第53話「参考人」part1 -やり手な奴-
「せや、ジルはん」
タクタは化身と握手を交わすと、ジルの方に向き直った。
「……どうした」
「いや、やっぱええわ。これはウチの独り言なんやが……」
タクタはわざとらしく視線を空に向け、声を張り上げた。
「ここから少し南に行くと、メリアー諸島の最大の島・バテラグーンがあるんや」
「……」
「店もぎょ〜さん出とるやろうし、金バンバン使うてな」
ゲスのような笑みを浮かべ、人差し指と親指で丸を作って見せびらかす。
「何を言い出すかと思えば……あのな」
「ええやんか。来たんやったら楽しんでってーや」
だが、タクタの目は笑っていない。
ジルは目をつぶり、その提案に乗ることにした。
数時間後 メリアー諸島 バテラグーン島。
黒く染まった海は、夕焼けの光すら飲んでしまう。
「おー……テーマパークじゃん! ウニバ! こんなのウィズミーだよ! ウィズミーシー!」
上陸するなり、カノンが大声で騒ぎ出した。
当然のように人混みの中に入っていく姿は、まるで戦乱の世を駆ける戦士のように勇ましい。
"要塞の暗黒騎士"さまさま、といったところだ。
「……うにば?」
「うぃずみー……?」
ジル、アーク、ポラリスの三人は顔を見合わせ、首を傾げた。
カノンが"テーマパーク"と呼んだその周辺は、ココナッツモチーフと思われる絶妙に可愛くないキャラクターの人形が、ズラリと並ぶ露店の屋根に設置されているだけの場所だ。
どちらかと言えば、市場やアウトレットパークに近い雑多な雰囲気が漂っている。
「デミっちにココナッツクッキー買うー!」
「僕は何を買おうかな」
はしゃぐ二人を横目に、ジルはふと目を奪われた。
賑やかな通りから少し離れた、一本路地を入ったところに、ひっそりと佇む文具の露店を見つけたのだ。
(……何故あんな所に?)
「少し、見てくる」
「分かりました」
アークに告げると、ジルは少し駆け気味で店へ向かった。
新しいノートや、書きやすいペンがあるかもしれない。
そう思いつつも、本当は別のことを期待していたのかもしれない。
(非効率だ)
「いらっしゃいませー」
店番の女性は、顔を上げずに気のない声で言った。
ジルは商品棚を見るふりをしながら、その店員を凝視した。
そして、目を見開いた。
「……」
ジルの口から、何か言葉が出てこようとしていた。
——それなのに、喉元に引っかかって出てこない。
その女性は、客が来たというのにマイペースに動き続けている。
丸眼鏡を外して布で丁寧に拭く。
爪の先をじっと見て、やすりで整える。
手元の『魔法陣構築論』という青緑色の分厚い本を読みふける。
しかも机に足を乗せて。
壁に掛かった時計で時間を確認する。
長いフワフワな髪を後ろで一つに括る。
木箱の銀貨と銅貨を整理する。
掌が痒いのか少し掻いて、手をポケットに出し入れする。
軽快な鼻歌を歌いながら、リズムに乗って頭を少し揺らす。
括ったばかりの髪を、やっぱり気に入らないのか解く。
丸眼鏡を再び装着し、本をもう一度開く。
その一連の、無駄の多いルーティーンワークを終える。
ジルは大きく欠伸をして、鼻先を数回舐めた。
教師時代の癖が現れる。
店員はようやく目の前に立ち尽くしている客——ジルの方を見た。
「どうかされましたか。お客……さ……ま!?」
丸眼鏡の奥の瞳が、限界まで見開かれる。
持っていた本が彼女の手から滑り落ち、バサリと音を立てる。
「……エマ……税金はちゃんと払うんだぞ」
かつての教え子、エマは、パクパクと口を開閉させた後、ハッとして眼鏡の位置を直した。
「めっ……メリアー諸島はタックスフリーだから……ご心配なく?」
七年ぶりの再会の第一声にしてはあまりに世知辛いやり取りが、南国の風に吹かれていった。




