話するばかりであった。
「あれヤバくない?」
「見てて面白いからほったらかして良いと思う」
そんな中、止まり木本人は遠慮していた。
昔のように、頭を撫でたり頬を摘んだりするべきなのか。
(……もう子供じゃないだろう。立派な女性を子供扱いするのは失礼に当たる)
にゅっ。
ジルの心の声を否定するように、エマの手が伸び、ジルのマズルを両手で挟んだ。
ふにふにと揉んだり、上下させて遊んだり、やりたい放題だ。
「わぁっ、届く! 昔は背伸びしても届かなかったのに!」
「……前言撤回だ」
ジルは無言で手を伸ばすと、火傷の痕が残るエマの頬を、指で少し強めに摘み、ぐにーっと引っ張った。
「いっ…痛い痛い……ちょ、ギブアーップ!」
エマは慌てて手を離し、しばらくジンジンする頬をさすり続けたのだった。
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場所を移し、近くのオープンテラスのカフェにて。
席に着くなり放たれたエマの第一声が、これだった。
「パパが、四天王かもしれない」
沈黙が流れる。無理もない。
エマは、コップの淵を指先でなぞるばかりだった。
「スタビ! トートル! マジ感動!」
重い空気をぶち壊すように、思い出したかのように騒ぎ出すカノン。
テーブルに置かれた珍しい南国のジュースに興奮しているようだ。
「カノン静かに」
アークは窘めつつ、そっと視線をジルにずらす。
ジルもまた、エマにどう声をかけたらいいか分からず、ポラリスを見つめる。
さながら、「いつも通りで」と目で訴えているようだ。
「あぁ、簡単だよ。洗脳してる魔王を倒せばいい」
ポラリスは目を瞑り、腕を組んで自慢げに語る。
彼のその物騒な一言で、他の客の視線が一時的に刺さることになったが、本人は気にした様子もない。
「それだと予定では数ヶ月はかかるだろう。魔導国とグロリアの技術協力の件もあるし、ルート的にもまだ先だ」 「で~も~?」
エマが期待の眼差しを向ける。
ジルがおもむろにカバンから小さな眼鏡を取り出し、目元にわざとらしく、ちょこんと乗せた。
「ここは数学的に行こう」
「出た。ジルセンの決め台詞」
「そんなの知らないんだけどー? やっぱピ…」
カノンがミルクティーを追加で注文し、瞬く間に飲み干した。
アークは「私も同じものを」と、未知の飲料を前に興味を隠せない様子だ。
ジルは、エマが王城から持ち出した『魔法陣構築論』という本について問いかけた。
「あれはね……洗脳を解く魔法陣の書いてある本だよ」
「それなら、魔王討伐を待たずに実行出来るんじゃないか?」
「そうだけど……多分、ジルセンたちが居ないと出来ない」
エマが突然、言い淀んだ。
「ゆっくりでいい」とジルが宥める。
「円にナイセツする正方形を描くのと、古代語で魔法詠唱をしないといけない……んだけど」
「なるほど、作図と詠唱の同時並行か」
「ということは……古代語の使用者に任せれば…と言うのも、無理な相談ですよね」
アークが察して補足する。
洗脳解除のような精密な術式は、術者の「助けたい」という意志が不可欠な場合が多い。
「うん。私が、パパを解放してあげたい。他人に任せたくないの」
「なら……丁度良い奴が居る」
今度は「いけるだろ」といった様子で、ジルは隣の黒マント(薄めの生地)に視線を向ける。
「ポラリス君……私に、古代語を教えてほしい」




