第41話「兄として」
「……私の弟は20年前、魔の者へと堕ちてしまった」
ケレンはそう言うと、視線を床に下ろした。
「それは……女神の苦しみを目の当たりにしたからだ、と奴は言っていた」
「女神が……苦しんでいる?」
聖女ユミィは素早く反応した。
ケレンの海馬には、狂った表情の弟を見た記憶がこびりついていた。
《なあ、ケレン。知ってる? イデア様はーー》
「僕と君は、似ているのかもしれないね。ケレン」
ポラリスは冷酷な表情で言った。
彼が他人の前で微笑むのを辞めた瞬間、ジルは背筋が凍るような感覚を覚えた。
「似ている……だと? 私と、貴様が?」
「うん。いつだったかは覚えてないけど、僕にも"真理"を知った弟が居たよ」
ポラリスは、虚ろで曇天のような記憶を探る。
顔も、声も、匂いも何も思い出せない弟。
「でも、一つ…明確に覚えている事がある」
「それは……?」
「僕が、とち狂った彼を……この手にかけた記憶さ」
ポラリスは瞼を下ろし、右手を握りしめる。
ケレンは「私にはそんな勇気はない」と怯えた声を発した。
黒い羽を生やし、閃光の如き速度でポラリスは飛行した。
ビュンッ。
ケレンの前には、ポラリスが立っていた。
ガシ…とポラリスがケレンの右手首を持ち上げる。
「君は兄として、ネロを止めるんだ。真理を知った者は言う事を聞かない。だから……とどめを刺すんだ」
「だから……私には無理だッ!」
「"聖を害する者は何人たりとも魔たりうる"んだろう?」
「そ、それは曲解で…」
聖女ユミィが振り返る。
「真理を知るよりよっぽどいいさ」
ポラリスの声には、有無を言わせぬ響きがあった。
「そう……なのか。私は…兄として、弟を止めなければならないのだな」
「ああ、そうさ。君にならできる。そうすれば、魔王討伐への被害を最小限に抑えられる」
ふと、ジルが立ち上がる。
「論点がズレている」
場の全員が苦笑いをしたところで、アウレウスによる弁論が再開した。
「勇者召喚の件だが……帝都で行う、でいいのだな?」
「ええ。よろしいですよ」
「ウム…」
アウレウスは顎の髭を軽くさすった。
「では、魔王城への突撃は、勇者を軸にし我々帝国、冒険者ギルドで。また、事情を汲み、敵幹部などへの対処は聖騎士団が行ってもらう」
「了解しました」
「分かりました」
一通りの計画が話される。
「勇者を召喚し、アードストールのダンジョンにて戦闘経験を積んでもらおう」
「了承した」
オルドリクは少し張り切った様子だった。
「ダンジョンが踏破されれば、その一週間後に討伐作戦を実行する。愚族の下っ端共は我々や冒険者で抑え、勇者を最上階まで送り届ける。また、"呪飼"をジル=アードストール、"霊這堂"をゾーティア隊に任せたい」
「ああ」
「……はい」
あ、とポラリスが思い出したように声を発した。
「そういえば……四天王の"電殻"を忘れてた!」
「ふむ……だが、対策しようにも軍勢はこれ以上分けられぬのでは」
「いや? 僕と"液魔"、そして"暗黒騎士"の三人で倒せるはずだよ」
「そうか。実に頼もしい」
「まーね。ほら、目には目をってやつだよ」
「ジルさん」
クウが突然声を上げた。
「もし、万が一……いや億が一、勇者が魔王にやられそうになった時は…お願いっす」
「……?」
「道徳的な面での話っす。突如異世界に召喚されたかと思えば、その身で魔王と渡り合い、故郷に帰れなくなる。なのに、召喚先で死ぬだなんて……そんなの、あまりにも残虐じゃないっすか?」
「そうだな。分かった」
「第六命題"魔王討伐"は、聖教国とギルド、帝国の三勢力連合部隊で行うと再確認されました。中会議が終了致しましたので、これより20分間の休憩となります。お疲れ様でした」
二度目の休憩時間。
それぞれは何を語らうのか。




