第18話「大陸一の〇〇〇〇」
日も完全に落ち、ジルたちはポラリスの行きつけだという宿に泊まることになった。
「ついでだし、国境も越えちゃおう。きっと、お尋ね者だろうしね」
グロリア王国の端、やけに静かな一角にあるその建物は、コンクリートの打ちっ放しのような滑らかな外壁に、カチカチと乾いた音を立てる見慣れないランプが取り付けられている。
それはジルたちが知るどの宿とも違う、どこか無機質で近未来的な建造物だった。
「5人で」
ポラリスがカウンターに向かい、無愛想に指を立てる。
従業員の男は、ポラリスの顔を見るなり、ヒッと息を飲んだ。
「か……かしこまりましたぁっ!」
裏返った声で差し出された鍵をポラリスがひょいと受け取ると、一行はすぐに部屋へと向かった。
「ここ、僕の秘密基地さ。とっておき。扉開けたらびっくりすると思うよ」
通路の手すりにもたれかかり、ポラリスは自慢げに微笑んだ。
デミトアが、渡された鍵を鍵穴に差し込み、カチャリと回す。
「いくら何でも驚くまでは行かないかと」
(皇城で暮らしてきたのですもの。たとえグロリア王国の科学力があろうとも、わたくしが驚くほどの部屋がある訳……)
ガチャ。
扉が開いた瞬間、デミトアは息をのんだ。
「な、な……これは一体、何ですの?」
「デミっち大袈裟すぎ~! たかが宿でしょ?」
カノンが横からひょっこりと部屋を覗きこむ。
次の瞬間。
彼女もまた、口を開いたままピシリと静止してしまった。
(何だこのフリは……)
ジルは呆れて、思わず耳の裏を掻いた。
「まぁ、悪ふざけはここまでにして。早く入ろうか」
ポラリスが笑いながら二人を促した。
玄関は狭く作られていて、人二人がぴったり収まるほどだった。
照明が、魔道具の淡い光ではなく、「電球」というガラス玉が眩しく光るものに変わっている。
だが、何をおいても、リビングがとても広い。
いや、広いだけではない。見たこともない調度品ばかりだった。
壁には巨大な黒い硝子板がはめ込まれ、座るための椅子は、ジルたちが知るどの椅子よりも柔らかそうで、奇妙な形をしている。
「これは?」
「そっちのがテレビジョン、それがソファーね」
「どうやって動いているんだ……?」
奥には、整然とした調理場まで備え付けられていた。
「こ、これは……わたくしの知る宿屋とは、根本的に概念が異なりますわ……!」
デミトアがわなわなと震えながら呟いた。
その夜、一行は見たこともない「シャワー」という仕組みの風呂に戸惑いながらも疲れを癒し、不思議な火力で調理ができる台所で夕食を囲んだ。
就寝前、デミトアがジルに嬉しそうな表情で声をかけた。
「その……初めは魔王軍幹部なんて冗談じゃない、早く帰して、そう思ったのです。けれど、彼女らを観察しているうちに、わたくしたちとの違いが分からなくなってきまして。だから、わたくしも共に連れてきていただけて……本当に良かった」
「そうか」
翌朝。
ジルは一人、不思議な技術で舗装された街を歩いていた。
馬車ではなく、鉄の箱が自動で道を走っている。
(魔法じゃないんだよな)
何もかもが、自分の知る世界とは異なっていた。
(本当に、ここは同じ大陸なのか……?)
そんなことを考えながら角を曲がった時、一人の男と真正面からぶつかった。
「っ……悪い」
「……ああ、こちらこそ」
ジルが謝罪して立ち去ろうとすると、その男がジルの顔をじっと見つめ、目を見開いた。
男は、デミトアの銀髪を思わせる美しいプラチナブロンドの髪を持ち、貴族然とした整った顔立ちをしていた。
だが、その瞳には尋常ならざる光が宿っている。
「貴様がジル=アードストールか!」
「そうだが……あんたは?」
男はギリ、と歯ぎしりをさせると、まるで不倶戴天の敵を見つけたかのように、殺気立った声で言い放った。
「俺はグリークス・メ=フェルウェード。デミトアの兄だ!」
(大陸一のシスコン……!)
ジルがその珍妙な異名を思い出したのと、グリークスが剣の柄に手をかけたのは、ほぼ同時だった。
「よくも俺の可愛いデミトアをたぶらかし、あまつさえ連れ去ったな! 覚悟しろ!」




