第49話「最南端のその先へ」
「……いくら理系って言ったってさ」
ポラリスは、ジルの行った方向を見ながら呟いた。
デミトアは黙って、彼が言葉を続けるのを待つ。
「せんせーはケイサン機じゃなくて——1人の教師でしかない」
デミトアは地図を静かに畳み、ポラリスのポケットに突っ込んだ。
「行ってください。わたくしはお父様と交渉してきますわ」
「そうだね」
グチャ…。
背中から黒い羽を生やし、大きく広げる。
「せんせーでも、僕の方が先輩だからね」
「光照明の造光すら飲んでやろう。この羽と過去に誓う。空気よ…大気よ、僕を運びたまえ」
詠唱を終え、ポラリスは窓の方へ高速飛行し、一直線に城外へ飛び出した。
衝突により大窓は粉砕され、ガラスが派手に飛び散る。
デミトアの白銀の髪が、風圧で靡く。
ガラスや雪が舞い、風が吹く様子は幻想的な世界を生み出していた。
「スキル『数学者』」
デミトアは、たった今起こった現象に興味を持ち、計算することにした。
「ポラリスさんの移動速度は……大体秒速66.7m程でしょうか」
インターフェースに数字を打ち込みながら、段々と濃くなっていくスキルの緑色を気にかける。
(そして、現環境の音速が、気温が-6℃である事を考えると)
『数学者』スキルの第二段階による演算結果よって、アードストール王城周辺での音速が秒速327.9mだと分かった。
「そうですわね……マッハ数に換算すると0.2、音速の2割程でしたのね!」
周囲はそれどころではなく、悲鳴がシュンッという鋭い風を切る音に覆われる。
(さて……わたくしも行きましょうか)
一方その頃
ジルは城下町を駆け、ただ南へ向かっていた。
体力も尽き、ヘトヘトになりながら。
(エマ……)
「らしくないよ」
上から聞こえた声に、目を細めて反応する。
ポラリスは、音速の2割程の速度で移動し、ジルに追いついたのだ。
「ポラリス」
ジルは苦水を飲んだような顔をした。
「スキルでスピードを上げるなり、座標? ってのを使って転移したら良いのに……せんせーらしくない」
「分かってる。俺だって、冷静になりたい」
ジルは拳を握る。
「だが……あの再会を、俺は逆境とは思えない」
「何でそんな面してんのさ」
「あいつの親父はギデオンで、それを本人がどう思うかは、数学者には分からない。だがあいつは、エマはずっと1人で泣いていた。それだけは、元教師が一番分かってる。だから」
「……せんせー」
ポラリスは初めて、ジルを睨みつけた。
微笑みを保ちながら。
「馬鹿だなあ。メリアーへ行くのは、アーク達と確認してからって言ったの、せんせーの方じゃないか」
ポラリスの言葉に、額に指を乗せて考える。
その工程で、ハッとした。
「今はまだ、"会う"じゃない。"考える"だな、分かった」
「そうだよ」
ジルはようやく冷静さを取り戻した。
(今に思うと、気が動転していたのかもな)
「先に宿に帰っておいてくれ。可能ならデミトアを連れて戻る」
「……吹っ切れたみたいだね」
ジルは「かもな」と笑う。
「スキル、『数学者』第三段階——座標表示」
『(x,y,z)=(-600,-320,460)』
スキルで表示された純白の座標と地形が、暗い道の真ん中で光る。
「確定」
ジルは再び、王城へ戻ってきた。
そして、入口付近にデミトアが立っていた、
「デミトア」
「ジルさん!」
デミトアが駆け寄る。
「すみません……わたくしはご同行出来そうにありませんの」
「そうか。元気でやれよ」
「はい…それではまた、いずれ」
ジルは再び、スキルで地図を表示し宿まで転移した。
「どうやらデミトア嬢は来れなかったみたいだね」
「ああ」
部屋では、アークとカノンが、ベッドでゴロゴロしている。
「あ、ジルじゃんおかえり」
「先生、おかえりなさい」
ジルは思わずため息を漏らす。
ポラリスは「説明しといたよ」と自慢げにマントを靡かせる。
「説明されてこれか……2人とも。行くぞ」
「メリアー諸島にですね。ほら、カノンも準備してください」
「え? 今から? もう夜中だって」
「関係ありません! 早く身支度を……」
わーわーと喚くカノンを、アークはなんとか説得し、メリアー諸島へ向かう準備が整った。
貿易都市 イェクアールベッツィア 船着場
「おー! 海広いヤバい! 夜の海バリエモい!」
カノンが騒ぐ。
「あれ無いの勿体無いよね。スマホ!」
「すまほ…?」
「え、ほらグロリアに有った…いや、やっぱ何でもない」
ジルは3人を背に、メリアー諸島行きの船の乗船券と、メリアー諸島の滞在許可証を発行した。
一行は大きな帆船に乗り、大陸最南端の貿易都市から、更に南へ向かう。
夜空に大きくかかる三十日月は、海面に綺麗に映って見える。
「出航おぉぅ!」
船乗り達が、掛け声と同時に帆を広げる。
風に運ばれて、帆船が大陸を発った。
波の音が心地好く耳に残る。
「メリアー諸島の観光案内を読みませんか?」
「見るー!」
「お! 僕にも見せてよ」
ジルは、積まれた木箱にもたれながら、月を見つめる。
「指導も、証明もこなしてやる。俺は数学者だが、同時に教師だから」
——第二章 完
第二章も完結してしまいました!
ここまで読んで下さった読者の方々、ありがとうございます。
第三章もじきに始まりますので、ジルの活躍にこれからもお付き合いいただければと思っています。
これからも、本作をよろしくお願いします。




