第45話「命題8」
「さて、まずは貿易都市イェクアールベッツィアが初の世界議論会出席を果たせた事について、感謝を申し上げさせて頂きたい」
商人ケイは深々とお礼をすると、早速本題へと入った。
港町を走り回る少年を思わせる格好や、どこか軽快な所作。
だが、その言動の端々から、彼が世界経済の一端を担う回し手であることは容易に察せられた。
「イェクアールでは近頃、金融詐欺が多発しています」
ケイはそそくさと地図と統計を提示した。
文系特有の情緒的な訴えではなく、事実の列挙だ。
「根拠は勿論ありますよ。商人ですから」
そう言うとケイは、腰に手をやり、クウとジルに視線を流すように見た。
「貴公らなら言わずとも分かるでしょう?」と言わんばかりに。
地図には被害発生の分布が示され、統計では被害金額や性別層、年齢層までが細かく調べ上げられていた。
「このデータは被害年齢層の内訳、そしてこちらは被害額を金貨100万枚毎に区切って示しているものですが……ご覧の通り400〜500万枚という大金が動く詐欺が特に多いのがよく分かりますね」
「ん……?」
ジルにとっては、その光景が奇妙でしかなかった。
グラフやデータが、ではない。
(あいつ……"どっち"だ?)
商人ケイ——その存在が。
冒頭で殊勝な祝詞を述べたかと思えば、冷徹なまでに正確なデータを示し、 それを見事に説明してみせる。
ジルは以前、クウに対して抱いたような違和感を再び覚えた。
だが、質が違う。
(クウとはまた違う。……"どっちも"ではなく、もっと曖昧な…)
分類困難なエラー。
その正体を掴みかねているジルに、ケイの視線が突き刺さる。
「私は非常に、幸運な人間だと思います。優れた理系が居るなら、これは大きなチャンスでしょう? ジルさん」
「は、幸運…?」
ケイは愉快そうに十指を絡める。
地図とデータの貼り付けてあるボードを軽く突きはねると、両手を大きく広げてみせた。
「Sランク冒険者、ジル=アードストール……貴公を、イェクアールベッツィアへ招待します……!」
「いや。遠りょ…」
「まさか引き受けていただけるとは、これもまた何かの縁、運命でしょう!」
ジルが断りの言葉を口にするよりも早く、ケイはそれを遮るように大声で、大袈裟に叫んだ。
おまけに、断りづらくなるような、人好きのする満面の笑みを浮かべている。
(流石にこれは予想外すぎる……違和感の正体が分かった気がするぞ)
ジルは呆れながらも、その正体を言語化した。
「商人の勘ってやつか」
「いいえ? ただ、私の人生において、思いがけない好機が訪れただけです」
ケイは似合わない青の蝶ネクタイを少し触り、整える。
「是非解決し、結果を残してほしい」
そう言うとケイは、背後のボードをバシッと叩いた。
ジルはケイの印象を、ひとまず「変人だ」と片付けた。
だが、その様子を隣で見ていたポラリスだけは、違うことを考えていた。
(わざと偶然を装っている……いや、それに必死なのかな)
その瞳の奥にある計算高さを見透かすように、ポラリスは目を細めた。
「ありがとう、ケイ殿。さて、次は…」
オルドリクは左に視線を向ける。
「はい。第九命題は、イシュヴァール聖教国より……」
バァンッ!
ドアがノックもなく、力強く開かれる。
「議論をする場所ってのはここだな!」
「お前は……!」
聖騎士長ケレン・ゾーティアのものとはまた違う——聖白な鎧。
ジルには、その元気な男に見覚えがあった。
「エド」




