第42話「休憩時間 その2」
アードストール王城 図書館
「……」
(ここかな?)
本棚に囲まれて、一つの白い布が揺れていた。
ネイピア・ラークス=ヒル。
彼女は休憩時間の合間に忍び込んだのだ。
本を開いては捲り、閉じてはまた本を開く。
(無い…ここにあるって聞いたのに)
彼女が薄暗い中、随分と埃の被った青緑色の大きな本に触れた。
題名が掠れて見え、それをなぞるようにザラザラとした革の上に指を滑らす。
その時だった。
「誰か居るのか?」
少し乾いた声が耳に入り、ネイピアの肩が跳ねる。
彼女は即座に懐に本をしまい込んだ。
「は、入ってます」
ふと間抜けな返事をしたことに、彼女は気付いてない。
だが——懐かしい声に、驚いた。
ジルだ。
「そんな暗い所で本なんか読んでたら、目が悪くなるぞ」
段々と自分の息がうるさくなって、ローブの中がこもってくる。
そこから微かに見える、扉の前にそびえる教師の影と、その先の廊下。
「……ごめんなさい」
ネイピアは、走ってその影の横を通り過ぎた。
(バレて……ない?)
(今のはメリアー諸島の……何だったんだ?)
ジルは暗がりの中の本棚を注意深く見る。
「使ったなら整理整頓くらい……ん」
(後ろに居るのは……誰だ?)
数分前 同城 2階西階段
踊り場で二つの影が、蝋燭の光に照らされ浮き立つ。
だが、踊るといった雰囲気でもなく、一つは壁にもたれ、もう一つは杖をついて立っている。
「それは一体……どういう事ですか」
「はぁ。だから、この大陸に理系を擁護する文系は要らないのよ」
杖が強く床に打ち付けられる。
「それは…あまりにも過激的な思想では? 現に私たち大華飾では、理系はあらゆる分野において有効活用していますし……」
帝級魔導士、ノア・P・メルキアは諭すような視線を向ける。
「バカバカしい。魔力源にもなれず、ただ限られた資源を浪費するだけの愚物を活用するですって?」
「そのような態度では、何があっても文句は言えませんよ」
「フン……好きに言うがいいわ。朕は次の第七命題で、文理の正しい在り方を知らしめるのよ」
紺と黄のドレスが、暖かな光に照らされて、より冷酷に煌めいた。
(もちろん、"その前にも"よ。朕の計画は全て整っているわ)
そして現在。
同城 中庭
「元気出しなって。別に今すぐ殺せってわけじゃないんだからさ」
「あ、ああ。分かっているんだが……」
ポラリスが、聖騎士長ケレンを慰める。
魔王軍の幹部と聖騎士が、まるでアクシデントがあった従兄弟同士のようになっている、異様な光景だ。
「大丈夫です。ケレン、貴方は兄である以前に、一人の人間なのですから」
「ユミィ様…」
そこに聖女ユミィが両者の叔母のように入り込む。
乱れない柔らかな微笑みが、より一層先ほどの彼女の姿を鮮明に思い出させる。
ゴゴゴ……。
突然、王城の北側から地鳴りのような音が聞こえたかと思えば、王城の一部を貫くようにして、巨大な氷の棘がそこに生まれた。
「あの氷はまさか……!」
ポラリスには思い当たる人物が居た。
白を基調とし、マゼンタカラーのツタのような装飾が施されたT字杖。
気に入らない事があれば、それを地へと大袈裟に突きつけるエルフ。
同城 図書館前
「おい……。ただでさえ冬で寒いというのに、どうして氷なんか使うんだ」
「フン、理系の分際で…この朕——ハレー・ド・ノルゼリアの氷郷魔法を避けるでないわ」
強気に杖を振り回す女帝ハレー。
ジルは氷の影響を受けた箇所を確認しながら彼女を睨みつける。
「理系迫害……ってレベルじゃないな。明確な殺意、あるいは狂気か」
「朕の思想を、愚物が鼻高らかに語るでないわ」
臓物まで凍てつくような気配。
だがジルは「四天王に比べたらそんなに怖いもんじゃない」と笑う。
今は、人質も、根源的な恐怖も無いのだから。
「スキル『数学者』、インテグラルサーベル」
手に宿るは、閉じた解析か、あるいは未定義な変域か。
その答えは、数学者の頭蓋の中に。




