第35話「命題1」
アードストール王城の大会議室。
その中央には、巨大な円卓と十個の椅子が置かれていて、そこに各国を代表する十人の代表者が腰掛けていた。
(あれは親父、皇帝、聖女……他は誰だ?)
ジルは壁際に立ちながら、代表者たちを観察した。
見るからに個性派、いや、曲者揃いだ。
隣に立つポラリスも、興味深そうに視線を巡らせている。
(あそこの半裸の男は……メリアー諸島の頭首か。あの紺色と黄色の派手なドレスはノルゼリアの女帝……あのエルフは相変わらず趣味が悪いね。で……さっきの)
ポラリスの視線が、クウと、その隣で小さくなっている姉のアメに向けられた時だった。
「それでは、議論会を開始します」
聖女ユミィが、よく通る声で力強く議論会の開幕を宣言する。
広い部屋の至る所から、ゴクリと唾を飲む音が聞こえてきた。
各国の重鎮が一堂に会するプレッシャーは、並大抵のものではない。
「まず、第一命題を発表致します。メリアー諸島より、"水質汚濁問題"。頭首タクタ殿、ご説明を」
「せやな……ほな話させて貰いまっせ」
(……!?)
半裸の男——タクタが立ち上がると、ジルの顔が少し引きつった。
それを見かねて、ポラリスがジルの腕をちょちょいと突いた。
「おい、あの喋り方……」
「あれはメリアー語っていってね、コミュ力が異様に高くなったり、人々の笑いを取ることが出来る独特の喋り方らしいよ」
「そうなのか」
「ほら、見ててよ」
タクタは身振り手振りを交え、演説を始めた。
「ウチらメリアー諸島では、観光業をさせてもろうとるんやが、何せ毎日ぎょ~さん大陸人が移動しよる。船が大陸と行き来するせいか、海の絶対王、メリアミンレーツをプッチーン、キレさしてもうたみたいなんや」
タクタは腕を左右に振ったり、頭に指を当てて鬼の角のように上に突き立てる動作を交えて、面白おかしく話を進める。
「そんでもって、なんか海の色が黒ぅ黒ぅなってしもてん。やっぱ怒ってはるよな? どしたらええと思う?」
困ったように、そのつるりと禿げた頭頂部を右手で押さえてみせる。
そのコミカルな動きに、会場の空気が少し緩んだ。
「それは不運ですね。やはり、祈りや上等な酒を献上するしか無いのでは?」
タクタの弁明の後、口を開いたのは貿易都市の統治者、ケイだった。
そしてそれを皮切りとし、代表者を含む数名が口々に賛同し始めた。
「海の王の怒りだ!」
「母なる海の悲しみよ!」
「鎮魂の儀式が必要だ!」
それは、議論などではなかった。
ただの感情の共有会だ。
ジルが頭痛を覚え始めた、その時。
「ねえ」
場が、突如として冷ややかな静寂に包まれた。
空中都市の代表代理のアメが慌てて止めようとするのを制し、クウが机を軽く叩いて立ち上がっていた。
「クウ……!?」
「大丈夫だよ、姉さん」
ジルは、彼が一体何を言い出すのかが気になって視線を奪われていた。
いや、会場の全員がそうだった。
「命題は……"水質汚濁"、で合ってるっすか?」
「せやけど……ギルマスんとこのガキが何の用や?」
「さっきから、王の怒りだの何だの。己等でも訳が分からないっすよ」
「なっ、何が言いたいんやワレ……」
タクタのこめかみに青筋が浮かぶ。
クウは涼しい顔で続けた。
「水質汚濁ってのは、主に排水などが原因で発生し、それが人々の健康や生活環境に悪影響を与えて初めて"公害"と呼ばれる、その水源の状態を指す言葉っす。あなた達が言っているのは、メリアミンレーツとやらへの責任の押し付け。そんな言葉の誤用にも気付けない脳みそなら、ここに居る人たち全員、こんな議論とも呼べない会話やめて解散したらどうっすか?」
「……反論の受付を開始します」
ユミィは表情一つ変えず、タクタを冷ややかな目で見つめながら進行した。
ジルとポラリスは、クウの容赦ない正論に対し、音のない拍手を送っていた。
「今の正論凄かったねせんせー」
「ああ」
ジルは数歩前に出ると、「聞きたい事があるんだが」と挙手をした。
ユミィは「発言を許可します」と目を瞑ったまま頷いた。
「お? なんや珍しいのが出てきよったな。ほんで、聞きたい事って?」
「海の絶対王がキレたってのは、いつ、誰が、どのようにして測ったんだ?」
ジルは物怖じせず、はっきりと訊ねた。
タクタの何とか立て直された笑顔が、再び不快そうな表情にぐにゃりと捩れていく。
「…………はあ?」
「数値化はしてきたか? と聞いている。"海が黒い"、と言う情報から更に必要なデータがいくつも出てくる。濁度、塩分量、pH、平均水温。それらの以前のデータとの照らし合わせも必要になる。具体的で正確なデータが無ければ、解決策も生まれない。そこのクウが言ったように、もしこれが"議論"なら、数値くらい取ってきてるんだろうな?」
「……何を言うとるんや、お前ら2人揃って……」
タクタは理解不能といった顔で口をパクパクさせている。
ジルはため息をついた。
やはり、話が通じない。
「ジルさん。こればっかりは仕方がないっすよ。だってここに居る人たちは……」
クウが横から口を挟み、会場全体を見渡して、蔑むように吐き捨てた。
「文系の癖に、議論の"ぎ"の字も分かってないんすから」
シン、と一瞬だけ空気が凍りついた。
「……再反論をどうぞ」
ユミィが静かに告げた瞬間。
複数の怒号がジルとクウに押し寄せるのに、2秒もかからなかった。




